【愚者編】9
「トンネルを掘ろう」
という事になった。
壁に穴を掘って徐々に地上を目指す魂胆らしい。その辺、重力操作の魔法で空を飛んでもらえないだろうかと思ったが、落下死したくないと返された。
「途中で結界の強度が違うとかあるかもだし。そうなってたら空中で術が無効化されて落ちるけど、やってあげようか?」
「人体で実験するバカが居るか! 普通こういう時の実験って無機物から初めて、次に動物、最後に人間って感じで順序があるだろ!」
「意外とまともな意見だ!?」
初めて真顔で吃驚された。いや、俺もテレビとかで治験の話とか知ってたから、それが常識だと刷りこまれているだけだ。
「じゃ、まずは石ころコロコロ魔法マホマホ……」
意味の分からない擬音を唱えながらノーモーションで天高く小石が浮びあがると、そのままどこまでも高く飛んでいった。天地重力がひっくり返って、上空に落ちていく様な勢いであった。見る見るうちに見えなくなり「もしかしてこれ行けるんじゃないのか?」と思ったが、一分もしない内に石ころは俺たちの元に帰ってきてしまった。
「どうしたんだい急に戻ってきて。私たちが恋しかったのかい?」
「小石だけに?」
「ハッハッハ。次、大智くん落ちてみる?」
「重いツッコミは勘弁してくれ」
という具合でした。選ばれたのは当然トンネル作戦。
穴を掘るのは『ウォールブレイク』という初歩の魔法を使うらしい。直系2メートルくらいの穴を十メートル距離で簡単に作ってくれる。大した苦労もなく十メートルの距離を掘り進めるなんて、大変便利だ。
ちなみに、壁には魔素を破壊する結界が施されていたが、地中になってくるとあまり効果は薄いらしい。触れても手が消し飛ぶ事は無かった。ちょっとチクチクするくらいだ。
「はは、今までのどうしようもなかった状況が嘘みたいだ! まるでイージーモードだね!」
「テンション高いな」
「機嫌はすこぶるいいさ!」
だが、それでも一日のノルマ以上の事はしないらしい。俺の魔素濃度の上昇率の関係で一日のペースを十メートルと決めて、一日を終える。これでは地上に出るのはいったいいつまでかかるのやら。
「……一日一回血を吸われるだけで終わるのはさすがに暇だ」
「そう言うと思って、はい」
ナクアからスコップとツルハシを受け取った。
素材は地上から落ちてきた動物の白骨と、その辺に埋まっていた平たい石である。ちょっと原始時代っぽいな。
「キミの体は疲れ知らずなんだろう? ならこの方法はうってつけだね!」
「うん。いや、まあ、そう。そうだね」
なんとも言えない微妙なこの気持ちをどう表現すればいいのかわからないが、たぶんナクアは俺から提案するのをあえて待っていたのだろう。自分が何もしなくてもいいように。ちょっと釈然としない。
しかし何もしない訳にもいかないので、ただひたすら無心になって掘り進めることにする。
そんなこんなで掘り進めること、一週間が経とうとしていた。
問題が発生した。
いつもの通り、魔法で斜めに穴を掘り進めてもらい、その後は俺が永遠と掘り進めるルーチン。あまり実感がわかないが、着実に地上目指して掘り進めている中、ツルハシが土を掘る音以外の鈍い音を出して俺に知らせた。
「なんだ。なんかあるのか?」
「どうしたのさ?」
「岩盤にでも当たったかな?」
「魔法で消し飛ばそうか?」
「魔法便利だな……」
少しいつもと違う事があっただけだと思った。しかしナクアが魔法の行使をした後、二人して絶句した。
「「……」」
土を退け、岩を消し去ろうとした俺たちが眼前にしたのは、確かに石ではあった。だがそれは人の手で加工したように平面で、人為的な思考によって組み建てられた石壁であった。
ナクアが掛けたウォールブレイクは手前にあった土だけを残らず消し去り、石壁には何の影響もなくそこにあり続けた。
「……ナクア。コレをどう見る?」
「パッと見、緑剛石だね。色が少し深みのある緑色だろう? 人間の作る城壁によく使われるんだ。魔素の耐性が高いから特にね。欠片でもレジスト効果があるから広く使われてるね」
「見識だな」
「これでも一将だったんだが?
