【魔術師編】1②
いろいろ考えることは多い。
ナクアは就寝に入り、俺は寝ずの番をして夜が明けるのを待つ。
その間、俺は暇つぶしに何が必要かを考えたりしている。一番欲しいのは相変わらず刃物だ。
地図も必要だが刃物があれば出来ることは多くなる。
イノシシを狩った時もそうだ。もしあの時手元にナイフでもあったなら、イノシシの皮でナクアが眠っていたかもしれない。
たき火に枝をくべながら夜が明けるのを待つ。
人間の町に潜りこむ。言うのは簡単だが、ナクアや自分の姿を考えるととても難しい。
ナクアはまだ人間に見えなくもない。肌の色が白いとか目が赤いとか触手があるとか、色々バレたらまずいが多少の変装で何とかなる範囲だ。
しかし今の自分は論外だ。見れば魔族そのモノに見える。赤い服に鋼鉄の肌。すごく目立つことだろう。
言うは易く行うは難しいとはよく言った物だ。名案でも浮べばいいが。
悩んでいたら突然『――コンコン』と木の棒を叩く音が聞こえてきた。
「誰だ!?」
驚いて思わず振り返った。反射的に【賢奴の赤旗】を掴んで構えると、中の食材やら道具を全てひっくり返ってしまった。失敗したと思ってももう遅い。開き直って対人すると、そこに居たのは如何にも老人という風体の男が馬を引き連れて現れた。
よれよれな白い髭、汚れっぽい長い白髪。袖首に深いフードのついた灰色のローブは、海外映画で見る灰色の魔法使いを想起させた。先端にカンテラを取り付けた杖を左手に、右手に後ろの馬の手綱を握っている。乗馬する為の馬ではなく運搬用なのか、荷物がこれでもかと沢山積まれていた。
「失礼、遠くで灯りが見えたので立ち寄らせていただきました。どうやら貴方は私と御同輩の様子、よければご一緒にと思いまして」
「御同輩?」
「違うのですかな? 貴方は魔族に連なる物とお見受けしましたが」
老人の声はとても穏やかなモノだった。とても今から争おうという人物の話し方ではない。それに魔族に連なるというのが気になった。
「魔族って貴方のどこが?」
「はは、信じなくても良いですよ。ですが人を見た目で判断してはいけません。貴方が魔族然としているように見えて、その実は人間だという事も。その逆というのもあり得るのではないかな?」
「……今の一言でアンタが普通の人間じゃないって事がわかったよ」
「結構」
老人は杖を地面に突き立てて、馬に取り付けた荷物を下ろし始めた。自分のスペースを充実させた後、カンテラの火を消して腰を下ろした。別に許可した覚えもないのだけれど、この老人はココが私の場所だと言わんばかりに陣取った。
敵意はないみたいだが、何を目的にしているのかが見当もつかない。とりあえずナクアを庇える場所に移動して、老人と対面した。
「さて……若者が一人、月夜の下で寝ずの番をしておる。彼は大変難しい顔をして炎を眺めていた。この状況は知恵の宝庫たる老人の出番だと思うたが、私では力不足かな?」
「老人のお節介が必要かどうかはさておき、突然現われてさも当たり前の様に居座られると戸惑いますね」
「老人とはそういうもの。生きてる年期が違うのだ。時の大切さや無常さを知っている。ただそれだけですよ」
「意味深な言葉をどうもありがとう。気が済んだら静かにしてもらえないか。寝てる奴がいるんだ」
「寝ている者? さて、それは誰の事かな? まさかそこで狸寝入りを決め込んでいるお嬢さんの事かな?」
そう言われれば、後ろが気にならないわけがなかった。視線をやると、ナクアは目を開け、寝息を吐くマネをやめ、ため息を一つ吐いた。
眠たい様子一つ見せずに座りなおすと、第一声に悪態を吐いた。
「うるさくて目が覚めただけです。貴方は誰なんですか?」
「誰と問われたなら……そうですね。では、ジャック・Oと名乗っておきましょう」
ナクアが眉を歪ませた。ナクアでも誤魔化しているのには気づいているようだ。
しかしジャック・Oを名乗るとは、おかしな話だ。ハロウィンの話がこちらにもあるのかどうかはわからないが、この老人はそれを気取っているようだ。
「だとすると、アンタは迷ってる俺達を導いてくれる案内人ってことでいいのか?」
アイルランドの伝承でジャック・O・ランタンは迷い人を道案内して助けてくれる存在でもあるらしい。提灯ジャックを気取るならそれくらいしてくれるだろう。
「私が出来るのは道を示す事だけだ。それに私は彷徨いし亡霊でもないからね」
老人が自分の並べた道具の中から、一本のデクの棒を取り出し、俺に突き出した。
受け取れと言わんばかりに出された物に、思わず手が勝手に掴んでいた。妙にしっくりと手になじむ棒だ。
「それは君にあげよう」
「……なんだ、これ?」
