【魔術師編】4➂
原因の元となっていたのは井戸だった。地下水から桶を落として汲み上げる方式のようだが、中は既に枯れていた。井戸を覗いてみると目よりも先に耳に情報が入ってきた。不死者のうめき声だ。『まだいるのか、勘弁してくれ』となったが、それだけではなかった。
井戸の奥、不死者ではない、漠然とした何かが居た。霧の様な、モヤかもしれない。それが規則のある動きをしている。
「凄く汚い魔素ですね。腐ってます」
「嫌な表現だな」
「ただの魔素が長年溜まって腐敗して、毒属性に変化しています。このまま腐敗が進むと、ただの魔素が生き物みたいになって指向性の無い魔獣みたいになります」
「……まさか既に、毒霧の化物みたいなのになってる?」
「そうなっていても不思議じゃないです。どうやら、まだその過程ですけど」
「じゃあ解決した方が良いな。でもどうやって? そもそもこの毒、俺達は大丈夫なのか?」
「私や大智が入っても無事だと思います。所詮は一般的な魔素の因子ですし。ただ魔血種の人や下位魔族では負けると思います。もちろん、人間なんて真っ先にダウンするでしょう。溜まった魔素は私が風を入れて空気を入れ替えれば散ると思います」
「換気するだけでいいのか」
「問題は魔素が籠ってる事にあります。でも魔素が溜まってる理由は、それだけではないかと」
「魔素がこの井戸に溜まってる理由か。こう、泉みたいに湧き出してるとか?」
「もしそうならこの町から出ていく事を彼等に言った方が良いですね。十年か二十年か先に災害級の魔獣が誕生することになります」
それは残酷な宣告だ。せっかく、自分たちで手入れしてきた場所だ。まだ五年しかたってないだろうが、思い入れはあろう。
できればそうでなければいいと思うしかないな。
ナクアが風の魔法で井戸の中の空気を入れ替えると、目に見えたモヤみたいな物は見えなくなった。
その後は俺が飛び込んで、枯れ井戸の中にいた不死者を【賢奴の赤旗】で止めを刺していく事になる。
ちなみに、不死者はその場の魔素の属性に寄るらしい。毒属性の魔素を浴びた不死者の体には鼻を塞ぎたくなるほどの悪臭と胞子を纏っていた。本人もそうはなりたくなかっただろうが、正直気持ち悪い。手早く処理した。
枯れた地下貯水湖にいた不死者を全て倒し終えた後、異変の元を探すと簡単にそれは見つかった。
壁に亀裂が入っていた。しかもそれは奇妙にも、緑色の光を発していた。毒の魔素らしき煙もその亀裂から出ている。
その周囲にも僅かだが動かせるような遊びがある。触ると岩に偽装した木製の扉だった。
明らかに人為的だ。だが何の為だろう。
「どうですか?」
ナクアが飛び降りてきた。休んでていいと言ったのに。
「十分休みました。それに私も興味あります」
「好奇心の塊か。まあ、程ほどにしろよ」
最後にナクアが体力無尽蔵の大智はズルイだの言ってきた。耳が痛い。
それはさておき、光が漏れる亀裂から向こう側を覗きこんだ。そこからは、なにやらゴチャゴチャとした風景が見えた。細工道具のヤスリやキリは机の上に散乱しており、古ぼけた本の詰った棚は何故か縦に積まれている。
透明な容器はヒビが入ってたり割れていたりで、中身は残っていなかった。
光源もある。ナクアが以前に作った事がある魔道具【フレアラ】だろうか。空気中の毒魔素の所為か、色が深い緑の色をしている。
机には紙の束がばら撒かれ、イスは倒れている。明らかに誰かが使っていた部屋だ。しかも、魔に通じる存在だ。
体をずらして別の視覚から再び確認すると、住人はあっさりといた。
ローブを着た人影がゆらゆらと立っている。動きが単調だ。それに角が生えている。
憶測だが、あれは魔血種の不死者なのだろう。今のところ出遭った事が無かったのでわからないが、普通の奴とは違うのかもしれない。
「……ナクア、戦闘準備」
「げえ。じゃあ上で休んできます」
頼りになるんだか邪魔なんだか、よくわからない。でも初めから一人でやるつもりだった。問題はない。
扉を開けた瞬間、駆け出して一直線に不死者に向かって【賢奴の赤旗】を当てに行った。いつも通りの不死者ならば楽に当てられるはずだった。
「キシャアッ!!」
「なッ!?」
振り向いた。一瞬で振り向き【賢奴の赤旗】を巻いた棒を避け、爪を立てて襲い掛かってきた。反応速度が普通の奴とは全然違った。
迷わず【賢奴の赤旗】を開き、盾にした。布に触れただけで死ぬという特性上、それは必殺の防御になってくれる。不死者は爪先で触れた瞬間にその場で倒れ、動かなくなった。
あらかじめ使い方を決めておいてよかった。じゃなかったら攻撃を受けていたかもしれない。……いや、鋼鉄の肌なので痛くはないのか。
「魔血種の不死者ですか」
「ああ。普通の奴とはグレードが違った。今度目にしたら気をつけよう」
今のところ数が少ないのが救いだ。こんなのが沢山いたら俺も冷や汗を掻きそうだ。
「おや、毒素が薄くなってきましたね」
「原因はこの魔血種の不死者だったのか」
そういう事もあるのか。魔血種の不死者の危険度は予想以上だ。死んだ場所が悪かったのもあるんだろうが、災害の種がたった一人の魔人とは恐ろしい。
まあ、そうならなくってよかったと今は思う。ロイン達もここを離れる必要がなくなった。
「ここは魔人の工房ですかね」
「工房か、なるほど。つまりアトリエだな。どのシリーズだ」
