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Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【愚者編】
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【愚者編】17

 目を開けたら、目があった。黒くて充血してて、吸い込まれそうな程に暗い眼だった。それが両目にあった。


「気持ちわりいんだよ! このコンクリお化けめ!!」


 触手の先の目玉が両目に吸い付くようにして離れない。手で引き離してやりたかったが、全身締め付けられていて腕一本も動かせなかった。

 まるで催眠術から目が覚めたみたいだった。

 どうにかして抜け出せないのかと考える前に、一瞬もせずして解放され、身体が地面に落ちた。




『ギャアアアアアアアアアッ!!』


 叫び声だ。造形の悪い大型の芋虫が悲鳴の雄たけびを上げれば、大体こんな感じになるのだろうと思った。



 状況が把握できていなかった。


 自分が何をしていたのか、どうして地面に手をついて涙を落としているのか、理解が追いつかなかった。

 どこまで自分は覚えているのか。自分の名前は明坂大智。18歳。ここは俺の書いた小説の世界と今の所仮定していて、【次元の魔女】に不死の呪いを掛けられている。

 両親の事も、兄の事も、日々の日常の事も、大体覚えている。


 覚えていた。欠落している記憶が特に思い当たらなかった。

 記憶を奪われているような強迫観念だけは覚えている。その前は赤子地蔵に鷲掴みにされて捕まっていたはずだ。なぜ、自分は無事なのか、わからない。


 ゆっくりと顔を上げて前を見た。そこで目にしたのは、理解の及ぶ範囲外の事であった。


 光で出来た人間が俺の目の前に立ってた。魂だけの存在なのか、ホログラムの様に透き通って輪郭と影だけしかわからない。そして奴に恐れおののく様に赤子地蔵が距離をとっている。

 この人の御蔭なのだろうか。わからない。


「誰なんだ、おまえ」


 人間のような存在は俺に振り返った。顔はハッキリとしないが、男だった。身長も高い。長髪で、黒髪のような、だが毛先だけ金髪の変な見た目。服装はまるで賢者の魔法使いのようなローブ姿。しかし杖は持っていない。

 見たこともない男だった。わからない。


「誰なんだお前は!」


 光の男は答える口を持っていないのか、返答などしなかった。代わりに、奴は指差した。この神殿部屋の中央より奥、長い階段の上った先の祭壇へ。

 視線を光の男のいた場所へ戻すと、奴はどこにもいなかった。

 わからない。何もかもがわからない。

 奴は何者だったのか。何のためにここへ来たのか。俺を助けてくれたみたいだった。

 なぜ、どうして、理由がわからない。わからないばかりで頭が悪くなったみたいだった。

 だが何をしたら良いのかだけは直感で把握した。




 急いで走り出した。今度は、逃げる為ではなく、何かに到達する為に。

 背後でコンクリお化けが雄たけびを上げながら走ってくるのが地響きでわかった。もう奴の奇声など一々気にしないことにした。


 あの幽霊男が何者で、助けてくれたのかそうでないのかも今は関係ない。指を差した祭壇の上に何があるのかもわかりはしない。


 でも今はそれしか無いのだと、瞬きほどの奇跡の可能性だと感じた。もしこれが光の男の罠で、そこに煮えたぎった窯があるのならもういっそ落ちるしかない。だがそうでないのだとしたら、この地獄の様な状況を打開する方法があるのだとすれば。

 そんな夢物語にでも希望を託すくらいじゃなければ、俺はナクアを助ける事なんて出来ない。

 俺は一歩でも前に進めない。



 全力で走るとフレアラの首飾りが揺れて足元が見えにくくなる。それも構わなかった。感と勘で床の凹凸を想像し、適した踏み込みと蹴りを何度も続けた。



 階段まで辿り着いた。後はひたすら上るだけだった。状態の悪い段で、段の面がほぼ無いものまで有ったが、飛び越えて上り続けた。

 追っ手の地響きが近づいているのがわかる。どうやら階段の方が奴は早いらしい。


(考えろ、考えろ、考え続けろ。コンクリお化けの良い様にされ続けてたまるか。階段は一直線、階段の状態悪し、速度で負けてるんじゃあ、上に辿り着く前に捕まってしまう。何か、奴から逃れるにはどうすればいい。階段から落ちるのはナンセンスだ。上の道を塞がれたらナクアを引きずって逃げることになる。絶対に追いつかれて終わる。だからってこのまま芸無しじゃあおしまいだ。俺は何を持ってる。服か、不死身の体か、魔道具――フレアラだ!)


