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Dフェイブル ≪Don't dead dreams dive Fable≫  作者: 白黒源氏
【愚者編】
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【愚者編】8

 ナクアにはまずは一日、ゆっくりと休めと言われた。


 この【魔壺の谷】では一日の昼がほとんどなく、ほぼ真っ暗な時間ばかりなので朝が待ち遠しくてしょうがない。しかしお蔭で久方ぶりに長く横になっていた気がする。……まあ、一睡もしなかったのだけれど。いや、出来ない体なのか。



 光が地の底に降りてくる頃、ナクアは俺の体に触手の一本を腕に巻き付けた。これは昨日の夜にもしたことだ。ナクア曰く、俺の状態を調べるのだそうだ。


「……魔素濃度は八割五分といった具合か。あまり昨日と変わらないな。半日でこの変動なしであれば相当な物を入れられたか。下手をしたら神祖、いや――【始祖】の可能性まであるな」


「しそ?」


「魔素の因子……分類の事だよ。キミに埋め込まれた呪いの不老不死の原因となったものさ。キミの世界で言うなら病原菌って所かなあ」


「魔素が病原菌ってずいぶんだな」


「病原菌と例えたのは魔素は生きているからだよ。それが生き物と共存して、進化したのが魔血種、魔獣って呼ばれる連中。ちなみに私みたいな元が魔素の集合体から生まれたのが魔族」


「共存……ねえ」


 地上の村連中の考え方とはずいぶんとかけ離れている発想だ。奴らの考えだと感染って感じなんだろうけど。なんだか魔そのモノが悪って感じだったし。



「ああ、すまない。その辺は個人の思想だから気にしないでいいよ。とにかく進化でも感染でもどっちでもいいさ。とにかく変化するんだ。以前とは全く違う生態になっていると考えた方が良い。魔血種はただの人族とは違うと認識しなってことだよ」


「わかったよ。で、その魔素が八割って高いんだよな? 大丈夫なのか?」


「通常五割切らない方が良いらしい。昔、知り合いに魔血種が居たから詳しいんだけど、だんだんと理性が欠けてしまうらしい。高くなるだけじゃなく、高い状態を維持し続けるだけでも、記憶とか、大事なモノとかが消えてしまうらしい。ま、あいつは十割どころか全身魔素が溢れ出た状態でも紳士的だったけどな。俗にいう100%越えって奴だな。自分のオリジナル部分よりも魔素の方が支配率を越えるとそう呼ぶのさ」


「……それって――」


 シグマ・ノブリスのことか? と言いかけて口を閉ざした。


 そいつは俺が小説に登場させた、主人公に倒される最初の敵のことだった。


 シグマとナクアは一緒に行動してヒロインのフィを追い詰めて主人公の目の前に共に登場する。割と俺の記憶にも印象深い男だった。それに性格もわりと俺の好きな感じに寄せてたし。


 だから口を滑らせかけてしまった。もしそれを口にしていたら厄介な話をしなくてはならなかったところだ。


「――どんな、奴だったんだ?」


「うーん。元人間の田舎騎士って感じの芋っぽい奴だったよ。顔も体もゴツイし、正道って感じが大好きな類の奴。まあ、だから魔血種になった自分を殺してくれって泣きついてきたんだったか。あぁ、懐かしいな。今思い出しても面倒な男だったよ。説得に五日間も戦い続けたっけか。はは、信じられるか? 五日間も戦ってたら何が切っ掛けだったとか忘れちゃうんだよね!」


 俺の知らない話だった。なんだか思い出語りを始めたナクアだったが、その後も話を聞き続けると、どうやら俺の知っているシグマのことだった様だ。


 この辺の話……というか、設定もよくわからない。


 俺は確かにこの世界を書いた。

 ナクアはこの世界の登場人物として出したし、アスハーラ平原の大戦だって俺の物語の最後のシーンだ。


 でも、封魔の森や魔壺の谷、魔血種に魔素、神話みたいな伝承の設定、それ等を作った覚えは全くない。




(誰が考えたんだ? いや、何処から出てきたんだ? 勝手に物語が創られていくのか? 変な話だが、もしかして元からあった世界を俺が変な電波でも受けてそれを書いてたってことなのか? 馬鹿馬鹿しいぞ……。でもそれだと前提としてあの魔女が俺に怨みを持つ理由がないしな。いや、そう言えば聞き流していて忘れてたけど、魔女の奴が言ってたか。


 世界の歴史やらコトワリやらが変わってる……だったか)


 つまりこういう事か? 俺が物語を書いていた頃のが中心となっていて、あとからこんな知らない設定が付けたされているってことか。だとしたら誰がそんな余計なことしてくれたんだか。考えたソイツも出来ればぶん殴っておこう。いや、そもそもそんな奴がいるのか? 第一容疑者は……やっぱりあの魔女だよな。うん、やっぱり全部アイツが悪い。アイツは二度ぶん殴る事にしよう)




