表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【愚者編】
4/72

【愚者編】2

 大草原の中、どこへ進むべきか。それが問題だった。


 右も左もわからない。西へ東へといっても、どっちへ太陽が進んでいるかもまだ判別していない。そもそも地理を知らない。


 いや、地形とか地図は考えた事は多分ある。異世界ファンタジーなら地理情報は必須だ。だが、いかんせん何年も昔に考えた設定で、思い出す事すらしなかった物語の設定だ。記憶しているわけがない。


 ヤマ勘でもいいので人のいる方角へ向かって進むのがいいだろう。


 この異世界の言語は日本語でも大丈夫だったはずだ。たしか割と高い頻度で異世界に行き来しているので、言語変換術式とかそういうのがコチラ側の世界には組み込まれている……とかそんな設定だった気がする。


 その辺の理由は、たしか主人公とヒロインの会話をするときに「わざわざ面倒くさい設定生やすより早く話の続きを書きたい」とかそんなのだった筈だ。我ながら世界観をぶち壊す手法だ。こういうのはやはり違う言語をどうやって習得していくのか、作者による言語の壁を克服する方法が試される……いわゆる異世界ものの見せ場の一つなのだ。そんな面白い場面を俺はなんともったいない理由で潰したものだ。


 本心は「楽な方法にしておいてよかった!」と内心笑っているのだけれど。やはり言語を一から習得するのは面倒くさい。いいじゃないか、何でも魔術と魔法で解決。楽なのは良い事だ。


 だから、早く人と遭遇して、それから……。


「――うん? あれ? ちょっと待てよ……? 今、重要なこと思い出したぞ」


 この世界は異世界と行き来が多い。だから言語統一化術式なんてものがある。


 そこは問題じゃない。重要なのは異世界の行き来が出来るという点。

 この物語の主人公は俺と同じ日本人。

 ついでに言うと、高等な次元魔法を使えば異世界渡航は可能である。

 別に次元の魔女の力がないと帰れない訳ではない。代替が可能である。

「……これって俺、死ぬ必要ある?」


 気が付いた。

 気が付いてしまった。


 ここが魔法の存在する異世界だというのならば、現代世界に帰る方法はちゃんとある。そもそもその方法が確立されているから、異世界戦線日記という物語は始まる事ができたのだ。


 異世界から現代世界に行く方法は間違いなくある。


 高等な次元魔法の使い手を探せばいいのだ。馬鹿正直に奴の言う通りに不老不死を曲げて死ぬ方法を探す必要もない。というか、わざわざ痛い思いをして死にたくないし。


 方針が決まった。


 まず情報収集だ。次元魔法の使い手を探そう。その為には人から情報を得なければいけない。この世界の何処かに必ずいるはずだ。


 それに世界地図も必要だ。あやふやな地理情報では永久に迷子だ。


 文化レベルはそんなに低くは無い筈だ。科学ではなく魔法が主流ではあるが、仮にも戦争をしてきた世界だ。


戦争は技術と文明を発展させるとは誰の言葉だったか。それに異世界を行き来してきた経験もある。もしかしたら日本食もどこかで食べられるかもしれない。そんなに悲観するほど悪くもないだろう。むしろ俺も魔法とか使ってみたいかもしれない。



 『異世界戦線日記』は剣と魔法の世界である。

 詳しい設定までは覚えていないが基本はそんな感じだ。


 剣のような実技系は御遠慮したい。が、もしも才能が隠れていたりするのであれば剣を振ってみるのもやぶさかではないだろう(『渋々付き合ってやる』という間違った意味で使っている図)。


