表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【愚者編】
25/72

【愚者編】20②

「悲惨……」


 ナクアの無意識の一言が全てを物語っていた。


 焦げた匂いに立ち上がる煙、焼けた家に崩れた家屋、土で汚れた剣は主を失い朽ち果てて、持ち主不明の腕は子供を守ろうとして死んだ者の末路か。

 いろんな情報が次々と目から脳に入ってくる。そして村の真ん中で、焼ける死体の山。酷い匂いを発する場所に、知っている顔が三つも積み重なっていた。


 一人はフロウェン。俺を縄で縛った戦士長の大男。

 一人はデクレロ・レイ。鋭い目つきの青年で、俺に悪態をついてきた奴。

 一人はデュラン・レイ。村の長で俺を【魔壺の谷】に直接落とした嘘つき。


 どいつもこいつも、俺にとっては復讐の対象で、いい思い入れなど一つたりとも浮んでは来ない。

 しかし、両目が黒く窪み、それが赤子地蔵によって記憶を抜き取られた者の証という事を俺は知っている。


 今では、恨めしい気持ちも、復讐してやるなんて感慨は逆立ちしても沸いてこなかった。ただただ、哀れだった。


 炎の中には俺の知らない連中が何十人といる。


 その中に三人、知った奴がいる。それだけだった。


 それだけの筈なのに、何故だろうか。胸を絞めつけるような息苦しさを感じるのだ。


「聖なる炎よ、不浄なる者をその懐に収め、浄化の慈悲を死者に送りたまえ。罪無き者は黄泉の国へ誘いたまえ。罪有し者は罰し、教えを請いたまえ。聖なる炎の寄る辺にて、一切の制裁と浄化の祝福を高潔なる戦士たちに与え賜え――」


 聞き覚えのある声だった。

 確か、この女性の声は――エリルだったか。フロウェンの娘、弓と矢を持った村の戦士。

 彼女は今、両手を組み、祈りを捧げるように炎の前で身を組んでいた。



「お前、一人か?」


 声を掛けると、俺たちの存在にやっと気が付いた。その仕草に驚きはなく、静かで、力もなく、幽鬼のようにゆらりと立ち上がって顔を見せた。


「……その声……あの異世界人? 姿形が別人ね。まるで薄汚い魔族みたい」


 よくわかったな、でも魔族じゃないぞ――などと、軽口を返せる雰囲気ではなかった。なにを言葉にしていいのかもわからない程に、彼女は異様だった。

 涙の枯れた目に、赤黒く裂けた頬、血まみれの服、足を見れば片足は木の棒に変わっていた。たった数日、十日ほど見ない内に彼女も変貌していた。

 そんな彼女がたった一人、この惨劇の中で生きており、平静を保って言葉を交わすなど、尋常どころではない。



 彼女は一人、何かを納得するように微笑むと、「やっぱり」と切り出した。


「そうよ。そうなのよ。貴方以外にありえない。貴方が全ての始まりだったのだから」

「……何が言いたいんだ」

「みんな、死んだわ。みんな、みんな死んじゃった。つい昨日まで、普段通りに目が覚めて、挨拶をして、お祈りをして、ご飯を食べて、仕事をして、普段通りに……私たち、何も悪いことなんてしていないのに」