「――っと、ごめん。話が横道にそれちゃったね。まあとにかく魔素濃度は出来るだけ低くした方が良いんだけど、ここでは逆にそれを維持してもらった方が良いかもね。昨日も言ったが、ここは魔素を浄化する結界が常時発動している。だのに、キミの体を巡っている魔素濃度は準活性化状態にある。魔素が封殺されるこの空間でもってしても、ものともしていないのさ」


「それがさっき言ってた、魔素の因子がどうのこうのって言ってたことか。俺の因子は結構凄いのか?」


「有り得ない領域なのは間違いない。明らかに常識を逸脱している」



 断言された。と同時に釘を差された。


「絶対に過信しない様に。それは別にキミが凄いんじゃなくって、キミの中にいる魔素が凄いだけだよ。まあ、遠回しに次元の魔女が高次元の存在って認めるようで癪なんだけどさ……。身分不相応な力は確実に大智くんを貶める。決して、忘れちゃったらダメだよ」



 そう言ってナクアは俺に巻き付けた触手を放して、昨日と同じように触手を線にした立体魔法陣をくみ上げた。


「ひーふーみー以下省略っと」


 詠唱がかなり手抜きになった。



「昨日は十年ぶりだったからね。今はもう感覚を取り戻したから。ま、こういうのは式と流動さえうまく回せばなんとでもってね」


 言いながら彼女が魔法で創り出したのはシーツの様な薄い布みたいな何かだ。色は真っ赤で、まだら模様に黒かったりする。ちょっと不気味だ。


「ちょっと待っててね」


 言葉通りにちょっと待っていると、彼女が何をしているのかがわかり始めてきた。ナクアが扱っていたのは布の様なではなく、まさしく布(生地は不明)だった。そしてそれを素早く的確に迷いなく、触手を鋭くして裁断していき、布の端を細く切ってそれを紐にし、糸代りしていく。


 ナクアは生み出した布で服を創りだしているのだ。

 しかも手慣れた技だった。



「モノ作りが好きなのか?」


「割とねー。昔はよくベッチ爺の工房に忍び込んで好き勝手荒したもんさ。その度に怒られたなー。……あ、ベッチっていうのは私の故郷で鍛冶職人をしてた人間でね。魔血種でもないのに魔族の土地に住む奇人とか呼ばれてたよ。腕は確かだったよ。武器も鎧もどっちも行ける両刀職人でさ。デザインセンスはシンプルが何でも一番って言っててさ、融通が利かないんだよねー。――て、そんな話は聞いてないか。


 まあうん。好きだったよ、モノ作り」


「好きだった? 今は好きじゃないのか?」


「別に深い意味はないよ。ただ、やる暇が無くなったから、進行形から過去形に変わっただけ。嫌いになったわけじゃないし」


「そんなもんか」


「そんなもんだよ。キミもそうじゃないの?」


「……え?」



 隠し事の片鱗を暴かれた様な言葉だった。だって今のは、俺がこの世界に持っていた感情そのモノの様な気がしたのだから。

 小説を――この物語を書かなくなったのは別に嫌いになったからではない。ただ、暇がなくって、好きだという感情を忘れ去って、捨て置いていただけ。その事を指摘されたのだと感じたのだ。


 それを勘付いたのかと問いたくなったが、同時に出来上がった服を差し出された。



「どうぞ、明坂大智くん。キミの因子が混じってるから、服自体が再生する作用を持ってるぞ。ぜひ着て見せてくれ。それとも、その半裸同然の服装で外に出るつもりなのかな?」


 彼女の表情に、俺を責める様子はない。ないけれども、何を考えているのかもわからない。どっちなのか、俺にはわからないが、少なくともその行動に敵意は今のところ存在しない。


「ああ、ありがと」


 あまり不自然に態度を見せる訳にはいかないので、ただ返事をするしかなかった。だけど、心の中で着実に、彼女に対して苦手意識の様な物が、この時から芽生えていた気がした。




 ちなみに貰った服は全体色が赤と黒の配色で、制服とか礼服みたいに硬い印象のデザインだった。どこぞの宗教服っぽい形なのに赤色というのは、あまりに目立つというか……ミスマッチというかアンバランスというか、やはり不気味さがある。ホラーゲームの狂信者にこんな服を着た司祭とかいそうだ。