 そう考えると、悪くない。むしろ乗り気にもなってくる。


 そうと決まれば目指すは人里だ。



「まずは何処へ向かうか……」



 まあ結局、話しは振り出しに戻るのか。

 現在地不明、時刻不明、方角不明。


 目的だけが定まった状態だ。


「もういいか。適当で」


 俺は考えが多少なりと煮詰まると、すぐに結論を出してしまうタイプである。こうなれば行き当たりばったりである。計画的に動くのが理想だが、この状況だ。


「とりあえず――」


 理由もなく「太陽に向かって」と言いかけて、第一歩を進めると同時に転んだ。


 息を飲んだ。驚きのあまり、心臓が止まったかと思った。

 転んだだけなら別にそうはならない。転んだ足元にいた何かを見てしまったのだ。

 そもそも、ただ転んだのではないと気が付いた。



 まず、痛覚の異常だ。

 右の弁慶の泣き所に、一瞬痛みとも触覚とも言えない、「何かがなくなった」感覚を覚えたのだ。


 次にバランスを崩した。

 まともに歩けなくなった。


 地面が近くなって、両手をついた瞬間、それが目に入った。

 鉄だ。鉄の服とか脳裏に浮かんだが、これは鎧だ。鉄の鎧を着た人物が俺の足に絡んでいたのだ。



 思考が、背筋が、血の気が、凍りつく。



「ぁ……ァァアァ」


 声が聞こえる。苦しそうな声だ。うめき声と言ってもいい。

 その声の主は今、ぬちゃぬちゃと口を濡らして何かを食んでいる。


 一から順に脳に刷りこまれていく。


 そしてやっと――




 己の足を食べられたのだと理解するに至った。




「――――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 事態の危険性にやっと気が付いた。恐怖心が一気に体を巡った。

 自分がいつの間に叫びだしたのかも分からなかった。

 無事な手足を使って転がる様に奴の手から逃れようとする。だが、奴が何者なのかわからないが、その力は尋常ではなかった。ふりほどこうとしても、決して離れない。逃げ切れなかった。


「だ――はせええ!!」


 放せ! と言ったつもりなのに、言葉が滅茶苦茶であった。気が動転していた。余裕など微塵も無かった。


 仕方がないだろう。転んだ拍子に他にも見えたのだ。


 コイツは一体じゃなかった。コイツ等だった。一体ではなく、二体でもなく、三体でもない。それは沢山だ。

 喰いついた奴の他に、草の陰に隠れて、何十人も、その辺に倒れていたのだ。


 それに気が付けば、まともではいられなかった。


 幻想的な草原は、雑草の陰で化物が蔓延る地獄だった。


 あれが何なのか、たぶん死体だという事は直感でわかったが、なぜあんなにも沢山いるのかはわからなかった。わかりたくもなかった。

 そもそも、理解する余裕があるのか。いいや、無い。


 奴は無心になって俺の足を離さない。そして再び喰らいつこうなどとしている。冗談ではない。気色悪い。痛いとか感じる暇がない程だ。


 どうにかして振り払おうとして顔面に蹴りを入れるが、奴には怯むという言葉がないのか、一向にかまう様子がない。そのまま二口目をごちそうされてしまった。


「ひいいいいいいいいいッ」


 今度はしっかりと痛みがあった。ビリビリと神経を刺激する、我慢できない痛み。あまりの恐怖と痛みで出したことも無い悲鳴を上げた。


 それだけではない。

 この地にいるのは足にまとわりつくコイツだけではないのだと思い出す。俺に向かって人間の姿をした腐った化物どもが俺を見ていた。


 顔に付いた真っ暗な二つの空洞の奥の、眼の無い視線を俺に向けていた。それは一つ二つなんて物じゃない。やはり、周囲に居る同じような奴等全員がそうだった。すぐに悟った。



 コイツ等は、俺を襲う。



 もはや正常に物事を判断するなどできない時点まで来ていた。

 とにかく、なにがなんでも、こんな気持ち悪い空間から逃げ出したかった。


「いいいいっぃぃぃいいいぃ――――」


 無我夢中に走り出そうとして、両の手と左足でもがきながら走り出した。右足に絡みついて離れない化物を引きずりながら、僅かでもこの場から逃げ出そうと必死になっていた。


 もはや剣も魔法も頭には無かった。何がやぶさかではないだ。絶対にお断りだ。


 そんなこと関係ないと言わんばかりに、飛びかかってきた奴がいた。そんなものに気が付く余裕もなく、首をガブリといかれ、体重に耐えられずに押さえつけられる。サルみたいにキャーキャーと叫びながら噛みつく。その恐ろしさに何が何でもと抵抗した。したかったが、もはやこの状況は俺がどう頑張ってもどうにかなる様な状況などではなかった。


 足に一体、首に一体、そして左腕に一体増える。喰われる。治りはするが激痛が延々とする。また一体増える。ジタバタとしていた左足を押さえつけて足首が無くなる。また、一体増える。額に歯を向けてきたので右腕を差し向けるとそれを手に取ってガブっとされた。また一人増える。今度は腹。また一体来る。押しのけて割り込もうとしてくる。まだ増える。どこでもいいのか太腿に痛みがくる。増える。全身がすでに激痛の満員御礼でもはや考えられなくなってきた。たぶんまだ増えている。


