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第07話 護衛騎士あらわる

 

「カイン様の御髪が! 御髪が切られてる! 信じられない! あの絹糸のような髪を!」


「一角獣の尾もかくやの、清らかな御髪が! 何処のどいつよ! どこの女の趣味よ!」


「でもグランボロー様は恋人はいないって、そうおっしゃっていたのに! とんだ裏切りよ!」


「ファン倶楽部に裏切りものがいるんだわ! 草の根わけても探しだしてやるう!」


 高等院の校舎ならびに、上流市民が席をおく第二院の校舎で、姦しい生徒の嘆きが響きわたった。原因はある男子生徒の変貌にあった。


 高等院にかよう貴族令息、優男イケメン人気投票、連続優勝者暫定一位であるカイン・グランボローが、その麗しい萱草色の長い髪をバッサリ切って、あまつさえ乱雑にひとつ結びにしていたのだ。早朝に登校したその姿をみかけたという不特定な噂話はたちまちに、数刻たたずして学園中にあまねく伝わった。


 華美な青年が地味に装いを変えただけ。褒めやかされる端正な顔立ち、穏やかで儚げな性格は変わらずにある。


 しかし夢物語に焦がれてファン倶楽部なるものを結成、とりまきを統制していた徒党には、それはあまりにも衝撃的であった。昨日はそんな様子なかったのに、一言もご相談されなかったと、卒倒する者、涙にくれる者までいた。


「女の趣味じゃないかもしれない! 誰か心ない輩に切られてしまったのでは?」


「探せ探せ! 不届きものを探しだせえ! カイン様をお救いしなければ!」


 カイン・グランボローの美しさは学園の秩序を乱した。髪の長さが変わるだけで錯乱する者がいるのだから、明らかに質が悪かった。しかし第二王子陣営には僥倖でしかない。現にエントランスガーデンでの制裁、王位継承権剥奪に関する噂話を、あっという間にうち消してしまったのだから。


 少女はこれを見越した上か、このカイン・グランボローを臨時の護衛役として、第二王子のもとに呼びだしていた。


 第二王子は胸にのしかかる少女を、ひょいと横に除いてから、今しがた馳せさんじた青年にむかって目を瞠った。彼ことカイン・グランボローは、芝生に片膝ついて頭を垂らし、臣下の礼を取っていた。


「グランボロー……君、その髪はどうしたんだ?」


「あの長さではこれといった時に、自由に剣は振るえまいと判断しました。過去の象徴たる己の甘さ、断ちきって参りました」


「私の勘違いでなければ、君は剣武よりもどちらかと言えば文官職を望み、成績も上位にあるよう努めていたと、そう記憶していたんだが……」


「恥ずかしながら剣武に興味を持たぬよう、そうと振るまってきた次第です……事実は剣にみいられた浅はかな男にすぎません。ただ騎士に憧れ、武勇に心をときめかせる蛮族の剣士……それが私なのですッ」


「そ、そうか……」


 愚直に嘆いた護衛役。第二王子は怯えながらも、いらぬ虚栄を保つため頷いてみせた。隣においては、退かれた少女が参道を横目に警戒をつづけながらも、しかし口ばかりは新たな「誠実の宣誓」を勧めんとして、護衛役であるグランボローの評価をつらねて、褒めそやしていた。


「グランボロー様の剣術は、この国では誰も太刀打ちできないはずです。なにしろ天賦の才能を授けられた、稀代の天才、剣術の豪傑なんですから。これをずっと秘匿していたんです」


「いや、なぜ優れた才能をかくす必要があったのか、」


「お家の事情とか、そういう理由があったのでしょう、ねえグランボロー様」


 当人、カイン・グランボローは今もなお顔を伏せていた。しかし拝顔を許されればその輝かしい顔面を即座にあげて、しめやかながらにもしたたかに、若者らしい尊敬をこめた眼差しで、第二王子を見つめた。高らかな期待に気圧されて、第二王子は視線をそらすため、そっと瞼を伏せる。