「訳わかんないこと言ってないで、いろいろ調べてみましょう」
それからナクアと一緒に物色した。
大概はゴミかよくわからない物だったが、その中に今の俺にとって、物凄く役に立つ物を見つけてしまった。
「よく見たらこの不死者、指輪をしてるな」
「ふむ……。黄玉の指輪ですか。あ、これ魔道具の式が掘られてますね」
「魔道具なのか? どんな効果かわかるか?」
遠慮なくナクアが死体から指輪をぶんどると俺に渡してきた。
「さあ? どうぞ、装備してみてはいかがですか?」
「……俺は実験台かよ。まあいいけどさ」
ちょっと嫌な予感もしたけれど実際これが手っ取り早い。左の人差し指がぴったりだったので奥まで入れてみると、ナクアが唖然とした顔で俺を見ていた。
「……大智、その姿は……?」
「なんだ。どうなってるんだ?」
ちょっと不思議な感じがする。自分の声では無いみたいだった。
ナクアが置いてあった鏡を指差して見てこいと示唆した。
鏡面に移った姿をみて、俺は自分の異常さにやっと気が付いた。
「……人間の顔になってる。いや、でも、どういうことだ?」
指輪を外すと魔素濃度の高い魔人さながらの姿に戻る。マジックショーでも見ているのか、一瞬で姿が映り変わる。
再び指輪をつけると、人間の姿になる。でもコイツは誰なんだ。
「ちょっと失礼します」
ナクアが俺の体を触り始めた。どうやら強度や形などを確認しているようだった。
触れた部分が自分でもわかるが、強度は魔血種の時と変わらない。つまり、完全に人間になった訳ではないようだ。
「端的に、これは幻惑を付与する魔道具でしょうか。大智、その顔は自分の顔ですか?」
「いや、違うな。というか、性別が明らかに違うぞ、この顔。しかも美形だ」
「声も何故か美声に変わってますね。これはひょっとしたら、凄いマジッククリエイターの業物ですよ」
掘り出し物だった。これは流石に都合が良すぎないかと微妙な気分になってくる。魔素濃度が下がらずに困っている俺を神様は助けてくれたのかもと勘違いをしそうだ。いや、もしかしたらそうかもしれない。
「本棚を漁りましょう。どこかに日誌があるかもしれません。――うわ、魔道書ですよ! しかも専門性の高い魔道具作成書! 辞書まで置いてあります! 神祖アイエー様の加護に感謝です!」
「おい、日誌はどうした。それに記録なら普通机の中に入れるだろ」
「あ、なるほど確かに」
ナクアは棚に置いていた魔道書らしきもの計四冊を触手に絡ませて頂戴していた。まあ、誰も読まないのなら別に貰ってもいいのか。
だが印刷技術のあまり発達してない世界だと、本って凄く高価なものになるんじゃないのか。大丈夫なのだろうか。バチとか当たらないかな。
机を漁っていたナクアが次に手にしたのは、これまた古ぼけた手帳だった。ナクアと共に目を通そうと思ったが、開いた本の中に何が書いてあったのか全く読めなかった。そういえばこの世界は言語の翻訳機能があるだけで、文字の書き換えまではしてないのか。
詰めが甘いな、どうしてそこまで考えないのかと反省した。
「悪いが、内容を教えてくれないか?」
「わかりました。ほう。なるほど……ええー、あ、はい。……ハ、ハハ。――もう結構です」
まるで本と対話するように読み進めていた。しかも読破速度が異常に速い。ちょっと面白いと思いながら眺めていると、ナクアは今まで見た事も無いような顔をして本を閉じた。なんというか、湿ったような、興味を失って悲しい現実を知った目だ。
「……大智も、そういう事に興味あるんですか?」
「いや、具体的に言わないと何かわからないんだが」
「……。この姿を変える魔道具、【セイジタイム】の製作者ですが……魔血種になったのは魔道具を製作していた後らしいです。私は魔血種になってしまって、自分の姿を隠すためだと予想していたのですが。いえ、どうでもいいです。彼は自分の姿を違和感無く、女性にしたかったそうです。女らしい顔立ち、声、肌質、ライン、佇まい、体臭まで。
どうしてそこまでするのかな? と思っていたら――
――すべては……『女性の入浴所に忍び込む』為に。ただそれだけの為だけに……そんな、くだらない……こと、なんかの為に。魔血種になってからも研究を続けて、完成したと思ったらこの街が崩壊していて、不死者だらけで出られなくなっていた? 馬鹿じゃないですか!? しかも延々と女性の胸と太ももの話ばかり! 挙句、出られないと気がついたら変身した自分の姿がかわいいとか女神とか言い出して、自分の裸でお、オナ、ナニをしたとか、そんな、ハナシッ!! これ以上説明いりますか!? 聞きたいですか!? 大智もするんですか!? 大体命名が賢者タイムって賢者愚弄にするのもいい加減にしろおおお!!!」
「もういい、もういいナクア。その本は捨てろ!」
どうやらナクアは呪いの本を読んでしまったようだ。かわいそうに。精神をやられてなければいいが。
「……そういえば黄玉の宝石の意味は希望と誠実だったな」
確かに本人にとっては希望と誠実だったんだろうよ。
下世話すぎるけどな。
なんだか、神様からのプレゼントとか考えたのがアホらしくなってきた。
そもそもこの魔道具って、目の前のヘンタイが自慰行為をするのに使っていたモノだ。それを今、装備しているのかと考えると――……やっぱりいい。深くは考えまい。
次からは無闇に装備しない。呪いよりも嫌なモノに遭遇しかねない。




