【魔術師編】2②
幾分ほど経った頃か、周囲が開けた場所に出てきた。中央に枯れた噴水があるので、たぶん朽ち果てる前もココは広場だったのだろう。
「お兄ちゃん!」
ロゼッタが突然大声を出した。視界の中にお兄ちゃんとやらが居るのかと思ったが、そういう感じではなかった。その代わりに、背後から冷たい空気を感じ取った。
「ナクア」
「とっくに気がついてますよ。空気中の魔素でわかります」
背後からの存在で気をそらしてから、ロゼッタが走り出す。なるほど、ちゃんといざという時の対処をあらかじめ決めていたのだろう。そう考えればロゼッタは賢い子供だ。
「お前ら、何者だ? 正直に答えろ、でないとタダじゃ帰さないぞ」
背後からの声だった。交渉はこのお兄ちゃんという事になるらしい。
なんだかつい最近、何処かで体験したような展開だ。
オマケと言わんばかりに前方、左右からもゾロゾロと人の頭影が見える。ただし、俺の姿を見るなり悲鳴が聞こえてくるのは封魔の森の時とは違った。
「どうするんですか?」
「絶対に捕まるな、碌な目に遭わない」
「なにを当たり前のこと言ってるんですか」
「とりあえず今度は失敗しないように気をつける」
「……じゃあ任せます」
その僅かな沈黙で何を悟ったのかはわからないが、俺に任せてくれたようだった。
背後の男に対して真正面を見せた。
奴の額には角が二本ある。ロゼッタと同じ様な感じで瓜二つだ。まあ体格は大分違ってて、こっちは俺と同い年くらいだった。
角の男は驚いた様子で俺の顔を見つめると、再び顔を強く引き締めた。
「驚いたな。まさかこんな所に魔族がまだ居たとはな」
角の男は変な事を言い出した。
「なんだ、お前は魔族じゃないのか? その角は鬼とかそういうのじゃあないのか?」
「はあ? 何言ってやがる。鬼は肌が青いし巨体だろ。それに角なんか魔血種にあって当然だ」
「魔血種には角が生えてる物なのか?」
なんと、ココに来て驚きの新事実。どうやら魔血種に角があるのは常識らしい。
「でも俺、魔血種だけど角ないぞ?」
すると角の男は驚いた反応を見せた。
「なに? 角がないのか? いや、でもその肌の色は間違いなく魔族だろ?」
「いや、今は魔素濃度が高くて体が変異してるだけで……。いや、信じてもらえなくてもいいんだけどさ。元に戻れないし」
「……あー。えっと、お前ら、ここに何しに来たんだ?」
角の男は調子を狂わせたようだ。物腰が少し変化した。いい傾向だ。
「ちょっと旅の途中の寄り道って所だ。【ミッドガルド】の様子を見にきたら、この有様だったんで探索してたんだ」
「アンタ、十年くらい冬眠してたのか? ガルドが陥落したのなんて、十年くらい前だぜ」
「そんなに前なのか」
そう、そうだよ。これこれ。俺はこういうこっちの常識みたいなのが知りたかったんだよ。調子が出てきた。そのまま調子に乗ってナクアに自慢した。
「知ってたか? 魔血種は角があるらしい」
「いや、それくらい誰でも知ってます。魔獣でも角があったじゃないですか」
「……知ってたなら言ってくれよ」
何を今更得意げに、という目で見られた。すると角の男が鼻で笑っていた。
「いや、わるいな。なんか、間の抜けた会話してるから、ついつい笑っちまったよ」
「……ああ、そうかい。どうせ俺は世間知らずの間抜けだよ。で、話の流れからすると、ロゼッタもお前さんも、魔族じゃなくって魔血種ってことでいいのか?」
「そうだ。アンタも魔族じゃないって言ってたが、本当か?」
「俺は元人間、でもこっちのちっちゃいのは魔族だ」
「子供扱いしないでください。そもそも魔族だとか魔血種だとか関係ありません。どっちも魔人。仲良くしたいものです」
新事実がナクアの口から飛び出した。魔人と魔族って定義が違ったのか。
そうか、魔人っていうと魔族と魔血種をひっくるめる言い方になるのか。細かいな。
というかナクアさん、知ってたなら教えてください。俺が恥ずかしい思いをするじゃないか。
「ああ、そうか。俺、もう人間じゃあないんだった」
角の男が腑に落ちたように曇り顔が解けた。
すると周りの連中も同じように緊張を解きはじめ、俺達もやっと気を抜く事ができた。あんまりスマートじゃなかったけれど、今回は争わなくて良さそうだ。
「えっと、自己紹介からしたほうがいいか。俺は――」
と、口を開いてから本名を言うのをためらった。明坂大智、といえば普通にこっちの世界の名前じゃないとわかる。その辺の異世界の説明すると、また魔女の話とかしなくちゃいけなさそうだ。
ナクアの名前を出すのもやめておくべきだ。本人は記憶がないが、ナクアテッドの名前は十三魔人将として有名だろう。
厄介な事は寸前で気がつかされる。しかも目の前の男は俺の言葉の続きを待っている。しょうがないので思い付きで舌を回した。
「――ガイア……で、こっちはナー……」
「ガイアと、ナー?」
ナクアから嘆息した声が聞こえてきた。
自分で言ってて目を伏せたくなった。今日は厄日だ。なんで自分の黒歴史を偽名にしなくちゃいけないんだ。
しかも動揺するあまり、ナクアの名前が思いつかない。マヌケだ。マヌケの中の王様だ。
「ナフカティアです。どうぞよろしく」
「ああ、変な名前かと思ったら、略称だったのか」
「いえ、ガイアは私の名前を覚えてなかっただけです。いつもチビとか言うので」
「え、そんなこと言って――(フォローしてるんですから合わせてください!)――ごめんなさい。以後気をつけます」
とりあえず自称ガイアを宣言してしまったのでしょうがない。以後、俺はガイア、ナクアはナフカという事になった。間に合うのなら改名したい。
そういえばどこかで聞いた事がある。心理的に差し迫った状況でとっさに出てくる単語や言葉は、一番最後に記憶した物が出てくるのだとか。
つまり、俺が偽名でガイアと名乗ったのは俺をガイアと呼んだレイレナードとナクアの所為である。……いや、人の所為にするなと誰かが言いそうだからやめておこう。
「俺はロイン。よろしく。ここでは一応、まとめ役なんかしてるよ」
「じゃあリーダーなのか。悪いな、トラブルみたいな事になって」
「いや、謝らなきゃいけないのは俺たちのほうだ」
握手を求められたがその手は左手だった。おかしいなと感じると、右手がない事に今更気がついた。隻腕だった。
左手で握手を返すのはこっちの世界の礼儀でもどうなのかは知らないが、俺達がそうすると周囲の連中に安堵の空気が広がった。
「魔血種の安息の地へようこそ。と言うべきなのかな。まあこんな荒れた所だが、ゆっくりしてくれ」




