【魔術師編】5①
井戸から抜け出した後、俺達は出口を探して歩いていた。
どこかに抜け道があるだろうと思っていたら、ナクアが触手を上手く利用して瓦礫の上に登っていた。その触手、一本俺にも分けて欲しい。
……どうでもいい話だが、ナクアは工房で手に入れたマントを早速装備している。そのマント姿、下から見ると丸見えなので少しエロスを感じる。マント無しのほぼ裸みたいな姿を毎日見てたのに何故だろう。
どうでもいい話は捨て置いて、気になったのはナクアが抜け出そうとした方角だった。
「おい、ナクア。そっちは外だぞ。街には戻らないのか?」
「大智は街に残りたいんですか?」
「待てよ。『残る』はさすがに気がはやり過ぎだろ。その根拠と理由を言え」
「絶対に居残ってくれって頼まれますよ」
「あー、それ言われるとマズイな」
凄くわかりやすい説明だった。
納得して、ナクアに引っ張ってもらいながら瓦礫を登って街の外側に向かった。
本来ならナクアに言われる前から気がつかなければいけなかった。
だいたい考え無しで気軽に行動を起こしてしまった自分が悪い。そんなの、簡単に想像できた事だろうに。
明らかに俺の判断ミスだ。
ロイン達に不死者は倒せない。だから不死者をこんな風に閉じ込めていたんだ。
可哀想な不死者を倒せない魔血種たち、しかし自分達と同じ立場で不死者を倒せる存在が現われる。そりゃ味方になって守ってやれば良い物語だ。まるで少年漫画の主人公みたいだ。恥ずかしい。
しかもお決まりみたいに『旅の途中なんだ』て台詞でも吐いて立ち去るのか? それカッコいいのか? いや、気まずいだけだ。
ナクアは故郷に帰りたい。俺もそれを手伝う義務と責任がある。義理や人情なんて生優しい理由じゃあないし、途中で放り投げる訳には行かない。
気まずい雰囲気になるくらいなら黙っていくべきだろう。
「ナクアの言う通りだな。……でも黙って行くのも流石にアレだ。せめて、手紙かメッセージとか残していけないか」
「仕方が無いですね。私が書きます。でも相手が読めるとは限りませんよ?」
字が読めるなんて当たり前と勝手に思っていた。
いまさらだが、異世界の人間が全員字が読めるとは限らない。低下層の人間なら特に。
義務教育なんかできるのは裕福な国と地域だけだ。ここは平和な世界って感じでもないし、余裕も無かろう。
「それじゃあわかりやすい『グッドラック』みたいな挨拶でも壁にでっかく書いてくれ」
「わかりました」
道具入れの袋からインクを取り出した。道具袋はヘンタイの工房で入手した。インクはジャック爺さんから貰った残り。
ようやく世にも恐ろしい風呂敷を利用しなくて済む。
ナクアは触手にインクをつけて大きく壁に字を書いていった。
思ったよりちょっと長い文だったが、やはり読めない。
「なんて書いたんだ?」
「『ジュディスの加護があれ』と」
「……ごめん、意味わかんない」
「【ジュディス】とは二十柱の神祖の一人です。公平、善行、誠意を司る神で、魔族でも人間でも知ってます。文字を知らない人でも大神の真名は伝わるでしょう。それにジュディスはロインにピッタリです」
「俺にはわからんが、まあ受け取る側に意味が伝わればいいか」
しかし、神祖の一人ねえ。大神とも言っていたが、わからん。
興味はちょっとあるけど二十人もいるなんて、考えただけでも肩が凝ってくる。
いや、一つだけ気になる事があった。
「そういえばお前の言ってたアトラクなんたらって奴もその二十柱の一人か?」
「アトラクチヤナ神です。いい加減覚えてください」
「長いし覚える意味を感じない」
「この背徳者め。いえ、今から覚えてください。アトラ様は二十柱の一柱ではありません。【神祖の末裔】ではありますが、眷属ではありません」
「ややこしい。パパッと簡潔に!」
「【アトラ】様は神祖の一柱【アイエー】様の子孫の一人!」
「よく出来ました!」