「グランボロー様は、この顔のよさが災いしたのか功を奏したのか、今日の今日まで根っからの脳筋であることをまんまと隠しとおしてきたわけです。世が世なら戦場の死神、剣術の申し子、さしずめヨハンネス・リヒテナウアー」


「リヒテナ……?」


「おとぎ話にでてくる騎士の名前です」


「ああ……とにかく君の厚意はわかった――」


 第二王子は大きく息をつき、本腰すえて腰をおろした。くつろぐために片足伸ばして胡座をかき、護衛役にも姿勢を崩すように声をかけた。隣には澄ました顔で座りこむ少女。


 狭い茂みの中つかず離れず、三人は顔をあわせて話をはじめた。


「この話題沸騰中のグランボロー様が、ずずいと教室までお送りしますので」


「気持ちはありがたいが……昨日の今日では、かなり目立つな……」


「目立ってよろしいじゃないですか。殿下がこそこそする意味ありますか?」


「殿下、ミュレックス嬢のおっしゃるとおりにございます。静観がもっとも適当です」


「そう簡単にいってくれるがな……君たちは私に王族たれと、いまだに期待しているのか?」


「だって殿下は王族でしょう。それは変えようがない事実です。今は!」


 ――貴方がモブに落ちぶれるのを、特別じゃなくなるこの時を待っていました


 少女は、昨日のべた将来への展望を、包みかくさずに三音いまはの言葉にのせていた。双方の身分の差を埋めるため、完全なる失墜を望んでいる。はたまた純粋に隙をついて、王族に嫁ぐことを目論んでいるのか。二つに一つには違いない。


 第二王子は先々の失態で十分にこりていた。二人はいっそうに怪しかったのだ。


「ミュレックス嬢、殿下の信用をえるのに、無理強いは……」


「お言葉ですが、嫌なら嫌と言えばいいだけで、殿下はそれを許されているの」


 第二王子は息をこらす。五月祭の愚かな決断によって、以前以上に自身の失態失策は王家の弱みとなり、肉親で殺しあう可能性に繋がっていた。そればかりは避けたい。


 足場の立てなおしは急を要し、執政に関するものゆえに優先的に解決すべきことであった。腹の底がわからぬうちから行動をともなうことは危ういが、しかし少なくとも現状は、この少女の企みにのるしか他はない。


 拒否することもできた。しかし彼はそれをしなかった。

 何故ならばあの時、彼女だけが噴水のへりを越えて、隣にやってきてくれたのだから――。


 そうして、辺境の領主であるアルゴード家と結びあうことは、千載一遇のチャンスでもあった。実情、第二王子は追放処分から逃れることはできたが、近い将来、十中八九帝都から離されることになる。敵対するラングリー家が今以上に議会での声を高めることは間違いなかった。


 であれば、家同士の遺恨を晴らすため為政の中枢から遠ざけられ、そうして僅かな権力すらも及ばぬ、最果ての土地に骨を埋めることを命じられるのだ。父である王は迷わずそうするだろうと、彼は理解していた。


 護衛役に名のりでたグランボローしかり。アルゴード辺境伯の後見をえることができれば、その土地での自由は保証される。そうやって僅かながらに生きながらえることはできる。第二王子は重苦しい胸のうちで己自身に言いきかせた。であれば報いなければならない。きっと少女の願いは叶えられるだろうと。


「グランボロー様だって殿下の騎士に、というか剣をふりまわしたかったんでしょう?」


「そ、それは……そうですが……殿下のお気持ちが大切であって!」


「わたしだって、もしそうなったとしたらとんでもなくつらいけど、身を切られるようにつらいけど、それを飲みこんで草葉の陰からだってお守りします」


「私とてこの命が尽きるまで、否、死してもなお殿下に付きしたがう所存ですよ」


 第二王子は、口論する二人を眺めながら、そっと苦笑した。


 すると見計らったように、隣接した教会の梵鐘が、ガンガンと打ち鳴らされる。朝礼の時間が差しせまっていた。


「二人とも、授業に遅れるぞ」


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