放課後告白リサイタル!
とびらのさん主催の『清純ギャグ短編企画』投稿作品です。
企画の趣旨は "下ネタ無し" ですので、清く正しい告白の様子をお楽しみください。
茜射す、放課後の教室。
そこに男女が一組。目を合わせられずにもじもじとする女子学生に対して、困ったような、それでいて照れたような笑みを浮かべる男子学生。
それは正しい青春の1ページ。
「先輩……好きですっ」
意を決したかのように女子学生が想いの丈を口にする。その手にはクリーム色の便箋が握られていて、突き出すように差し出されたそれを、男子学生はそっと受け取り、胸ポケットにしまう。
「ありがとう。僕も好きだよ」
「ほ、ほんとですか!
それじゃあ、私とお付き合いして下さい!」
「ふふふ……。ふはははははッ!」
男子学生が尊大に、よく響き渡る声で、一切の躊躇なく唐突に高笑いをするその様を見て、女子学生は反射的に一歩飛びのいた。
「残念だけれどそれは承諾しかねる!」
「ど、どうしてですか先輩っ」
「僕の方が君の事を好きだからさ。
そして君よりも君の事を知っている。
付きあいたくば、僕を越えてみせるがいい!」
男子学生は近くにあった椅子を引き、見せつけるように優雅な仕草で着席し、シュバッと素早く足を組んだ。そして女子学生にも座る様に手で促す。
おずおずと女子学生が席に着いた事を見てから、男子学生は続けた。
「第一問!」
「え、なんですかいきなり」
「僕の誕生日は?」
「そ、それくらい知ってます!
6月9日、午前8時17分生まれ!」
「甘いなあ……。
述べよう。君の誕生日は8月2日、午後3時49分。
そして取り上げてくれた産科の先生は後藤医師だ」
「そんなっ! 私は先輩を取り上げた医師の名前なんて知らない!」
項垂れる女子学生。しかしすぐさまキッと視線を相手に向けてみせた。まだ一敗だ。まだまだこれから挽回できる。彼女の眼には不退転の意思を示す光が灯っていた。
「第二問!」
「こいっ!」
「僕の飼っている猫の名前は?」
「ヴァイセン = ゾッケン2世!
由来はドイツ語で白い靴下! 体の模様が靴下に見えるから!
名付けは先輩のお姉さんで、名前は智恵さん!」
そこまで答えてから、女子学生はハッとする。この程度の情報では勝てない。そう、彼女の直感が告げていた。目を閉じて逡巡し、脳内の情報の中から今この場にふさわしい情報を探る。調べ上げていた数々の情報の中から猫に関する者だけを高速でページ送りしていく。
「好きなごはんは鶏の胸肉を茹でてほぐしたもの。
よく寝る場所は……二階の本棚の上ッ!」
男子学生の表情に驚きが混ざる。女子学生は脳に高負荷をかけた影響で息を切らしていた。
「すごいじゃないか。僕も負けていられないね」
男子学生が足を組みなおす。そして目を閉じて言った。
「君の家ではペットを飼っていない。
しかし、君は想像の中で癒しを求めて空想のペットを創りあげている」
「そ、それは誰にも言ったことがないのに!」
がたりと椅子が鳴る。放課後の教室に不釣り合いな大きな音を立てて女子学生は立ち上がった。それを一目見て、詮なきこととでもいったように男子学生は言葉を続ける。
「名前はレオポルト。
手乗りサイズのライオンに天使の羽根が生えた生きものだ。
天界からやってきて、今は力を失っている」
「あ、うあぁ……」
女子学生が一歩後ずさる。
「普段はぶっきらぼうで俺様な語り口だけれど、
困った時にはちゃんと助けてくれる設定だ」
「やめてえぇぇ、それ以上言わないでぇ……」
女子学生の顔面が火照りに火照っている。自らの秘密を知られていたことに対する羞恥。そして半ば黒歴史であるようなファンタジーめいた脳内キャラクター。それを看破されてしまっていた事に対する精神的ダメージは相当なものだった。
精神的に打ちのめされ、このまま彼女は敗北を喫してしまうかに思われた。
しかしそれでも。
ふらりと重心が崩れた体を、すんでのところで踏みとどめる。強かに床を踏みしめた一歩をさらに前へと踏み出し、しっかりと相手を見据えた。
その姿、その眼光を見て、男子学生はぶるりと震えた。
「まだ負けていないと、君はそう言うんだね」
「黒歴史の一つや二つで……。
そんなちっぽけなコトで倒れる訳にはいかないんです!