あと、目の前にあるのは一級品だよ。所々、輝いてるだろ? 純度が限りなく高いから結晶化して緑剛石が部分的に緑光石になっているんだ。これだと魔法では絶対に突破できない。それに物理的な強度も並長けていて巨獣の一撃を以てしても崩せるかどうかってものさ。普通に考えたら私たちじゃあ、どっちも無理だね」
「無駄な説明が長い。つまりコレは俺たちの行動が読まれてて対策されてた結果だってことだろ? ここまで掘り進めたのに、無駄足かよ」
ナクアは答えなかった。ただ、ゆっくりとした手付きで石壁をなぞり、じっくりと確認するように調べ始めた。その顔に絶望の色はない。どころか、好奇心をくすぐられた子供の様な、ワクワクした顔をしている。
「大智くん、安心したまえ。ちょっとした状況の変化だ。最初に言っておくと、この壁は壊せる。普通は無理だが、今回は特殊ケースって奴さ」
「おい、さっきの無駄に長い話は何だったんだよ。破壊できないって話は何処へ行った」
「まあまあ。魔法に対して何の効果も無いのは確かだけど、継ぎ目の石工を見てくれ。ほら、この石と石の間部分、甘いだろ? 隙間になってる。とにかく雑だ。これなら用意した採掘道具で集中的に衝撃を与えれば簡単に穴が開く」
「……なんでそんな状態なんだよ。というか、何のためにあるんだ」
「これは単なる推測だけど――これは私たちが最初に思い描いた目的で存在する壁――つまりは穴を掘ってきた我々を防ぐためのものではない。
たぶん、私たちが見ているコッチの壁は外側で、向こうが内側、本来こちら側は人目に触れることすら有り得ないと想定していたんだと思うよ。
私が思うにこれは、人間が作った地下の建物だ。それにコレほどの純度の緑剛石だ。壁は強度もさることながら、その美しさから宮廷や、神宮殿に使われることもあるほどさ。可能性としては十二分に高い。……中に人がいるかどうかはわからないけれどね」
「お約束で言えばさしずめ、地下迷宮ってところか」
謎な展開になってきた。
少し話し合いをしたいとのことなので、俺たちは一旦元の【魔壺の谷】の底に戻ってきた。
「これまた、都合のいい出来事……なのか?」
「どっちだろうね。とりあえず、とれる選択肢は二つなのは確かだよ。一つはあの石壁を迂回して、今まで通り掘り進めて地上を目指す方法」
「それと石壁を壊して地下迷宮を攻略していくかってことなんだろ」
「そうだね。ところで、なぜアレの事を地下迷宮と呼ぶんだい?」
「なんとなく。土深くに埋まった建物って言ったら迷宮とかダンジョンとか、そう言うのがお決まりだからさ」
「……ふむ。よくわからないが、まあそっちの方が語呂が良い。これからはあれを地下迷宮と呼ぼう。で、話を戻そう。
まず地下迷宮に侵入する方からだね。当然だけれど、もしかしたらあの建物は地上に続いている可能性が高いだろうね」
それは俺も考えた。
あれが人の手によって創られたものであるならば、必ず地上に繋がっている。地底人が存在してあの壁を創ったというのだったら地上には出れないが。地上とは別に人の住む空間に出るだけだ。それはそれでいい。
ただ他の可能性も捨てきれない。
「ナクア、この世界ではダンジョンとか迷宮とか、自然発生するとかそういった話はあるのか?」
「そんな現象聞いたこともないけれど……キミの住んでる世界ではそれがあり得るのか?」
「あるある普通にあるよ」
「……顔にウソって書いてるね」
「バレたか」
「嘘だよ」
ゲームとかによくある理屈不明の設定はこの世界でもないらしい。
「やっぱり、アレは地上に繋がってるんじゃないのか? あれを人が作ったっていうんなら、作った時の通路とか地上への入り口とか」
「間違いなくあるだろうね。でも問題はそれだけじゃないね。例え本当にアレが人の創り出したものだとすると、あの壁の向こう側に人間が居ないとも限らない。となれば、私たちはまんまと敵の腹の中という事になる。であるならば、まだ土を掘っていった方が安全というモノだ。
必ずしも今も人がいるとも限らない。もしかしたら誰も居ないのかもしれない。だとすれば楽な道のりに早変わりだ。
結局はわからないのが一番の問題だな。
落盤で通路が塞がっているかもしれない。魔物が潜んでいるかもしれない。失われた古代文明が残した古代兵器かもしれないが、それだったら私は大変うれしい」
「最後のは捨て置けないが、お前が言いたいのはあの壁を壊して進むのは博打、穴掘りを続けるのは安パイだってことだろ? それは俺も同感だ」
「うん。……どっちがいい?」
選択支は二つか。賭けに出るか、手堅く進むか。
「……いや、迷う様な事でもないだろ。別に俺達、急いでる訳じゃないし。安全にボチボチ行けばいいじゃないか? それにさ、もしかしたら穴掘ってる最中にまた同じのを見つけた時にでも、もう一回考えたらいいんじゃないか?」
俺の回答にナクアは待ちわびたようにうなずいた。
「うん。そうだね。幸い、今は急ぐ時でもない」
「お互い意見が一致してよかったな」
そういう事になった。
じゃあこのまま迂回して穴掘り作業に戻ろうとしたところ――
日中、ほんの短い間だけ、ささやかな地上の明かりを届けてくれる天の穴に、光が一瞬だけ陰った。
偶にだけどそういった現象が起こる。原因は野生の動物などが足を滑らせて落ちてきたりする間抜けな現象の前触れ。そういうのは大抵、ナクアの食事になる。俺は食わないから関係ない事情だ。
なので、俺は「お。落ちてくる。あぶないから、ちょっと避けるか」程度でしか考えていなかった。ナクアもそうだっただろう。
そして天に目を向け、その姿を見定めた。
だがそれは、およそケモノの姿形を取っていなかった。頭は丸く、胴体は丸まった人型に近かった。……どころか地底に近づくほどにその造形がはっきりとして、アレが人ではないかという予想が付く。
どころか――
あれが胎児の如く、体を丸くして背中から落下しているのがわかる。
同時に、その異常な大きさに、およそ象の如く大きく、また灰色の石のような色の肌をしているのに、俺は思い知らされた。
「にげろ」
『――あぎゃあああああアアアアっ!!!!』
とっさに口から出た言葉が、ナクアの耳にも伝わっただろうか。それよりも先に、奇声の様な赤子の鳴き声が恐怖を掻き立てた。
俺とナクアは同時に自分たちが掘った穴に飛び込むように逃げ込んだ。その直後、爆弾でも落ちたのかという程の土煙と爆音が俺たちを襲った。
巨大赤子地蔵が、目の前に再び現れた。




