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Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【愚者編】
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【愚者編】14

 おかしい。自分の息遣いがムチャクチャになっている。

 五日間、走り続けたって疲労を感じなかった呼吸器官が、悲鳴を上げている。

 冷たく凍りそうな汗が止まることなく額から流れ出ていく。


『考えるな』と頭に命じながらとにかく手足を動かし続けた。なにせ考えたくなかったからだ。




 俺は一人の人物を見捨てた。置き去りにして囮にした。


(ナクアは信用できない)


 信用できないのは俺自身だ。先に嘘を突いたのは俺の方だった。


(アイツは俺の記憶を覗き見して、この物語の作者であるのにも関わらず真摯に接してきた)


 作者の話は魔女の嘘だと説明されたはずだった。


(そんなのナクアが勝手に言ってるだけかもしれない!)


 真実などわからない。だが態度に嘘はなかった。


(そもそも小説の時だってアイツは主人公の敵でしかない)


 だけど俺は主人公じゃない。敵とか味方なんて側の話は関係なかった。


(俺はアイツの、真の仇かもしれないじゃないか。だって、アイツが負けて人間に囚われたのは、俺がそう話を書いたからだ!)


 であれば逆に俺はこう思っている。仇を討たれる前にそいつが死んでよかった、と。都合がいいと。


(だってしょうがないじゃあないか!)




 自問自答ばかりが、頭の中をグチャグチャにかき乱した。




 逃げる以外に選択肢はないと思った。あんなのに襲われたら、絶対に死ぬ。

 いや、死にはしないだろう……なにせ不死身なのだから。しかしだからなんだと言うのだ。死なないだけで、死ぬほどの痛みがあるのは間違いないのだから。


 それにあんな象みたいな巨体の化物相手に、俺なんかが逆立ちしたって敵うはずがない。



 冗談じゃない。俺は漫画の主人公みたいに強いわけじゃないし、頭の良い機転の利く策士などではない。




 俺は……俺は――




「……――死ぬ価値もない、なにもない空っぽだ」




 俺は透明人間だった。

 目の前の問題があれば仕方がなく対処し、出来るだけ目立たないようにして責任役を逃れ、特徴なく過ごし、ただ日々をむさぼり過ごす……頭のからっぽな人間もどきだ。



 何か新しい事を始める勇気もなく、何かに打ち込むこともせず、一番になるなんて最初から目指すはずもなく。



 生きてる価値などつけようものなら、お買い得品の割引セール行きってな。



 世の中に居ても消えてもどちらでも構わない存在。




 だのに自分の事だけは後生大事に考えて、自分の身に危険が迫れば一生懸命。




 だから、追い込まれた時には必死で、さっきはナクアを見捨てたんだ。




「――……ああ。ホント、情けねえ」


 気がつけば、足が死んでいた。

 走り続けられる筈の足が、前に進むことをやめてしまった。

 なんで、こんな走った後で、今更になって良心の呵責が責め立ててくる。


 考えたくなかった。思い出したくなかった。黙って走り続ければいいと割り切りたかった。



「今も見てるのかよ。くそったれ魔女。いいのかよ、このまま見捨てるぞ、俺は本気で」



 一瞬だけ、魔女に対して怒りがわいた。仲間なのに、知っているはずなのに、見てるのに、俺なんかと違って世界最強の力を持ってるはずなのに、見殺しにするのか。

 それで自己嫌悪になった。自分勝手な理屈だ。俺は同じことをたった今、しているというのに。


 もう思考のダムが決壊寸前だった。自分が嫌いになったり誰かのせいにしたり、それでまた自分の汚さを思い知ったり、叫びだしたくなったり。

 苦しくて胸を掴んでみれば、やっと気がついた。息をしていなかった。無呼吸で、足を止めて、うな垂れて、没頭していた。




 思い出したくなかったものが、脳裏にハッキリと焼きついていた瞬間が、蘇った。

 最後にナクアを見たときの、あの口の動きが。


 俺には『逃げないで』って助けを求める悲痛な顔に見えたのだ。

 真実は違うかもしれない。もしかしたら俺がそう思っているだけなのかもしれない。きっと間違いだ。


「冗談じゃない。なんで、俺が――あんな、面白くて、気があって、飽きなくて、口聞きやすくて、面倒見の良い女を……」


 文句でも垂れてやろうと思ったのに、これじゃあテンプレみたいなツンデレじゃないか。


「オマケに、俺にとって都合良い解釈してくれて、何でも作れて便利だったし、割と初期から登場してるから思い入れ深いし」


 破れても修復する服を作ってくれたし、ここまで暗い道を照らした魔道具【フレアラ】を作ったのもナクアだし。


「きっと、【始祖の因子】の事を黙ってたのだって、何も知らない俺を気遣っただけなのかもしれないし」


 もうこれ、見捨てたら最低どころじゃない。




「あーこれ完全にあれだ。絶対にあれだ」


 戻ろうとしてる。絶対に勝てないとわかってるはずなのに、もう間に合わないんじゃあないかって薄々気がついてる癖に。


「……だいじょうぶ、大丈夫さ。俺は、不死身だ。絶対に死なないんなら、やりようはある。勝利条件は、奴を倒すことなんかじゃあない」



 一歩だけ、足を動かした。前か、後か、どっちに踏み出しても不思議ではなかった。

 無意識に選んだのは、逃げ道ではなく化物に挑む道だった。俺は馬鹿で間抜けで面倒くさくて拗らせた勘違い男だ。

 でもウジウジと考えてるより、気は楽になった。


「……足が千切れようが、腕が飛ぼうが、首が跳ねたっていいんだろ。アイツを――ナクアを連れてさえいればいいんだ」



 作戦もなにもあったものじゃあない。

 冷静に考えればこれが玉砕覚悟の愚行でしかない事はわかりきっていたはずなのに。


 俺には、誰かを許す勇気もないのに、逃げ出す勇気すらもなかった。

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