【魔術師編】3
久しぶりに屋根のある場所で朝日を迎えた気がする。
とはいっても壁は半分ないし、毛布もなければ干草もない場所だ。石床の上でナクアは文句もいわずに眠っている。
ふと、思いつきで胡坐の上にナクアの頭を置いてみた。違和感で目が覚めるかと思ったが、案外眠りが深いのか、目を覚まさない。
初めて膝枕みたいな事をやってみた感想だが、面白くもなんともない。でもこのまま時間がゆっくり過ぎるのも悪くない気がする。
退屈な時間を楽しむ、なんて余裕のあるうちだけだな。
壊れた木製の扉をノックする音がした。
「起きてるか?」
隻腕の魔血種、ロインの声だった。
どうぞと返すと入ってきて早々、微妙な顔をしていた。
「わるい、まだ早かったか」
「気にするな、どうせ寝たフリだ」
「なんでバレてるんですか。完璧だと思ったのに」
「本当に起きてるとは思わなかった」
「あ、じゃあやり直させてください」
「いつもの漫談を始めるつもりか? あとで付き合ってやるからちょっと我慢しろ。寝てていいから」
「わーい、じゃあおやす……ィ」
潔く寝たフリに戻ってくれた。これで静かになる。
「仲良いんだな」
「そう、かな」
「なんで歯切れが悪いんだよ」
そんな事を言われても、と思う。
確かに漫談したり、冗談の投げ合いは楽しい。中味の伴わない会話は気が楽になる。
だけれど根本のところで、俺はナクアに頭が上がらない。心底にある罪悪感が黒い靄を上げて存在感を主張する。
ナクアに対して、俺は許されない行為をした。囮にして、見捨てた。
その上、今度は自分の都合勝手に付き合わせている。罪滅ぼしの理由に使っている。
そう思えば、仲がいいなんておこがましく思える。お前にそんな資格があるのか、と自分で自分を責め立てる。
こんな下らない話、ナクアにもロインにも言えないな。
「それより、なんか話があってきたんだろ? 俺も聞きたい事とか色々あるんだ」
「そうだった。キミ達、何処から来たんだ? ガイアは魔血種としてもちょっと異色に見えるし、彼女――ナフカちゃんもそうだ。魔族なんてこの土地ではもう絶対に見ないと思ってたくらいだからな」
「東からだ。ちょっとアスハーラ平原を越えてきた」
「……本当に? あんな地獄を抜けてこれたのか?」
アスハーラ平原の認知度は絶大だな。あの土地は不死者が跋扈する場所だって皆知ってるのか。
「まあ何とかね」
「凄いな、それを『ちょっと』で片付けるとは、アンタは格が違うよ」
「自慢じゃないが、全然無事じゃなかったし、どころか二度と通りたくないよ、あんな場所。それより、魔族をこの土地で見ないってどういう意味だ?」
「東から来たんじゃ知らないだろうけど、【ノースケット】は天聖神教の威光が強いんだ。聖騎士や天聖術士が魔族、魔血種を片っ端から駆逐してるから、長年魔族を見てない者も多い」
「……前々から気になってたんだけど、天聖技なのか天聖術なのか、正しい名前はどっちだ?」
「どっちも意味は一緒だけど、ニュアンスかな。技は聖騎士の使う対人技として、術は術士の人たちが戦術的に発動するもの、みたいな違いかな。【魔壺の谷】とかあるだろ? あれは天聖術で作ったものだ」
「へえ、そうなのか。ありがと、助かるよ」
技は単体相手、術は範囲的、か。
となると魔法と魔術でもやっぱり違いとかあるのかもしれないな。あとでナクアに聞いてみよう。
「それにしても、ガイアは何も知らないな。何かあったのか?」
「いや、あー、そうだな。うん。ちょっと魔血種になってから記憶があやふやで」
「それって魔素濃度が高い所為か? 力を使いすぎなんだよ。もっとコントロールしろよ。その見た目で人間に見つかったら言い訳できないぞ」
「……その通りですね、はい。気をつけます」
なんで俺、怒られてるんだろうなどと思っていたが、次の言葉を聞いてちょっと気持ちが変わった。
「そうやって、もう何人も同じ魔血種が死んで逝ったんだ」
ロインの言葉には確かな実績の様な重さがあった。悔しさというか、無念というか、たぶんそんな感じ。仲間を何度も失ってきたんだろうか。
きっと、長い事仲間の死を見てきたんだろう。いや、でもおかしいな。昨日、自分が魔血種だと今更ながらに気が付いた様子だったのに。それが気になった。
「ロインは、魔血種になってから長いのか?」
「いや、そんなには……。二カ月くらい前だよ」
「たったの二カ月前なのか? にしては結構な人数の仲間がいたな」
「実は俺の妹、ロゼはさ。生まれてすぐに魔血種だってわかったんだよ。それで、五年くらい前からここに住んでる」
「じゃあ、ただの人間だったけど、魔血種の味方をしてたのか?」
そう言う人種もいるのか。それはそれでいい話だと思ったが、ロインは自嘲し始めた。
「おかしいと思うだろ? 魔血種の味方なんて、百害あって一利なしだって。でも、俺には生まれて間もない妹を、見捨てるなんてしたくなかったんだ。母親は魔血種の娘を生んだことにショックを受けて、そのまま死んじまった。父親は逃げだすように村から消えた。そうなったら、もうロゼには俺しかいないだろ。見捨てるなんて、俺にはできなかったんだ。それでこの廃墟に身を潜めてたら、気がつけばいろんな奴等が集まってきてた。それで今ではこんな感じだ」
……それほど、なのか。
魔血種の子どもを産んだだけでそれほど周囲は狂うのか。そりゃあ大変だったな、とは軽口で返せない話だ。
魔血種、人間と魔素が共存した存在。それはナクアの価値感であって、やはり一般人には呪われた存在だった。
だのにロインは生まれたばかりの妹の味方をしたのか。そればかりか、同じ魔血種も抱え込んでしまうとは、器が違うと思い知った。
俺には、そういう度量はない。たぶん「魔血種は悪」という常識を持っていたとしたら、俺はロインと同じことは出来ない。
きっと逃げ出す方だ。
「……ロインは凄いな」
「どこがさ」
「懐の大きさが、だよ。俺にはマネできない」
本当に凄い。カッコいい奴だと素直にそう思う。だからちょっと羨ましくなった。
「あとで案内してやるよ。それから刃物が欲しいんだったか? 一緒に探してやるよ」
「良いのか?」
「ここに放置してある物は皆の共有財産だ。ガイアなら持って行っても構わない。まあモノが見つかれば、の話だけどな」
ロインの事、心の底から信用したわけではないけれど、良い奴なのは十分わかった。良い友達になれたと思う。
だから……余計に後悔することになる。




