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Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【愚者編】
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【愚者編】11

 ナクアの生足とスニーカーが石畳を叩く音だけがしばらく続いた。周囲が静かだと普段聞こえない音がはっきりと聞こえてくる。


 俺達はどこへ進んでいいものか、何処に進んでいるのか、両方が不透明だが進まない訳にはいかなかった。その認識を俺たちは持っていたし、だけど今は心の距離みたいなものがあった。つい先刻まで友達くらいには話が通じ合っていたはずなのに、今じゃあ奴の行動が全て怪しく感じられて仕方がなかった。


「……そう警戒しなくてもいいのに。そんなにガイア君って呼ばれるのに抵抗あるの?」

「う、うるさい! その名前を口にするな!」



 だのにナクアの方はというと依然と変わりなく飄々として接してくる。それがまた、妙な苛立ちを与えてくる。別に黒歴史を発掘されたから怒鳴っている訳ではないのだ。



「というか、お前なんなんだ? やっぱりお前、人の心を読んでるとしか――」


「そーだね。うん、読めるよ。心だけじゃなくて記憶もね」


 言いながら、奴はニッコリと顔を向けるのだった。



「ネタをばらすと、私の触手は人の神経の束みたいなものでね。原子レベルの魔素でも知覚できる。魔素との親和性を極めれば、キミの魔素と波長を同調して、記憶や心情をキャッチすることもできる。といってもリンクしてる最中に思い出した事くらいしか記憶は読み取れないけどね」


 ナクアは触手で何度も俺の体に巻き付いていた。アレは単に、俺の体の魔素濃度を調べていただけじゃあなかったってことかよ。


「……そんなの、卑怯だろ」


「キミも秘密にしておきたい事があったら喋らないだろう? 事実、キミは自分がこの世界の作者だって事を隠そうとしてたし。罪悪感があるからではなく、自分の立場が危ぶまれるから伏せていた。そこはホラ、私もキミも一緒だ」



 何かを言って返してやりたかったが、反論の口頭さえ思い浮かばなかった。

 そりゃあ奴の言ったことが全てだったからだ。


「そうバツの悪い顔をしないでよ。弱い者いじめしたいわけじゃあないんだから。それに、私はイマイチ大智くんがこの世界の作者――創造主だとは考えてないよ。どっちかっていうと、そう思い込まされているだけなんじゃないかって私は考えている」


「……は? どういう事だ?」


「私はこれでも魔族の中でも上位の格を持つ魔人の一人。神祖の生み出した小神の一柱。アトラクチヤナ神【地谷の神】の末裔にして、十三魔人将の一人。【魔糸使い】とか【スペルファクトリー】なんて持て囃されたこともあったけどさ。けれど、キミはこの事を知らないんだろう?」


「うーん? まあ、魔人将以外の神だとか二つ名は、少なくとも知らない。俺の知ってるナクアは、蜘蛛をモチーフにしてて、書き手側の便利屋で、十三魔人将くらいだな」


「便利屋かぁ。いいね、それ。でもさ、それくらいしか知らないんだろう? 逆に言うと、漠然とした情報しかキミの妄想とこの世界の接点はない訳だ」


「……お前の言いたい事がよくわからないんだが」


「キミをこっちの世界に引きずり込んだのは、あの悪名高い【次元の魔女】だ。あの魔女なら、無限にも広がる異世界の中から、多少似た世界を夢想した少年を連れてきて、もがき苦しむ姿を見て高笑いしてたっておかしくない」



 そういう線もあるか。

 そう考えれば、何処か俺が書いていた自作小説の設定が無暗出鱈目に増えているのも頷ける。神話とか魔素なんて、俺は確かに作ってないからな。



 でも、その理屈ではおかしいような気がした。そうだ、次元の魔女、レイレナードが俺に恨みを持つ理屈がなくなる。だけれど反論する前にナクアは話をつづけた。


「まあ私は別にキミがこの世界の作者だったとしても、責めるつもりはないよ。物語の創造主といっても、キミはどう見てもか弱い少年に見えるしね。それより【次元の魔女】の方が私は腹が立つね。キミみたいなのをこの世界に落として、何が楽しいんだか」


「奴は俺が苦しむ姿が見たいとか言ってたぞ」


「それこそ最低のシナリオだね。どうせ奴は己の道楽にしか興味の無い世捨て人だ。偶に世界級の厄介事を投じるから余計に腹が立つ。その上何もわからない人間に【始祖の因子】を与えるなんて、狂気の沙汰にも程がある」




 ナクアの奴、【次元の魔女】に対してだけはハッキリと剣幕を露わにする。またぞや俺の知らない過去に何かあったのだろうか。ちょっと気になったが、ナクアはすぐに話を終わらせた。