「なに、遠慮はいらぬ。その辺で拾った素材の良い樫の枝に過ぎん」
「いらんわい!」
てっきり魔法の杖みたいなのを想像していたのに損した気分だ。
「長旅に杖は必要だ。今はなんでもないただの棒だが、いずれ魔法の杖にも劣らぬ相棒になるであろう」
「……上手い事言ったつもりか。それより、その道具の中に地図とかないか? あるなら是非見せて欲しい」
「ほう。地図が欲しいか。ではこれをやろう」
老人は紙を寄越した。やろうと言うからにはくれるという事なのだろう。なかなかどうして気前のいい人かと思ったが、それは早計であった。
白紙のボロ紙であった。何も書かれていないどころか、薄汚れていてシミがついてる。
次に羽とインク瓶を渡された。
「自分で描きなさい」
「……ああ、そう、あんたはそういう人なのか」
呆れた気分であったが、少し深呼吸をして落ち着いた。期待した自分が馬鹿なのだと考え改めた。
ナクアと共に旅立ってたった四日間だが、物資が貴重だという事は十分に理解している。俺の世界じゃあ物で溢れかえって地図くらい簡単に携帯で確認できた。だが、ファンタジーの世界ではそんなわけにはいかない。
紙やインクだって貴重なものだ。旅の最中のこんな未開の地じゃあ特に、だ。今この場で誰が紙やインクを用意できる。俺には無理だ。
自分の思い上がりを叩き直して、改めてお願いする。
「すみません。地図とか持ってますか? 出来れば写したいので」
「宜しいですよ。ただし、私の頭の中で申し訳ないですが」
老人は快く引き受けたと思うと、地面にこの辺一帯の位置間隔図を描き始めた。
【封魔の森】の西南付近。北へいけば世界の中心【アスハーラ平原】の西部に繋がる。境目に線を引いたが、それは川らしい。
【ミッドガルド】はここより南西へ。さらに南にいけば【アルト】という港街があるらしい。
【アルト】なんて街は知らないが、ちょっと大きめに描かれている。きっと大きな都港なのだろう。
それからココが【ノースケット】という国の一部だと書き出した上で、首都ノースケットが【封魔の森】の南東、【アルト】の東に書かれている。【アルト】と【ノースケット】の間には山と海が阻んでいた。
その他、小さな村の位置や目印を点々と書き記し、老人は一仕事終えた。
「こんな所かね。ああ、そうだ。【ミッドガルド】にはバッテンをつけておきなさい」
「なにかあるんですか」
「実際に自分の目で見て、感じて、答えを得る。それが大事な事ですよ」
「……要するに自分で行けって事か」
だがこの老人のおかげでかなりの情報が手に入った。ここは【ノースケット】という国で、【アルト】という港街がある。なにもわからなかった時よりずっと気が軽い。
「ご老人、私からも一ついいですか?」
今度はナクアがいぶかしみながら声を掛けた。
「ジャックで構いませんよ。お嬢さん」
「ジャックさん、私の故郷……ええと、こういう触手を持っている魔族の村を探しているんですが、ご存知ないでしょうか?」
「……ふむ。有名な十三魔人将の一人にそれと同じモノを持つ人物が居たそうですが。残念ながら魔境の出身としかわかりませんね」
「その魔境! ここからどこへ行けば辿り着けますか!?」
「さて、私にはわかりかねます。ただ、【ノースケット】の大図書館へ行く事を具申しましょう。あそこなら世界規模の地図の閲覧が可能でしょう」
「ノースケットの図書館ですね。ありがとうございます」
ナクアもお礼を惜しまなかった。彼から教えてもらった情報が頼りになるからだ。確かに知恵の宝庫を名乗っても許される人物だった。
だがどうしても気になる。
「すみません、良くして貰っているのに悪いけど、ジャックさんの事がどうしても信用できない。何が目的なんだ?」
老人は疑われていても悪い気一つ感じないのか、変わらずに優しそうな微笑みを返してきた。
「キミがそれを思うのは当然の事です。人は簡単に悪を為せる。しかし、正しい事も出来るのが人間です。私はそれを実践しただけですよ」
答えになっているようで、なっていない。これが俗にいう、悟り過ぎていて話が通じない相手というヤツか。
ただし、言いたい事はなんとなく伝わった。すると『自分は良い事をしているんだぞ』と褒めてもらいたいだけの老人に見えた。それが少しだけ面白かった。
「少しは悩みも減りましたかな?」
「まあ、ちょっとだけ」
「その調子ですよ。人の悩みは尽きません。悩みのすべてを一度に解決することは出来ない。一つずつ、解決していけばよいのです」
「まるでカウンセラーだな」
まあ、おかげで気が軽くなったのは確かだ。そうか、一つずつか。
覚えておこう。