 正直、あんまり趣味ではないが、貰い物にケチは付けられまい。実際に無人島生活十年目って破れ具合の学生服なんかよりは十倍マシだし。


「うむ。似合ってるって! これで大智くんも我が信仰の優秀な一徒だな!」


 たぶんこれ、ナクアの進行する宗派の服だ。勝手に教徒にされてしまった。こういう宗教って面倒くさい教義とか行事とかありそうで、敬遠したい。




「では大智くん。早速だが今後について話そう。こういうのは最初に決めてしまった方が良いからな」


「……色々と言いたい事も思うところもあるけど、それには俺もノリ気だ」


 とにかくここから脱出できるのであれば、何でもいい気がしてきた。



「キミの目的はキミの世界に帰る事。でいいんだよね? それなら私に術がある。もしも私の願いを聞いてくれたら、手伝って上げてもいいよ」

「マジか」


 胸が躍った。いきなり最高な流れじゃないか。図らずとも向こうから望むべきモノを提示してくれた。一度地上で騙されてなければ簡単に二つ返事で返していただろう。


「……手伝うって、何をさ」


 もちろん彼女の提案にはしっかりと乗るつもりはしているのだがね。しかし用心しない程、愚かになるつもりはない。もう痛い目を見るのはごめんだ。


「あぁ、協力してほしい事は二つ。……ってなんかすごく警戒してない? ダイジョブだって。どちらも難しい事は要求するつもりはないよ」

「本当か?」

「ホントだよ」


 そういう彼女は煌々と紅く輝いている。信じる、信じない以前に、やはり怖い。なんだか狡猾獰猛な存在に捉えられている感覚にさせられる。

 そんな俺の気も他所に、彼女は条件を提示し始めた。


「まず一つ。ここの脱出にはキミの体の魔素が必要不可欠だ。エネルギーの質がこの天聖術の結界よりも上位みたいだしね。だからキミの体から魔素を多少いただく事になる。これは問題ない?」


「……具体的には? まさか吸血鬼よろしく、血を吸ったりするのか?」


「肉を食うよりはましだと思うけどね。それにどうせ治るでしょ? あと、拒まれるとそもそも地上に戻れない、私は無理やりにでも大智くんを襲う事になるけど、いい?」


「拒否権なしかよ。なら頷くしかないじゃないか」


 いや、ちょっと待てよ。


「そもそもこの魔壺の谷で向こうの世界に転移ってできないのか? エネルギーさえあれば出来るって言ってなかったっけ?」


「『莫大な』が抜けてるね。ここは天聖術の結界があるからやめておいた方が良い。それにもっと純度のいい、それこそ聖地の様な場所が好ましい。じゃないと安定せずにこの世とも異界とも知れない狭間に嵌まって、二度と帰れなくなるかもしれないよ」


「聖地……て具体的にはどんな場所だ?」


「有名どころで言うと魔神様の御神体が奉納されている場所とかかな。まあ、単純に魔素濃度の高い所ならどこでもいいんだけど。心当たりある?」


「偶然あるぞ。俺がこっちの世界に落とされた場所。アスハーラ平原なんだけど、地上の村連中はあそこは人間が入っただけでも死ぬ魔素の高い場所とか言ってたぞ」


「アスハーラ? あんな草しかない土地が? あんな何もない所で誰か魔神の使徒でも召喚でもしたかな」


「世界でも大規模な人魔戦争の勃発地だ」


「あぁ、それなら納得。うむうむ。結構今後の予定も決まって来たじゃないか」


 彼女は俺が異世界に帰る為の条件達成を我が身のことの様に喜んでくれた。なんだろう。ちょっとだけうれしい。……のと同時に、のちに嫌な予感もした。



「はい二つ目。私もキミの世界に連れていってほしい」

「――え?」



 ちょっとの間、リアクションに戸惑ってしまった。

 嫌な予感はしたのだが、ちょっと予想外の要求だった。


「意外そうな顔だね」

「正直、もっと面倒くさい事を頼まれるんじゃないかって思ってた」

「なに頼まれると思ってたの?」

「世界征服とか人類に対する復讐とか……」

「そんな七面倒くさい事するタチじゃあないって」



 ハハっと中身の無い笑いを見せて手で払う仕草をする。


「まあ昔ならそれも考えたかもしれないけどね」

「やっぱ選択肢としてはゼロじゃないのね……」

「今更なにをやっても手遅れだろうし。それならいっそ、新天地で一からやった方が良い気がするんだよね。だから、わたしもそっちに引っ越す事にしただけ」

「ふーん。そういうもんか」


「そーいうもんだよ。……そういう事にしたいんだよ」


「?」





 俺は、バカだ。

 この時のナクアの言葉が、極めて絶望的な状況から出てきた言葉だったのだという事を。真意の欠片だって俺はわかっていなかった。


 ただ「ふーん」と思いながら、吹きながら、ナクアの答えを聞いて話の流れでただ納得していた。その程度の感覚でしかなかった。ナクアにとってみれば、それがどれほど彼女に苦悩させた答えだったのかも、知れないのに。



 彼女がこの世界における希望など、何処にだってなかったのだから。

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