「ゴメン。奴の事はどうでもいいんだ。ホント、ゴメン。そう、キミの持つ【始祖の因子】についてちゃんと説明しておこう」


 やっとわかったのだが、ナクアは【次元の魔女】の事が普通の嫌いよりも、大が付くよりもさらに嫌いなようだ。話の話題にもしたくないとはよく言うが、ナクアの奴に対する態度はそれだ。しょうがないので奴に関しての言及は辞めておいた。


「キミがさっき、自分の肉体でも食って生き延びればいいって話しね」


「まあ、最終手段ってだけで、御馳走するのは俺も出来れば遠慮したいんだけどもな」




 ナクアはため息を吐いてから切り出した。



「以前にも言ったと思うんだけどね。キミの体に流れる【始祖の因子】は、化け物の中の一等危険なものだ」


「らしいな」


「その危機感の無さが一番の不安要素なんだけどね……。キミが例え普通の人間でも、その体に流れる魔素は世界を滅ぼしかねない要因の塊さ。あの赤子地蔵がそうだよ。ただの不死者が因子を取り込むだけで、災害級の化け物が出来上がる」


「? お前は平気だったじゃないか」


「私は【神祖の末裔】だからねぇ。ある意味、始祖に近いからある程度コントロールが効くのさ。でも大量の【始祖の因子】を吸収すれば、私だってあっちの仲間入りになる。それは私も嫌だからねえ」



「おい、そんなの初耳だぞ」



 そんな危険があるだなんて一週間同じ場所で生活してきて一度も聞かされてこなかった。



「あー。うん。まあ意図して言わなかったのはゴメン。そうなるとキミを怒ったのは完全に八つ当たりだよね」



 そういう事じゃなくって。


 一日に穴を掘れるペースを決めていたのは、自分の体に負荷を掛けない為だったとか。俺の浸食値がどうとかって話じゃなく、ナクア自身の体の問題だったという事。

 なんでそんな嘘をついたんだ。俺に責任を感じさせない為なのか。……それとも、俺を心配するフリで俺から信用を得る為か。



 そこまで考えて、今まで眠ったように起きなかったナクアに対する猜疑心が再び呼び起こされた。



「……いや、気にしない」



『なぜ』とか『どうして』なんて理由は考えなかった。とにかく疑わしくなってしまったら、もう拭い切れなかった。

 だがここで言い争いをする気にもならなかった。そんな鬱憤を晴らすよりも、現状況に対する不安要素の方が心配だったからだ。



「どうみても何かありますって顔なんだけど」

「悪い。どうにも顔に出る性質みたいなんだ」

「……キミは正直者だね。だから嫌いになれないんだけどね」






 ギクシャクした空気から多少マシになった頃、やっと俺たちはやっと通路から開けた場所に移動できた。



「なんだ、この部屋」



 ひたすらに広い空間の中に石の柱が何本もあって、中央には高くそびえ立つ石の祭壇があった。真っ直ぐに長い階段によってその祭壇に登るのだろうが、これではまるで魔王でも封印されているような絵になっている。

 迷宮なんて名付けたが、神殿の方がよほどしっくりくるな。『ドコカの伝説』みたいだ。



 この部屋は先ほどの通路とは素材が違うみたいだ。緑剛石とかいう深緑ではなく、白くて光沢のある鉱鉄みたいだ。それが一面に敷かれている。今はそこら辺が割れているが、本来は一面が真っ白い光沢の床だったんだろう。



「地中に埋まった古代神殿、なんてロマンだ」



 ナクアも興味津々にあちこちを見て、何かを見つけたのか石の柱に駆け寄ったかと思うと、驚いた声を上げた。


「うわ、神代の頃の古代文字だ。こんなの読める人間なんて今どき生きてないって」

「どれどれ」


 俺も覗いてみたが、目が点になった。象形文字をもう少し三角と四角で表現した様な感じと言えばイメージが出来るだろう。つまり、さっぱりわからん。



「掠れてほとんど読めないな。たぶん、二十二柱の十三って書いてあるんだろうけど」

「読めるのかよ」

「私も神祖だからね。知識だけは先代から受け継いでるのよ」

「言ってる事はよくわからんが、とりあえず読めるんだな」



『さすが便利屋ナクアさんは格が違うぜ!』とでも褒めておけばいいのだろうか。しかし今のナクアは完全に古代文字相手に格闘しているようで、一人でうんうん頷いていた。いいのだろうか、こんな所で知識欲に任せていて……。



「……古代知識と触れ合うのもいいけど、大丈夫なのか?」


「二十二柱ってなんだろ。よく神の存在を『柱』で例えるけれど、二十二かぁ」



 聞いてないどころか、合の手を求めてきた。



「……えっと、何かおかしいのか?」


 ふふん、と鼻をならしてナクアは得意げに話し始めた。


「いやね。この世界に居りまする神柱は全部で二十柱の筈なんだ。元々は二十一だったんだけどね。一人は始祖だからよく神祖数えで除外される。だから二十、あるいは二十一柱ならわかるんだけど、どうなってるんだろう?」


