【魔術師編】1①
旅を初めて四日ほど。俺達は長い間森の中を遭難していた。
似た風景を何度も目にしては、同じところを回っているのではないかと不安にもなった。しかし、何とか森の外へと抜け出た。
壮大な草原。生い茂る草木は碧い海の様に、草が波を立てて風と共に歌っている。
夕方なので、空も燈色に染まっており、紫色の夜空に星々が点々と輝いていた。
「良い景色ですね」
「……そう見えるか」
「大智は違うのですか?」
「ここによく似た場所で、嫌な記憶があるんだ」
しゃがんで周囲を注意深く確認した。目視で確認できる範囲には奴等――不死者はいない。
耳を澄ませて、うめき声がないかどうかも確認する。それも今は風凪ぐ音だけが心地よく流れ込んでくる。
「……大丈夫そうだな」
太陽が前方方向やや右に見えるからして、どうやら【封魔の森】の村から南西に進んで出てきたようだ。
アスハーラ平原より南西方面には確か、人間の中央交易都市があった覚えがある。町の名前は確か――ミッドタウンだったかミッドガルドだったか。
あんまり鮮明に思い出せない。どうでもいい街だった気もするし。中央交易都市という設定がファンタジーっぽい。という理由で創られたハリボテの設定だ。
まあ人間の拠点なのは間違いないけれど。
「とりあえず、今日はこの辺で野営にするか」
「やったー。さあ大智シェフ! 今日の献立はなんでしょうか!」
「お野菜だな」
「お肉はないんですか!?」
「またイノシシのぶった切り肉を食べたいのか」
「大変恋しい味でした」
「昨日も話したが肉は無理だ」
肉は非効率的だ。日持ちしないし、持ち運ぶには色々と工夫が必要だ。
一昨日、巨大なイノシシとばったり遭遇した時の話だ。
気性が荒いのか真っ直ぐに突進してきたので【賢奴の赤旗】でうっかり殺してしまった。
それを渡りに船とばかりにナクアが食べようと言い出したのだが、刃物が無いのでどうしたものかと悩んだ。
それを察してナクアが、風刃の魔法(初歩的な魔法らしい)でざっくばらんに切り落とし、食べられそうなところだけを焼いてしまうのだった。
あまり詳しくは言わないが、かなり食べられる場所を無駄にしてしまった。
それ自体はしょうがない話と片づけられる。今度から刃物を用意すればいい話だ。
それより問題は保存方法がないことだ。冷蔵庫やクーラーボックスがある訳ない。それに水分は腐敗のお友達。塩漬けにするか乾燥させなければ腐ってしまうのがオチだ。
お肉ブロックを丸々持っていこうとするナクアを説得するのは骨が折れた。中々納得してくれず、最後は悔しい顔をしてその場にあった肉を全て平らげたのだった。
「その辺にお肉転がってないかな」
「肉もいいけど俺は刃物が欲しいよ」
ナクアが適当な草の上で転がりだした。
体はゴロゴロとしつつ、触手四本で手早くたき火の設置を済ませていくのを見ると、同じ触手が欲しくなる。
ちなみに――魔法についてだが、最初に火を付けるのに地面に線を引いて呪文を唱えていた。
触手を魔法陣にしないのかと聞いた時「え、なにそれ出来る訳ないじゃないですか。できたらバケモノですよ」と真顔で返したのは今でも印象的だ。恐らく技能的な部分も記憶から無いのだろう。以前と違って毎回魔法陣を書いている。
魔法が扱えるのは覚えているのか、と聞くと「生まれた時から出来て当然のこと」らしい。ウソか本当かわからないが、出来るのだからそれでいいだろう。
それはそれとして、こちらは今晩の食事の準備をする。
森の幸を収穫できるのは今日で最後だ。そう思いながら大きな風呂敷に包んだ森の食材を取り出した。
ちなみに風呂敷とは死の神器【賢奴の赤旗】の事である。この布、形質や形態をある程度変化できるようで、試してみると硬くしたり軟らかくする事も可能だ。
大きさも自在で、大は国旗ほどに広く、小はハンカチほどにもなる。包帯のように細長くもなるし、巻いて筒状の棒にもできた。
もしや何にでも代用ができるのでは? と閃いたはいいが所詮は布だった。
刃物が欲しかったので包丁にしようと工夫はしたものの、それは刃物にはなりえなかった。強度はあったが、厚さだけは変えられないらしい。断面が丸いので刃にならない。極小の面積と摩擦さえ発生させれば物質は切断できると思ったが、現実はそう甘くないらしい。
今のところ、道具をしまう袋として利用している。しかも触れると対象が死ぬ危険性も健在で。
もっとリスクのない道具が欲しい。
「キノコと木の実の串焼きでございます」
「ありがとうございます。では、いただきます。大智も食べましょう」
「はいはい。いただきます」
森といえば木々、木に存在する食材といえばキノコと木の実だ。それらを小枝に突き刺して焚火で炙るだけ。工夫しがいのない食事だ。
ちなみに、森の食材は基本的に俺が毒見をして美味いかまずいか、毒があるのかも確認している。でなければ知識無しでキノコなど採取できない。
毒キノコを食べたのは生まれて初めてだったが、幻覚が見えた後、クシャミをしたら治ったという珍事に見舞われた。あれは忘れられない経験だ。
「大智、森から出ましたけど、これからどうします?」
「そうだな。出来るだけ人には見つからない方がいいとは思う。だが、如何せん地理に疎いのが問題だよな」
「ですね。私も地名は少々聞き覚えがあるのですが、位置関係がわからないので、どの方角へ行けば村に帰れるのか……」
「ゴメン、俺が小説の話をちゃんと覚えてたらこんな事には」
「またその話しですか?」
ナクアから変な顔で見られた。多分、からかってると思われたのだろう。
ナクアには既に諸々の事情を話していた。
異世界から着たこと。異世界に帰るためには不死の体で死ななくてはいけない事。
こっちの世界に来てから何をして、何が起きたのか。
この世界の創造主であることも含めて。
だが、どうにも以前のナクアと違って、最後の部分だけ首を横に傾げる。
『ちょっと信じ難いですね。なんといいますか、大智はそういう感じに見えないです。こう、神々しさというかオーラがないです』
普通に信じてもらえなかった。そもそも創造主だから何か出来る、ということもない。創造主であった特典と言えば、ほとんど役に立たない前知識くらいだ。それもあまり信用できない。
世界の仕組み、コトワリとやらが大分変わっているらしい。俺が執筆していた頃とは設定に大きな差がある。この際、自分が作者である事などあまり考えない方が良いのかもしれない。
ここは知らない世界、常識も生態系も文化も違う。その方が心構えとして正しいだろうか。
「やっぱり、情報不足過ぎる。当面の問題は多いけど、まずはそこだな。ちょっと危険だけど、人間の町に潜りこもう」
次の目的は、最寄りの街に入り込むだ。




