【愚者編】8,5 地下の孤島の食事事情
【魔壺の谷】ここでは常に自給自足だ。しかも、超が付くほど狭い空間でだ。
ナクアは難しい顔をして俺に由々しき事態を説明した。
「一言でいえば時間。詳しく言うなら食糧問題だ」
「……そういえば村の連中が飯とか気の利いた事、考えてくれるわけないよな。というかお前、飯もないのにどうやって生きてきたんだよ」
「上から落ちてくる動物が主なたんぱく源だね。ほんの偶にしかやってこない貴重品さ。ここじゃ加熱も乾燥も出来ないから腐る前に食べきらないといけないけれど。おっと、勘違いしないでね。そもそも食肉用の牧畜お肉がやってくる訳じゃない。ネズミとか蛇とかおおよそ食べるのにためらう奴等ばかりだよ。偶にウサギが落ちてくると幸運だよ」
なんだかいきなりサバイバルな話になってきた。
でも俺にはそういう心配とは無縁だな。何せ不老不死。一番の問題である食糧の事を考えずに済むのだから。
そこまで考えてやっと、俺はその事をナクアに説明するのを忘れていた。
「水に関しては雨の日に溜めた雨水がある。骨と粘土で作った壺だ。凄く脆いから扱いには気を付けてくれ。あとは排せつ物で育った貴重な雑草たちが少々。おっと、雑草だからってここじゃ貴重品だ。なにせ陽の光がまったくない場所だからな。見てくれ、この葉っぱを。ほぼ白い根っこみたいな植物を。ただしここでいつでも食べられる非常食はこれだけだ。種を絶やすと本気で困る。あんまり口が寂しいからって食べ過ぎない様に。あ……それともあれかな? 私の搾りカスで育った野草がそんなに欲しいのかな? このヘンタイ」
「いや、食わないから安心してくれ」
「いやいや遠慮しなくていいんだよ? むしろ大智くんに死なれたら私が困るんだから。これから毎日女の子が色々して作った雑草を食べられるんだよ? やったね大智くん!」
「食って欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ」
「女の子に何をいわせたいんだい?」
「女の子って歳か? いや、お前いくつなんだ?」
「詳しく覚えてないけど、ざっと300年かな? いやー私もまだまだ子供だなー」
「立派にロリババアじゃねえか! ――じゃなくて、俺は不老不死の呪いがあるから、飯の心配が必要ないんだ」
「待て大智くん。女はいつだって心に乙女心を持っているんだよ?」
「そんな少年雑誌の売り文句みたいな台詞吐くな。オッサンだって少年心はフォーエバーってか」
「何を言っているのかわからないが、とりあえずキミは謝ろうか。ロリババアを訂正しなさい。真面目な話はそこからだ」
「よしわかった、ゴメン。可愛くて綺麗で美人なロリママ。とりあえず食糧に関してはお前ひとり分で問題ないだろ」
「ロリママ……なんだその背徳感漂う危険な単語は……」
「ババアの前はママだろ」
「素晴らしい。有りだ」
コイツの性格がフリーダムでよくわからない。
「そうか、大智くんはお腹が空かないのか。ふーん」
ナクアは俺を見るなり、何か訝しんだ表情を見せた。まあ何か言いたげなのだけはわかる。
「言いたい事があるんならハッキリ言ってくれないか」
「うーん。私も自分の体が不死身体質だと思ってはいたけどさ。食事は結局取らないと苦しいんだよね。こう……無いと息が詰まるみたいな感じさ。キミ、不死身になって最後に食事はいつとった?」
「一度も食べてないな」
思い出してもコッチに来てから口にしたものは何もない。しいて言えば血をよく吐いてたから血の味は覚えてる。
ナクアは俺の答えを聞くと、一瞬変な顔をして、すぐにニヤリとした。
「そっか。じゃあ、地上にあがったら祝祭を開こう! こう、たき火でも作って、猪とか鹿とか丸焼きにしてさ! ああ、いいなあ! 火で炙った肉なんていつ以来だろう!? 絶対に美味しいに決まってる。まずい訳がない。焼いた肉は臭みが無くて、きっと油がジューシーに喉を潤してくれるんだろうなあ!」
何を興奮しているのか、目をキラキラさせて踊り乱舞していた。
そういえばココでは魔法も使えなかったから、肉も生で食していたのだろう。……そう考えれば、俺が不死身で良かった。生食なんて、魚ならばまだしも肉は無理だ。
「これは何としても地上に出ないとね!」
「あぁ、そうだな」
後で思ったんだが、ナクアは俺に、食の楽しみを思い出させたかったのだろう。
俺は結局、ナクアの気遣いなんて全く気が付かなかった。
そんな愚鈍な一幕が、ありましたとさ。
「ところでさ、一番気になってる事があったんだがいいか?」
「なにさ?」
「人はゾンビ――不死者になるのに、食糧になる動物はならないのか?」
「そんなの私は知ったことじゃあないよ」




