【魔術師編】4,5 魔術と魔法の違い 外部の視点
井戸の一件を終えて瓦礫の上に立つと、太陽が傾き、じきに夕方になる頃だった。
そこまで時間を掛けたつもりはなかったが、結果的にそれに見合うモノを俺達は手に入れた。
ショルダーバッグほどの道具袋を二人分。ちょっと臭いがフード付きマントをナクアに一つ。消耗品など小物や羊皮紙など数点。ナクアが魔道書を四冊。それに今回一番のお宝である指輪の魔道具だ。
指輪の魔道具は名をセイジタイム改め【フェイクスタイル】に勝手に変更した。
指輪は現在、俺の懐に入れている。これがあれば人間の住む町に入っても騒ぎにはなるまい。
贅沢を言えばもう一個あればナクアにも渡せたのだが、残念ながら探しても一個しかなかった。未使用の同じモノがあれば俺もそっちが欲しいかったのだが――……いや、なんでもない。なにも知らない。知りたくない。ちゃんと綺麗に洗ってから使うもん。ナクアの水の魔法で念入りに手も洗ったもん。だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ……。
別の話を考えよう。
ナクアが興味を持った魔道書らしき物数冊。大きい本から手ごろなサイズまで四冊ほどで、小さいモノから順に【基礎魔道書】、【魔術・魔法の式・応用】、【魔道具の作成方法】、【触媒辞典】と言った具合だった。基礎魔道書などはナクアに必要なのかどうかは知らないが『本は貴重品です。貰えるものは貰っておきましょう』というのがナクアだった。相変わらず即物的な思考だ。
そういえば、ちょうどいい機会なので魔術、魔法の違いをこの際聞いてみた。
「二つの大きな違いは体内にある魔素を使っているか、空気中に滞在している魔素を使っているか、の違いですね。魔法は大気の魔素を使役して、魔術は自分の魔素を利用しています。ちなみに魔技というのは魔術とそんなに変わらないですよ」
「魔技? まだそんな設定が残ってたのか」
「大智も使ってます。とは言っても、常時発動の無意識ですけど。超回復や再生、無尽蔵の体力、全身鎧、分類上は全て魔技です」
「これが魔技ねえ。ただの魔女の呪いだと思ってた。でもこれって魔素濃度が高い弊害なんだろ?」
「肉体への状態変化や式を使わない単純な動作に対してカテゴライズされるのが【魔技】です。魔素本来の特徴をそのまま引き出すのが【魔技】というか、まあそんな感じですね。対して、魔法陣を描いて呪文を唱える複雑な魔素への命令が【魔術】【魔法】となりえます」
「魔技、魔術、魔法。どれが一番強いんだ?」
「うーん。難しいですね。魔技は単調ですが出力自体は高いですよ。それに素早く簡単に使えますし利用頻度は最も高いです。魔法は魔術より出力が高いですが、空間の魔素濃度によって左右されますし、魔術は自己完結型で魔法より安定しています」
「その説明、一長一短って言葉を思い出したよ」
ナクアは今言った三つの魔素の運用全てに精通しているのか、よく熟知していた。魔術か魔法か区別してなかったがどちらもいけそうだし、触手を器用に動かすのは魔技なんだろう。
一度は知識を赤子地蔵に全て奪われてしまったのかと危惧したが、戦いにおいては問題なさそうだった。
しかし俺考案の触手を使った独自魔法陣が使えないのはどうしてだろうか。確かに地面に陣を書くのと対して違いはないかもしれないが。
「なんで触手で魔法陣の線に利用しないんだ?」
「……作って発動すると思いますか?」
「記憶を失う前のお前は使ってた」
「だからそれ、バケモノじゃないですか」
自分の事をバケモノとまだ言う。いや、俺もナクアの事は十二分にバケモノの領域に居るとは思ってるけれど。
「具体的になんでできないんだ?」
「線が足りません」
単純な答えだった。
「それに魔法陣には適切な式が必要です。不完全な術式だと術が発動しないか術者が危険になります。
そもそも陣というのはただの絵ではなく、魔素への命令伝達書です。意味不明だったり不完全だと魔素に伝わりません。
陣の線には水を川の様に流す必要があります。呪文は祷りと同時に命令です。半端では魔素もそっぽ向きます。言ってる意味わかりますか?」
「……ちょっとまってくれ。脳内でわかりやすく変換する」