「相変わらずお前の解説はよくわからんが、きっとそりゃお前、二十二人目が居るんじゃないのか? よくあるだろ。実はイレギュラーでもう一人いました! てな」


「それがホントだったら私が外にいた頃の歴史研究家がみんな目をひっくり返す大事件だね。……まあそれ以外に二十二っていうと、昔話の王子達の人数かなあ」


「……二十二人も子作りって、すげえな」


「有名な昔々の与太話だよ。神話の終わり、新時代を収めた大王様がゲン担ぎに神の柱にならって子どもを二十一人作ろうとしたんだ。一夫多妻で産めよ産めよとポンポンつくってね。でも最後の二十一人目が双子になって二十二人の子が生まれたんだ」


「なんだそれってオチだな」


「まあその後、王子達の王権騒動で巨大国家は大きく割れて、結局兄弟姉妹たちで血みどろの戦争になりましたとさ。めでたし、めでたし」


「オチの後にまだオチがあるのか。驚きだな」


「だいぶん端折った語りだったけど。誰が初めに殺されたとか興味ある?」


「ここから無事に脱出してからにしてくれ」


「あ、そうでした……」と少し反省した様子を見せ、夢中だった遺跡探査を名残惜しそうにしてやめた。そんなに興味の湧くものなのか、理解できない。




 いや、興味が湧く対象が一つだけあった。


 あえてナクアには言わないが、あの祭壇の上には何があるのか――それだけが気になる。ナクアに言えば絶対に「じゃあ調べよう」と一拍も置かずに返事するに違いない。地上に出られるヒントがあるなら別だが、これ以上時間を無駄にはしたくない。いや、違うか。たぶん、こんな状況なのにナクアが楽しそうにはしゃいでいるのが気にくわなかっただけなのだろう。




 余裕がなかった。

 自分でもわかるほどに。

 気持ちが苦しかった。




 色んな不満不安が積み重なっているのに整理しきれず、ただ流れのまま見過ごした方がいいだろうと放置して、現実をまともに見ないことで酔ってきたのだ。




 だからと言うべきか、当然のように話は上手くいかなくなった。


 軽く部屋を一周した。てっきりどこかに通路がまたあるだろうという期待は外れ、入った時の入り口しかなかった。要するに行き止まりであり、別の言い方をすればここが最終奥だった。

 一応、隠し扉や隠しスイッチなども探してみたがそんなモノはどこになかった。


 という事は必然的に、来た道を戻って、通路の反対方向へと進まなくてはいけなくなった訳だ。そうなると間違いなく、あの巨大赤子地蔵が待ち受けている穴の横を通る事になる。



 出来れば、もうあそこには戻りたくなかった。厳密には前を通るだけだ。奴が大人しくそのままであるならば、困ってる人を放っておくが如く他人事で素通りできる。だが、悪い予感がする。


 だってあそこはナクアが力技で突破できるほどに脆いのだ。あのデカイ図体をした赤子地蔵が突破できないなんて考えないほうがいい。


 なら十中八九、戻れば奴はいるだろう。その時、俺達はアレを再び避けて通ることが出来るのか。




 そう、この時はそんな事に考えていた。




 もはや、事態は既に転がり落ちていたのに。




「……あれ? おかしい」


 何かに気が付いたのかナクアが周囲を確認し始めた。


「何かあったか?」

「いや、今数えてるんだけど。この部屋にあった柱がさ、二十三本あるんだ」

「それが何か?」

「二十でも二十一でも二十二でもなく、二十三柱はおかしいよ。だってここの柱の数は神の座を表しているのだから、二十二柱ならばいざ知らず、何故一本多いのか?」

「なんかの謎解きじゃない……のか?」


 そう思って、俺も柱が何本あるのか、確認してみた。


「おい、何が二十三本だよ。ちゃんと数えたら二十五本あるじゃないか。そことお前の後ろに二本……」

「何を……言って……」



 そこでやっと俺達は気が付いた。




 柱の数がおかしい。



 いいや、違う。


 それは柱ではない。


 柱のように見えるだけで、そいつは蠢いていた。


 遠くにあると思い込んでいた。だから細いのだと、短いのだと思っていた。




 だが、それは、近かった。思った以上に、ソレは狡猾であった。




 ソレは見ていた。俺達はずっと見られていた。柱だと思っていたその天辺にある血眼が、奴なのだと囁く。




『ばぁアアアアアアアアアアアア、バアアアアアアッ』




 固い床を破り裂いて、赤子地蔵が現われた。

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