恋する乙女は無敵なんです!」
「それじゃあ、第三問だ……」
にこやかに、笑みを崩さずに男子学生は言った。
そしてたっぷりと時間を開けて、演出とでも言うべき間の盛り上がりを作っている。
やがて彼の右手がスッと上がり、そのまま額へとあてられた。
その姿はまるで現代の "考える人" である。
「あー、悪い。セリフ忘れた」
「はあ!?
ちょっともう、何やってんのよぅ」
空気が一変する。
女子学生が近くの机に置いてあった自分の鞄から何かの小冊子を取り出した。ペラペラとめくられたそれの一ページを指し、男子学生に突き付ける。
彼らは先輩と後輩でなく、ただの幼馴染である。彼らの雰囲気は先ほどまでとはうって変わってくだけたものになった。
「ここよここ!
しっかりしてよー。明日が本番なんだからさ」
「いやいやいや。
告白の練習に台本いらねえだろ普通は」
「石橋は叩いて渡るべし。
うちの家訓よ!」
「石橋叩いてないからね?
全然見当違いだからコレ。石橋ガン無視だから。
努力の方向間違いすぎだろ」
「努力の方向に真実を曲げればいいのよ」
「世の中の真理を歪めんな。
そもそも、台本に無理がありすぎなんだよ」
男子学生は女子学生から台本をつかみ取り、ページを開いてぺちぺちと叩いて見せた。
「なんで告白と同時にラブレターなんだよ。
気持ち伝えたじゃん。何? 手紙に何が書いてあんの?」
「そりゃあ、アレよ。指令よ」
「お前は先輩に何をさせるつもりなんだよ!」
女子学生が頬をふくらませる。
「なによぉ。大事なことなのにー」
「んでアレだよ。なんで両想い前提の台本なんだよ。
いいじゃん。もう付き合えばいいじゃん。
なんでよく分からない対決の流れになるんだよ」
「いやー、やっぱこう、拳で語り合うのが憧れでさー。
決闘の後に人は分かりあえるって言うし。言わない?」
「お互いのどーでもいいプライベートしか言ってねえよ。
じゃあ拳で語れよ。熱く語り合えばいいじゃねえか」
「いやほら、そこは周囲が小うるさい世の中ですから。
なんとかこう、弁論による平和的解決をですね」
「そもそも争いの火種がなかったっつってんだろ!
火のない所で煙はおろかキャンプファイヤー始めてんだろコレ」
「あ、でも私の情報は本当だよ」
「存在すんのかよレオポルト!
いらねえよ! そんな身を張った台本!」
力任せに台本をパシィッと机に叩きつけ、そこでふと男子学生は我に返る。
「先輩の情報ってどうやって手に入れたんだ? デタラメか?」
「由美先輩に売ってもらった。さよなら私の2か月分のお小遣い」
「誰だよそれ! んで怖いな情報社会! プライバシーが透けて見えるぜ。
しかも、2か月分の小遣いってお前、諭吉さん一枚じゃねえか」
「あれ、私の1か月分のお小遣い、なんで知ってるの?」
ハッとした顔で男子学生はそっぽを向く。教室に差し込む夕日が彼の頬を染め上げていた。
「お、俺だってな」
ぽつり、男子学生が言葉を落とす。
「伊達に幼馴染やってねえって事だよ。
台本にあるような変な事はよく知らねえけど……。
それでもお前のことならよく知ってる」
「えっと、あれ? なんか変な流れ、かなー? はは……」
男子学生は口を結び、狼狽する女子学生をしっかりと見てから口を開いた。
「好きだ。ずっと好きだった。
先輩に告白するのなんか、やめろよ」
真っ直ぐに見つめるその眼。その眼に込められた熱を見て、女子学生は顔が熱くなってくるのを感じる。二人は幼い頃から共に育ってきた。親同士が友人であるのがその理由だった。
「えっと、ほら、私たち、幼馴染じゃない。
もっとこう、フランクな関係がイイっていうか、
フランクフルトには粒マスタードが欠かせないっていうか、
あれ、なんか違うか、えへ、うへへ……」
「俺、真剣だぜ」
「うぇへっ」