ナクアの説明ではイマイチ頭に入らないので現代風に勝手に脳内変換する。
魔術・魔法を発動させる一連の動きを一個のシステムとして考えてみたら、わりと理解できた。
まず、魔素とはエネルギーの事らしいので電気だと捉える。その電気自体に特性がいろいろあるらしいがこの際、わかりづらいので省く。
式はプログラムの事。システムに命令を下す内面で、呪文もこれに該当するようだ。
魔法陣の線とは、電気配線の様な物で外面のこと。これがないと電気が走らない。
これらをうまく組み合わせる事によって一つの魔法が出来上がる。
で、ナクアの触手で魔法陣を創るという発想が無理な理由が電気配線らしい。
足りない。線の数が四本では足りないし、中央に起点となる魔法陣というのが考えられないとか。
自力でオリジナル魔法陣を創るんだよ、と言ったら考えも及ばないらしい。
「大智は魔道を甘く見てますね。そんないい加減に呪文をすっ飛ばしたり無茶苦茶な魔法陣を作っても失敗するだけです」
すげえ特大のブーメランだ。お前はそれをしてたんだぞと言いたい。だが同時に、記憶を失う前と今のナクアでは別人なんだと改めて思い知らされた。
ある種の部分で二人のナクアは同じ事を言う。けれど、それは他人の空似の様な物で、違う部分はやはり違っているのだ。
「……そっか」
勘違いしてしまう。あんまりにも同じだから。
少しだけ、後悔の味を思い出した気がした。
◇ ◇ ◇
「俺は、夢でも見ているのか」
圧倒的な戦闘を目にして現実を疑った。
たった二人。ちょっと風変わりで抜けている魔血種の男と、不思議な雰囲気を纏っている魔人の女。
言葉を交わした限りではそれほど凄い人物とも思えなかったのに。
二人の戦いはあまりにも洗練されていた。特に魔族の女の方。隙が無い。手数が圧倒的だった。
魔族は魔術や魔法に長けているとは知っていた。だが、あの触手、背中から伸びる四本の手が凄すぎる。
目がいくつあればアレらを同時に、全て、完璧に操作しているのか。不死者の足を絡めとる一手、相方の補佐をする為の守護、地面に魔法陣を彫る芸当、絶えず飛び回る足としても使う。
全ての別動作を一度に行える。
あんなのが敵に居たら戦いにならない。一方的に弄ばれて嬲られる。
それに魔血種の男。
一見、手の抜いた動きで隙の多いモーションが目立つ。一対一の白兵戦なら俺でも勝てるくらいだ。だが問題はそうではなく、不死者相手に気後れしていないことだった。
この世界に生きている者で、不死者に恐怖を持たぬものは居ない。何せ、倒す手段がないからだ。
動きが遅いとは言っても、その力は半端じゃあない。手を掴まれたら絶対に離さないほどだ。一歩間違えば誰でも簡単に死んでしまう大群。それが不死者だ。
だが彼は本来、天聖の術技でなければ倒せないはずの不死者を、ただの軽い一振りで葬っている。圧倒的な実力を持っている余裕だと思わせる。
馴れている。手馴れているのだ。不死者を葬る事に。
俺達、普通の魔血種ができない事を、あの男は簡単にやってのけている。
「人は、見かけによらないのか。いや、見かけ通りだったのか」
見た目だけは不気味な男。赤い奇妙な服に、黒金のような肌の男。だが話してみると間の抜けた親しみやすい変な奴。
呆然となって見続けていると、彼等は難なく不死者を葬りながら奥へ奥へと進み、その姿を隠してしまった。
「どうする。俺も行くべきなのか」
降りる。この下へ。ガイアとナフカが行った戦場に。さっきまで不死者が大勢動いていた場所へ。
恐ろしい訳ではない。足が竦んで動けないことはない。それはそうだ。いつも不死者に襲われる危険を負って、狩をしたり、街の周辺の巡回をしているのだから。
だが、自分から不死者に挑むなんて考えた事がなかった。ありえない行為だった。せめて誘導して、聖騎士どもの縄張りへ連れて置いて行くくらいだ。
やめよう。このままあの二人について行っても、邪魔になるだけだ。
邪魔になるくらいだったら、せめて待つ事にした。あいつ等ならきっと戻ってくる。
一言、なんて口にすればいいか。感謝しても仕切れない喜びが胸のうちで燃えていた。
そして、どうしたら不死者を倒せるのか、俺はそれが聞きたくてたまらなかった。




