幕前
ジェラルドは英雄に憬れていた。
子供の頃より読み聴いた英雄の物語。
悪竜を滅ぼした大英雄「戦神の子ロボス」
魔王を倒す為に生まれた天聖術士の祖「太陽王カイト」。
異世界より聖獣と共に現れた「破刃のリューヤ」。
ジェラルドはいつか自分も英雄になるのを夢見ていた。
剣を模した木の棒を持ち、天聖技を使うマネをして遊んだ。
「いつか皆を守れる、立派な英雄になりたい」
そんな夢を思い描いていた。そう、夢物語なのである。
大概、往々にしてこの手の英雄譚は、人々の都合のいいように事実とは異なって語られ伝えられる。
夢とは、現実の中では生きていけない物なのだから。
腰に棒を差し、手持ち街灯を持って屋敷を抜け出し、人気のない場所へと向かう。兵士の巡回のつもりだった。
ジェラルドはその行いを下積み時代と決め、夜中に出歩いていた。
ある時、未開拓の森林をいつもの様にジェラルドは歩き回っていた。偶然見つけたいつもと違う脇道に入ると、銀の甲冑を装備した魔族がいた。身を動かせない程の怪我をしていた。幼いジェラルドの姿を捉えても、彼は動こうとしなかった。
「こども、か。こんな夜に出歩くなとお母さんに言われなかったか?」
「母さんはいない。弟を生んだときに、病で死んだから」
「それは失敬。では私も今からキミの母親と同じところへ行く。何か伝言はあるか?」
「貴方も死ぬのですか?」
「この傷では、な。自分の身だ。自分が一番理解している」
「……少し待っていてください」
怪我をしている者がいるのならば助けよう。それが英雄の心構えであった。それが何者なのかは関係ない。助けることとはそれ即ち善行である。
全て聖教本や英雄の詩の受け売りだ。だからジェラルドにはわからなかった。
助け合いの精神は、人間にのみ許されていたのだと。
自宅へ戻り、包帯や薬草、果物もポケットに詰め込み、これで良かろうと戻ってみると、魔族の男は信じられない物を見た顔をしていた。
「……キミはこの近くに住んでいるのかね?」
「ジェラルドです。今、この辺一帯の森を開拓して港都市を作ろうとしている領主の息子です」
「そうか。素晴らしく教養に溢れた子供だね。キミは」
その時の銀甲冑の男は、とても穏やかな、優しい笑みをジェラルドに向けていた。
その表情は瞬く間に一変し、恐ろしく怒りに満ちたモノになった。その視線の先はジェラルドの後方に向かっていた。
ジェラルドがそれに気が付き振り向く刹那、人質にするように左腕でジェラルドを掴んだ。
「よくもウチの息子をたぶらかしてくれたな、この薄汚い魔族め」
ジェラルドの父含む、複数の兵士たちがジェラルドの後ろを追っていたのだ。
「お前の子供は役に立たないな。こんなお使いも出来ずに後を付けられていたなんて」
幼い時分のジェラルドには理解できなかった。父がどうしてケガ人を囲んでいるのか。銀甲冑の男がこんな演技をしているのか。
するとジェラルドに銀甲冑の男が小声で伝えてきた。
「走れ」
「え?」
甲冑の男が傷の痛みでよろめくフリをした。その瞬間、ジェラルドの背は押され、言われるがまま走り出した。それを機に、入れ替わるように兵士が甲冑の男を囲み、あとに見えた光景は壮絶なリンチであった。長い槍で間合い外から突かれ、倒れ込めば剣や斧で滅多刺し。最後に磔にされて【魔壺の谷】に連れていかれた。
ジェラルドには到底、理解できなかった。瀕死の男一人に対して数で攻め、嬲るように傷めつけた。それが人として正しい姿なのか。理解できなかった。
だがジェラルドの意思に反して、父ジェイドは十三魔人将の一人を討った英雄となり、港都市は瞬く間に英雄の治める土地として目覚ましい発展を遂げた。まるで弱った魔族を嬲り殺した男こそが正しかったのだと示すように。
ジェラルドは、英雄に憬れていた。
だがジェラルドには、英雄とはなんなのか、わからなくなっていた。
◇ ◇ ◇
ベットに差し込む光が目蓋に刺さる。体を起こすと目尻に溜まった水が頬を伝って流れ落ちた。
またいつもの夢だ。
「……英雄か」
もう十年以上も昔の事だ。
今では体も精神も大人になり、多少の責務もこなしてきた。
しかし、今でも胸に残った小さな棘が昨日の出来事を思い出すようによみがえる。
「失礼します、若様」
扉を叩くとそそくさと執事のノールが入ってきた。もういい歳の老人の筈なのだがその体に衰えはない。執事服が筋肉で盛り上がっているのがいつ見ても変わらない。
「なにかあった? 朝食の時間には少し早いけれど」
「若様、緊急の書面でございます」
「どこから?」
「神皇国騎士団統括、モーガン卿より直筆にございます」
「月並みな感想だけど、悪い予感がする」
文を受け取り読み進めると、自分の想像を超えた内容が記されていた。
「いかがでしたか?」
「監視塔の一人が謎の魔物を確認した、と。それから【封魔の森】の民との連絡が途絶えたらしい。直接確かめに行って安否の確認、その調査協力の要請だ」
「なんとまた面妖な。しかも封魔の森の民ですか。彼らは村人すべてが天聖の術技を扱えます。安否とはいささか、何かの間違いでは?」
「どうかな。色々考察は出来るけど、行った方が早い。ノール、馬の準備を」
「隊はどうしますかな?」
「五名ほど天聖術士を。装備は軽装、疾走が要求されている。雑務役は要らない。荷は最低限でいい。早馬なら往復一週間の距離だ」
「かしこまりました。ではそのように――」
ノールが仰々しく頭を下げる。
彼はいつも自分によくしてくれている。それを不思議に思ったことはなかった。
馬に乗り、仲間を引き連れ、【封魔の森】へ向かった。