一歩、男子学生が歩み寄る。その場に立ち尽くしてしまう女子学生。さらに男子学生は距離を縮める。手を伸ばせば触れられる距離になって、弾かれるように女子学生は走り出した。
しかし、その手を男子学生が掴む。
次の瞬間。彼は、困惑して泣きそうになっている女子学生の顔を見て、ついその手を緩めた。その隙に彼女は手を振りほどき教室の外へと駆けだしていった。
男子学生はそれを追わず、夕日差し込む教室の中で一言、
「なんだよ……」
と呟いた。
そして続けざまに言った。
「おーい、カット―」
ひょこり、と教室の扉の外側から女子学生が顔を出す。
「あれ? どしたのー?」
「どしたの、じゃねえよ。
台本と違うだろお前」
「え、うっそ、私トチった?」
「教室出る前のセリフが抜けた。
"今はゴメン" って言いながらだったろ?」
「あ、そっか。
それ、何か忘れるんだよねー」
「自分の書いた台本だろ」
てくてくと女子学生が教室に戻ってきて、台本をもう一冊取り出した。
「よし、ちょっと流れを最初から確認しとこうか」
「へいへい」
男子学生も、先ほど机に叩きつけた台本を見る。
「まず、私が先輩に告白する練習をさせてくれって頼むでしょー」
「おう。で、俺が三問目で "セリフ忘れた" って言って」
「先輩への告白の台本にツッコミを入れていくのよね」
「ちなみに、この先輩って誰がモデル?」
「架空の人物ね。
石橋先輩とでも呼んどく?」
「石橋叩く気満々かよ。やめてやれよ」
「じゃやめとく。で、私が小遣いの事を聞いて」
「それで俺だってお前のことを知ってるんだぞってなって。
"前から好きだった" って言う。うわ、恥ずかし」
「頑張れ頑張れ。私も恥ずかしいんだからね。ちょっとは。
からの、私が "今はゴメン" って走り出す」
「で、俺が夕食の後にお前ん家に行って」
「私が "自分の本当の気持ちに気づいた" って言って。
"私も好きだったの。" で、見事にハッピーエンドね」
台本を閉じて、男子学生が溜息をついた。
「なあ、これ、台本いる?」
その言葉に、女子学生は食ってかかる。台本を丸めて、男子学生の肩の辺りをぽこぽこと叩いた。
「君が先週、告白を失敗するからでしょう。
中学の時からずーっと待ってたのにさぁ。
セリフ噛むとかないわー。 "しゅきだ" はないわー」
「やめろ! それは水に流すって言ったろ!
だからってやり直しに台本はやり過ぎだろ」
幼馴染への告白を盛大に失敗した男子学生はひどく落ち込んだのだが、それを見かねた女子学生が持ち出したのが、この再告白シナリオだった。ちなみに、シチュエーションには女子学生の好みがかなり多分に入っている。
「だってー。告白なんて一生の記念だしさ」
「いやもう黒歴史だぜコレ」
「いいから!
明日はちゃんとやってね」
そう言って、鞄をひょいと持って女子学生は教室を去った。去り際、「楽しみにしてるから!」と、とびきりの笑顔で言い残して。
その屈託のない笑顔に、男子学生はやれやれと頭を掻く。敵わないなと口の端を上げて、彼自身も帰り支度を始める。
「お?」
男子学生の胸ポケット。
そこには、小芝居の中で渡されたクリーム色の便箋が入っていた。
「なんだよアイツ。小道具忘れてんじゃん」
そしてふと気になって中身を見る。シールで留めてもいなければ、糊で貼り付けてある訳でもない。そもそも台本の都合上用意されただけであるはずのそれには、なぜか一枚のメモが入っていた。
興味本位で取り出したメモには大きく一言。
"本番は台本無視でよろしく!"
と書かれていた。
「じゃあ練習いらねえじゃねえかぁッ!」
彼の渾身のツッコミは誰もいない夕暮れの教室に響き渡った。
それは告白を失敗した幼馴染の彼への、彼女からのささやかな仕返し。
それは正しい青春の1ページ。