 虚ろな目をして、だが俺に訴えるように言葉は俺に向かっていた。


「石の邪悪な魔物がみんなを殺した。みんなが死んだらみんながバケモノになった。バケモノがみんなを襲って、みんながいなくなっちゃった。もう、わたししかいない」


 夕暮れの赤が彼女に当たる。風が凪げば今にでも倒れそうなのに、その表情が狂えるほどの憤怒に変貌した。



「ぜんぶ、お前のせいだ」

「みんな死んだのはお前のせいだ」

「何もかもを失ったのはお前のせいだ」

「災厄を招いたのはお前のせいだ」

「魔物が襲ってきたのはお前のせいだ」

「父さんが死んだのはお前のせいだ」

「デクが殺されたのはお前のせいだ」

「村長がみんなを守れなかったのはお前のせいだ」

「みんなの平和が無くなったのはお前のせいだ」

「みんなの明日が奪われたのはお前のせいだ」

「神の加護が失われたのはお前のせいだ」

「この悪魔め!」「化物め!」「嘘つきめ!」「人殺しめ!」「魔女の手下め!」「お前は全人類の敵だ!!」




 これは呪詛だ。耳を貸してはいけない声だ。




 だけど、違うなどと到底、否定できなかった。

 赤子地蔵が誕生したのは俺が食われたからで、そいつが村を襲ったのなら俺のせいだ。

 俺がこの村に来てしまったから、赤子地蔵は追って来たのかもしれない。

 みんなの平和を奪ったといわれれば、それはもう三年も前から始まっている。俺はこの物語の続きを書くことを、破棄したのだから。

 だから世界が壊れた。

 みんなが不幸になった。


 何も間違いはない。

 何度目の後悔だろう。後悔のたびに、俺は自分のいたらなさしか覚えない。


 でも、だったらどうすればいいんだ。どうすれば俺は許してもらえるんだ。

 わからない。わからないから、聞くしかなかった。



「どうすればいい。どうすれば、俺は許される」

「そんなの、言わなくちゃわからない?」


 エリルは肩にぶら下げていた弓を構え、弓矢を番えて俺に向けた。


「死ねよ」

「大智!」


 ナクアが思わず声を出しだ。

 放たれた矢は真っ直ぐに俺の体に飛んでくる。だが、思ったほど痛くはなかった。どころか、体には傷一つも入らなかった。

 予想はしていた。ただの矢だ。その程度では鋼鉄の肌になんの意味もなく、不死による再生すら発生しないことくらい。

 この身は既に彼女の言う通り、化物なのだから。


「そんなの、不公平だ」

「……悪い」

「ずるいじゃない」

「……ゴメン」

「みんなを、返してよぉ……」

「……そんなの、無理だ」


 今のが最後の力だったのか、エリルは腰を落とし、糸の切れた人形のようにその場でうつむいてしまった。

 恨みを買う相手に抱く感情ではないだろうけど、これではあまりにも可哀想だった。

 どういえばいい。どう言葉を紡げば彼女は立ち直れる。考えれば考えるほど、今の俺には皮肉になってしまいそうだった。

 俺には、彼女を助ける事が出来ない。


 どうしてこうなった。

 どうすればこうならなかったんだ。




「なら――」


 次に彼女は短刀を取り出した。


「それでも俺の体には怪我一つできないし、出来ても治る」


「――ねえ、一ついい?」

「……なんだ」


「私が死ねば、悲しい?」


「――は?」



 彼女に戸惑いはなかった。

 俺が困惑の表情をしている内に、彼女は自分の短刀で自らの首を突き刺した。



「おい何してんだ馬鹿かお前!?」


 急いで駆け寄って傷を手で覆った。

 理解できなかった。

 己の命を絶って、何がしたかったんだ。

 苦しげな表情と生気を失っていくエリルは、しかし俺の顔を見るなり勝った様な目をして崩れ落ちた。




「――えい、えんに、呪って――やる……」




 そう言いながら、彼女は絶命した。

 彼女は不死者に成り果て、襲い掛かってきた。

 恐怖で身が震えた。見っとも無い悲鳴が口から溢れ出した。


「大智あぶない!」


 慌てて【賢奴の赤旗】を取り出して振り回した。そんな後ろで、ナクアが触手の一本を使って俺の体を引き寄せた。そうしなければエリルに……女の不死者に襲われていただろう。