 ナクアから貰った魔道具。光を灯すための道具であるが魔力量次第で強弱は付けられる。


(コイツに魔力をありったけ込めればいい。だがどうやってそれをする。いつもはナクアが魔力を補充していた、魔法習得など研修すらさせてもらってないぞ)


 背後で刻一刻と距離を詰める巨体。まだ祭壇まで半分しかこれてないのに、このままでは到着する前に本当に追いつかれる。


(考えろ、どうすればいい。どうやって魔力を送り込む。【始祖の因子】、【不死身の体】【魔素の補充】……ナクアは、俺の血で補充してたなら――)


 一度立ち止まった。焦りと緊張がすさまじかったが、登りながらではうっかり首飾りを落としかねないし、これからする事が出来ない。

 一度空気を腹の底まで溜め込んで一気に吐きだした。異様な満腹感が腹の中にはあり、そこにはあると確信した。


 つい先ほど、奴に握りつぶされた時に体の中に溜まった大量の血液が。


 首紐を指に引っ掛け、フレアラの石を飲み込み、胃に落ちたと感じ、そして一気に引き抜いた。

 フレアラの石には血が付着しており、光が不安定にその光力を増していた。


 石が震動しており、もう爆発寸前だと確信した。


「これでも、くらいやがれ!!」


 奴に向けて放り出したそれは、強烈な光を生み出して高音と高熱を発し、一面がホワイトアウトした。

 フラッシュバンだ。


【始祖の因子】、ナクアが恐れ危ぶむのもわかる。これはいっそ兵器だ。原子力並みの大パワーだ。あんな小さな道具が、まさかこの巨大空間全てを突き刺す光になったのだから。


 目を腕で塞いでいたので視界は無事だが、聴覚は無事ではなかった。なぜなら赤子地蔵が転がり落ちる音と、奴の悲鳴がまったく聞こえなかったからだ。

『ざまあみろ』とバッドサインを送ってやった。通じてはいないだろうけど気分の問題だ。




 当然、祭壇には無事に辿り着いた。

 祭壇には何があるのか、どうすればいいのか。もう数十秒もすれば赤子地蔵も祭壇まで登りきってしまうだろう。

 祭壇の上、蜀台が四方を囲む中央には、玉座のようなイスもなければ、台座に刺さる剣もなかった。


「ひつぎ、か」


 岩の棺桶、死者の眠る箱。その中に、何かがあるのだと思うしかなかった。或いは、中に入れという事なのかもしれないが、それは最悪のジョークだな。


 急ぎ速しに近づいて棺に手を伸ばそうとすると、四方に囲む燭台が何もしていないのに火が灯った。

 周囲の仕掛けに目を奪われ、棺桶に目を戻すとどこから現われたのか、今度は黒いフード付きのローブを着た何者かが腰をかけていた。



『――そこで止まれ。何か用か?』

「アンタこそ何者だよ。用事もなにも、ここに何があるのか、俺が知りたいくらいだ」

『ここに有る物は御主には過ぎたる代物だ』

「こっちは急いでるんだ。その宝の持ち腐れの何かを使わせてくれ。押し問答してる場合じゃあないんだ」

『ならば一つだけ聞かせよ。御主は一度、仲間を見捨てて逃げ出した。その御主が何故か、見捨てた者の為に戻ってきた。罠と知っていながら渦中に飛び込んだ。一体、どの様な心境の変化だ』

「長い! 一つじゃねえじゃねえか!」


 殴り飛ばしたくなって拳を握ったが、フード帽に隠れた奴の顔が覗けてしまうと、そんな気も失せた。

 奴のフードから覗く肌が、異様に白いことに気がついたのだ。肌の色とかそんなものじゃあない。もっと、無機物めいて白いのだ。

 白骨の顔、骸骨だ。


 骸骨なのに、骨しかないのに、奴は頬を吊り上げ笑っているように見えた。


『ではこの一つを聞くとしよう。神をも凌ぐ力を持ってして、御主は何を始める?』

「――受けた恩を返す。貰った借りは返す。今それ以上は考えられない」

『なるほど、まるで鏡だ』




 フードの骸骨は立ち上がったかのように見えたが、奴は浮いていた。足がなかった。

 もしも奴が大きな鎌でも担いだ姿ならば、それは見まごう事なき死神だっただろう。




『如何様にも扱え。御主に我が【死神の権能:賢奴の赤旗】、貸し与えよう』


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