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Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【魔術師編】
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【魔術師編】1③


 老人の朝は早い。

 昨日遅くまで話をしていたはずなのだが、まだ朝日の昇る前から体を起こし、そそくさと自分の道具をあさり始めた。


 一体何が始まろうとしているのだろうか。


 俺が面倒を見ていたたき火に近寄ると、Y字の鉄が二本、真っ直ぐの鉄を一本、それから鍋を設置して飯を創り始めた。

 この老人は朝食を作ろうとしているのだ。


 水の入った皮の水筒から綺麗な水と根野菜を刻み、鍋に投入。塩と思われる調味料を入れ、次にトウモロコシの粒を入れて蓋をした。

 それで終わりかと思ったが、なんと袋の中から肉の塊が出てきたではないか。しかも粗挽き胡椒の粒粒が沢山周りについている。

 あれはハムだろうか。いや脂身の形がとても自然だ。ハムは硬い足肉の部分をミンチにして詰めたものだ。あんな自然な形で脂肪の模様にはならない。

 ならばあれはベーコンという事になる。いや、この際ハムでもベーコンでも構わない。気になるのは大量の黒胡椒だ。

 あの脂っこい見た目の肉にそれを加えて、美味しくない訳がない。


 老人は味見とばかりにナイフでベーコンを一枚切って口に運ぶ。その姿はまさしく犯罪的だった。

 これは宣戦布告だ。貴様に同じ事ができるかと挑戦状を送ってきているのだ。


 老人はベーコンを切り刻んで鍋の中に入れると、その匂いだけでこの青空が食堂になったみたいだった。


「さあ、どうぞ」

「なに?」

「ただの雑多なスープですが、温まりますよ」

「ま、まさか、食べてもいいんですか?」

「もちろんですよ。貴方は寝ずに私の安全を守ってくださった。これはほんの御礼です。さあ、そちらのお嬢さんも」

「いただきます!」


 ナクアは既に準備万端だったのか、俺と同じで老人の作業に夢中になってみていた。

 いつもなら俺は食べなくても問題ないと感じていた。だが、目の前のこれは別格だ。


 まるで次元が違う。これは美味いに決まっている。確信がある。

 器を受け取り、木のスプーンで慌てず、その一口を流し込んだ。



 するとどういう事か、記憶の一部が甦ってくるようだった。

 感動的だ。涙が出そうだった。まるで家に帰ったような味だった。

 そんな感想を抱いて、ふと思った。


「……帰る、か」



 なんだか意識から抜け落ちていた気がした。自分の世界に戻る。それ自体は俺の目標だが、いまはナクアへの贖罪の清算の最中だ。そんな事はどうでもいいとばかりに意識の片隅に追いやっていた。


 だが、この料理を食べて思い出した。ただの水っぽいポトフだ。ブイヨンなんて入ってない、ただの野菜煮詰めスープと言ってもいいこの味が、なぜか恋しい。

 目を閉じて、思い出そうとすれば、それは簡単に答えが出た。


 これは母がよく作っていた味だ。イマイチ料理の知識はないけれど、こんな感じだろうって勢いで作った料理。

 美味しくないんだけど、ベーコンだけは良いのを使ってて、それが妙に味を引き立てていた。

 いまさらだけど、こんなに美味かったんだな。


「思い出しましたか? 懐かしい味を」

「なんでわかったんですか?」

「そういう顔をしていらっしゃいます。その郷愁をどうかお忘れなき用に。思い出は時に優しく語り掛けてくれます。孤独を励まし、傷ついた心に勇気を与える。決して手放さないでください。【魔素の因子】に対抗する一番の要因は『心の強さ』なのですから」

「……心の強さ。じゃあこの体の変異が解けないのは、俺の心が弱いからか?」

「それは私が語れる範疇ではありませんね。自分で答えを得ることです」


 老人は笑みを絶やさなかったが、俺は自分の心が弱い事をもう重々承知している。だからこんな弱い自分と決別しなければいけないんだ。

 そうでないと、俺はまた誰かを不幸にしてしまう。


「さて、私はそろそろ行きますかね」


 食事の最中だと思っていると、老人はそそくさと荷物をまとめ始めた。気がつくと料理やら鍋などを残し、自分の周りにある荷物だけを馬に載せ始めた。


「急に現われて急に去るんですね」

「色々と急ぐ身なので。ああ、食事はどうぞ、それは貴方達に譲りましょう」

「……ありがとうございます。何から何まで」


 いよいよと老人は杖を片手に馬の手綱を引っ張り始めて、振り返らずに歩き始めた。

 しかし最後、草の陰に入ろうという所で急に立ち止まり、何かを言い出した。



「少年、成長とは己を捨てて何かで埋める事ではありませんよ。まずは己を知ることです」



 言いたい事を言いっぱなしで、老人は草原の中に消えていった。


「なんだか、賢者みたいな人でしたね」

「本当に、な。正直、どこの馬の骨かと思ったけどさ。……飯、食ったらいくか」

「はい」




 こうした予期せぬ出会いがあり、俺達はほぼ迷うことなく、中央交易都市【ミッドガルド】へ目指す事ができた。

 徒歩で約四日の道のりとなるらしい。貰った鍋で炒め物も暖かいスープも作れるようになった。なぜかナクアの風刃魔法が上達していた。貰った杖もなんとなく使うようになった。


 ちょっとずつだけど順調に進んでいる気になっていた。【ミッドガルド】に到着したら、どうやって侵入するか、それもいろいろと考えていた。まずは覗いてみようとか、夜にこっそり家捜しするとか、大よそ良いアイデアとは言えなかった。


 しかし人間と魔族の関係が一般的にはどんなものなのかがこれでハッキリするだろう。あまり良い結果にならないのは覚悟の上だ。


 不死者とも遭遇は何度かあったが指で数える程度だ。それよりもこの辺は魔獣が多い。角の生えた狼やウサギ、毛の生えた蛇と言ったのが魔獣らしい。勝手に狩をした挙句に焼いて食べていたナクアが「毒ぅ!?」と言って騒いでいた。そんなに肉が食べたいのか。




 ジャックと別れてから三日目の夕方に俺達は目的地を眼にした。予定より早かったのは行幸だと思えた。

 しかしその気持ちとは裏腹に、俺達はジャックの書いた地図のバツの意味を思い知る事になった。




 結論から言うと、中央交易都市【ミッドガルド】は陥落していた。




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