「―――――」


 喋ることもままならない。

 言葉も失いそうだ。おバカになりそうだ。

 発狂してもおかしくない。むしろ気を失った方が絶対にマシだ。

 どうせ不老不死、死ぬことなどないのだ。だったら好きなだけ食えよ。奴らも満腹になれば解放してくれるかもしれない。無駄な抵抗などせず「満足するまで僕の体をお食べ」と言ってもいい。だからあまり激しく歯を立てないでくれ。痛いのだ。痛くて、痛くて、どうにかなってしまいそうだ。


 意識は決して落ちてくれない。いっそ自分から手放したいくらいなのに。早く気を失ってくれよ。


『ウガアアアアアア!!』


 ふと、化物の雄叫びがした。同時に弾け飛ぶ様な爆発がした。


 爆心地は俺のすぐ近くだった。

 唐突に体が吹っ飛んだ。俺の周囲に居た化物があちこちに吹っ飛ばされ、俺の体もあちこちに飛散していた。


 辛うじて首と胴体が繋がっているので、何が起きたのかを確認する。力なくだらりと地面に転がってそれを見た。



 そこには、先程までいなかった巨大な、人型(?)の様な骨格をした、これまた化物が天に向かって吠えていた。

 全身が青黒い肌をしており、筋骨隆々としており、額から長い一本角と、両耳の上あたりからねじれた角が現れていた。奴が何に類したのか形容したいのだが、鬼か悪魔か、それらが妥当だろうか。


 それだけではない。



 再び大地が震えた。

 同じように衝撃波が生まれたかと思うと、その中心には最初の化物とは全く違った容姿をした金の獅子のような毛を持つ巨大な猿が現れた。体に電流を纏っているのか、青いスパークを纏っている。


(なにがどうなってんだよ)


 状況が刻々と変わっている。



 今度は全身から緑の棘の様な鱗をした大蛇が静かに這い上がっている。

 赤子の鳴き声を上げながら、大仏みたいな色と大きさの団子が膨れ上がる様にその場に出現したり。

 狼の咆哮を上げながら牙を露わにする毛深い男が立ち上がる。

 兜の無い鎧が頭もないのに、ゆっくりと立ち上がる様子も。

 全身が太いヒモみたいに細い、棒人間みたいな気味の悪い奴。

 マネキンの様な特徴を消した奴が突然発光し始めたりもする。


 完全に放心していた。

 快とか不快とか、感じる事すらできなかった。



 ちょっとばかり残った僅かな思考が捻り出したのは「逃げたい」だけだった。


 体は、徐々に元通りに戻っている。いまだ全身は不完全かもしれないが、気にしている余裕がなかった。急いで、走り出した。奴らの居ない方角へ。


「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ」


 耳にこびりつくような嫌な声。

 条件反射で振り返ると、そこには灰色の石のような肌の、巨大な赤子が四つん這いで走ってきていたのだ。頭部からは触手の様な物が何本もウネウネと蠢いている。


「く、来るなあああああッ‼」


 近づいてくる奴は想像以上にデカい。

 象など動物園でしか見たことないが、あれと同じくらいの大きさがある。そんなのが真っ直ぐに、這いつくばって走ってくる。絶対にロクでもない事が起きている。それだけは本能的にわかっていた。


 背後から化物の雄叫びが次々と聞こえてくる。人外の狂騒が草原を駆け巡っていた。すぐ後ろに地響きが近づいてきている。速さが全然違う。逃げきれない。


 そんな事を思っていたら、目の前に、瞬間移動でもしてきたかのように、不気味なヒモ人間が移動していた。回り込まれていた。


 それを見て、どうにもならないと諦めかけた。

 諦めるその前に、体が横へと飛んだ。翼も無いのに空を飛んでいた。一緒に赤子の様な巨大地蔵も同じ方角に飛んでいるのがわかった。


 どんな天変地異だと思ったが、空からヒモ人間の走った草原地帯がモーゼの様に割れていたのが見えた。あまりにも異常な速度で移動したからなのか。その衝撃波で飛ばされたのだとわかった。どうしてあんな線みたいな体で走ってそんな現象が起きるのか。


 もはや自身の常識が通用しない。


 泣きたくなる思いのまま、俺はそのまま放物線を描きながら、南方に向かって飛び続けた。


 しばらくなされるがまま飛び続け、地面に転がされるように打ち付け、跳ねて、あちこちに肉を散らしつつ、やっとのことで滑走しながら地面に止まった。




 こうして、全然無事じゃなかったが逃げ出す事に成功した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