 不死者を見ると、もう奴は動かぬ肉塊だった。偶然だが、赤旗が当たったんだと思った。


「……これも、俺のせい、だな」

「大智! しっかりしてください! あんな女の言葉、真に受けてどうするんですか! あんなの、ただの逆恨みですよ! なんで黙ってるんですか!」

「……ナクア。でも俺は、本当に奴の言う通りの事をしてしまったんだ」

「それでも彼女の自決は彼女が決めたことです。自分の身を守ろうとするのは当然の事です!」

「……わかってない。わかってない!」


 ナクアは知らない。俺が何をしてきたのか。俺が一体どんな酷い結果を作ってきたのかを。人に恨まれて当然の事をしたのだと。

 その無知な言葉で俺を甘く唆そうとしている。そう思った。


 でもそうじゃなかった。ナクアは怯えていた。声だって震えていたし、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 不安、だったのだろう。

 今のナクアに頼れる存在はいない。記憶のない己さえも頼れないのに、傍にいるのが俺みたいな奴だ。これ以上、失敗を重ねてどうする。


「ごめん。わかってないのは俺の方だった」


 口にしない思いは秘め隠し、今はただ、精一杯の強がりで応えた。


「そうだな、お前の言う通りだ。もう大丈夫だ」

「……ごめんなさい」

「なんでお前が謝るんだよ」

「私の方が、事情をよく知らないのに、勝手なことを言ってしまったから。彼女はお知り合いだったんですよね」

「知り合って程じゃなかった。言葉だってそんなに交わしてない」


 それに俺からすれば、彼女は俺を谷に落とした奴等の仲間だ。同情するような関係でもない。

『だけど』と思ってしまう。


「こんな惨い死に方をしなきゃいけない悪人でもなかったハズなんだ」


 そうだ。ここにいた住人達がみんな、言えることなのだ。死んでいい人間など、居なかったハズだ。

 だのにその上、野晒しで地面に汚れているなんて、誰も望んでなんかいない。

 落ち着いて、再び女の不死者の傍まで寄って、開いたまぶたを閉じた。


「ナクア。悪いけど彼女――エリルと、この村の人たちを埋葬しようと思うんだけど、少し時間を貰ってもいいか?」

「私も手伝います。そんなの大智に任せてたら一日経っても終わらないです」

「疲れたら休んでくれ」

「こども扱いしないでください」


 なんで土に埋めようなんて考えたのか、実のところ、あまり考えてはいなかった。ただ、そうするのが自然だと思ったからだ。でも、あとで思い返せば、それは正しい事だったのかも知れないと思えた。

 ただの個人的な感傷だけれども。少なくともその場に捨て置かれるよりかは、彼等も仲間と同じ場所で眠りたいだろう。




 長い夜だった。「土を掘っては埋めて」を繰り返し、人の数だけ石を集めて上に置き、そうやって明け方まで俺達は幾十名分の穴を埋め、村人の全てをその地に埋めた。

 不死者として活動していた者もちゃんと死なせて、同じ穴に眠ってもらった。

 ナクアも最後まで彼等を弔い、【封魔の森】一同の墓石を置いた。


「悪いな。全員の名前知らないし、これで許してくれ」


 手を合わせて、黙祷を奉げた。

 こんな事で本当に許されるなんて思ってもいない。でも、少しでも意味があるのならやるべきなのだろう。

 おそらく、ここには二度と訪れることもないだろう。

 だからこそ、後悔がないように、と。




「行こうか」

「はい」




 愚者は歩み始めた。





 【愚者編】 終幕

 タロットにおいて【愚者】とは――


 アルカナすべての起源。数字を持たない旅の始まりのカード。

 愚者のカードの絵は、裕福な服で身を包んだ男性が崖の縁で立っている姿で描かれます。

 彼は足元の地獄にも恐れない勇敢さを持っているのです。

 ですがその姿は同時に、世間知らずの王子さまを連想させる、無謀と軽薄さを持ち合わせているのです。


 もし愚者の啓示を得たのなら、それは己の未熟さと戦う必要を意味します。

 人生において正しい選択を行う為に、明坂大智はそれを選んだのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