「大智も覚えてください!」
覚えてるよ。アトラの父ちゃんはアイエーさんなんだろ。『ニンジャナンデ』とか言い出しそうな名前だから覚えたよ。
「というか神様多すぎるだろ。唯一神とかそういった宗教戦争は起こらなかったのか? ちょっとくらい間引けよ」
「神を恐れぬ冒涜心の塊ですね。いっそ清々しいです」
ナクアが疲れて話すのをやめてしまったので、神教談義はここまでとなった。
まあ、神様への知識に必要性を感じるまではこのままでいいだろう。
廃墟の街【ミッドガルド】からしばらく歩き、丘で街が見えなくなったところで俺達は野営を張った。
「あ、そういえばナイフ、探してなかったな」
「任せてください。私がこの魔道書で作って見せます」
「頼りにします、ナクア様」
今更思い出したが、ロインには悪いことをした。ナイフを探す約束をしていたのに、勝手に破棄してしまった。もし次に会う機会があったら、どうしようか。交わせる言葉がなさそうだ。謝って許してもらえるだろうか。
出来れば遭遇しないを祈るしかない。恥ずかしいが、それくらいしか思いつかなかった。
「……さて、これからどうする?」
「私はジャックさんが言っていた首都の大図書館へ行ってみたいです。魔境の場所がわかれば、進むべき方角が決まります」
「そうだな。で、問題のノースケットの都へ行くには……ココから真っ直ぐ行くと山に当たるな。山越えするか、迂回して森から進むか、【アルト】って街が港らしいから船で海路だな」
ジャック爺さんの位置間隔の地図だが、今のところ誤差はほとんど感じられない。たぶん実際の土地も本当にこの距離感なんだろうな。
だとするとココから一直線で都へ行くには、道のりは相当に長いし険しい。ジャック爺さんと遭遇した場所とミッドガルドからの距離が徒歩でおよそ四日分だと考える。その間、悪天候もなく、道も平坦で楽だった。
山は迂回路が多そうだし、足場も悪いだろう。山は天候も変わりやすいと聞く。
地図の距離だけなら一週間だが、間違いなく一週間では済まないだろうな。
そもそも山越えなどやった事がないので心構えがまるでない。きっと専用の装備品も必要になってくる。選択するには少しばかり決心がつかない。
森に入って迂回するルートはどうか。
それはあの【封魔の森】を再び越えるという事だ。また遭難する気がしてきた。人の歩く地面はあるけれど、樹海並みに木々が深い場所もあった。やはり難しい。山越えよりかはマシかもしれないけど。食料も見つかるし。
一番の希望は港で船にのって行くルートだろう。他より絶対に安全だし、移動するのに体力を使わない。
だが最大の問題がある。
路銀だ。金の掛からない船渡りなどないだろうし、必須だろうな。なにかお金になるモノでも見つけて売って金にするか。
「……金……貴重品。あ」
ナクアが頂戴してきた本を見る。
「うん? なんですか、じっと本を見て」
「……それ、読み終わった? 基礎の本とかナクアは要らないんじゃあないか?」
「……。……いけません。その発想はダメです。大智、本というのは貴重品です。決して手放してはいけません。神祖アイエー様もきっとそんな愚かな事は止めなさいと仰います。書を慈しめ、知識に敬意を持てと――」
「わかった、わかったから。売らないから必死になって庇うな。ちょっと選択の一つにしただけだって」
「……間違いなく大智は人でなしのロクデナシです」
大事なおもちゃを取られまいと警戒する子供みたいだ。
意外とナクアは本の虫だったらしい。気をつけよう。
しかしだとすれば、道中で何かしら金になる事でもするか。……ま、いざとなれば密航という手段もある。そもそも船で移動をすると決めたわけでもない。
「ノースケットの都には行く。けど移動ルートを決めるには少し情報と物資と装備が足りない。一端このまま都港【アルト】に向かってから、それから決めよう」




