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第04話 夜間会議――(1)

 

「兄上……僕はもう何が何だかわかりません、彼女は一体なにをしたいのか」


 第一王子クロス・ガンドルフ・アルバは、第一王子の唯一無二の助言者、相談役であった。二人は髪色こそ違えど見目は近しく、互いの幼少時代を比べれば、双子と見間違えるほどに似ている。王の子であることは真実であり、第一王子の血に偽りはなかった。


 第一王子は心根優しく常に穏やかで真摯に話ができる人格者であったが、しかし次期立太子にと名をあげる貴族はおらず、後ろ盾たる家は乏しく、母方の縁者は口を閉ざしたまま議会は足踏み状態であった。


 王位継承権は法典の定めによって順位が決まっている。それが覆るほどの理由が、口にできない真実があるのだと、誰もが恐れおののいた。


 きっと第二王子が立太される。第一王子に王座は巡らない。

 なぜならば、王自らが彼の立太を、戴冠を望んでいないのだから。


 重鎮の臣下ですら次期立太子不在の理由を、表立って述べないのだから、議会に席を持たぬ者は自由気ままに風説を立てて、あらぬ噂を流布した。そうやって憶測が渦まいて聞くにたえない醜聞が飛びかった。


 あれには王に相応しくない理由があるのだと。生殖能力を伴っていないから。病に冒された死に損ないだから。現王妃の子ではないからと。


 これもまた不思議なことに、噂に対して罰則を求める声はあがらなかった。ここ数年、心を痛めるのは第一王子の母を除けば異弟である第二王子、リチャードただ一人だけであった。


「兄上はご存知でしたか? アルゴード辺境伯が妻にむかえた女性の出自を」


「アルゴード……ハロルド・ボルヴォ・アルゴード、本人については知っているが、その妻の家までは覚えていないな。たしか農民だったと。家名はなかったはずだよ」


「彼女がいうには、アルブ子爵を後見人にたてたというのです、それがミュレックス家……」


 第一王子クロスは、安楽椅子で頬杖をついたまま、「そうか」と頷いてみせた。弟である第二王子は寝具に座りこみ膝を抱えこんでいる。厳しくしつけられた境遇であるがこそ、怠惰にふける姿は年相応で、頼りなさげだった。


 珍しいものをみた。第一王子は弟のおかれた現状にひどく胸を痛めた。王位継承権の剥奪は、王の補佐を務める彼にとって単なる思案にすぎなかった。議会にあがるまでは、成文化されるまでは決定事項ではない。


 しかし、そうして――それは、盤石足りえない第一王子陣営にとっては、ただの朗報でしかなかった。


 親戚筋であるラングリー家と折りあいつけて、妥結された和解案が破棄された五月祭の夜以降、第一王子のもとには敵対する派閥の貴族がこぞって顔をみせにきた。決裂が決定づけられた時点から手のひらがえすのは、新興貴族(とはいえ世襲議員ではあったが)の、身軽な家の者らであった。


 恥を恥と厭わなければ、粛々と迅速に、鞍替えすることは懸命である。矜持ばかりでは生き抜けない。しかし、それはなにも第一王子に先見の明をみた、といわけではなかった。


 帝都の中枢、為政の場における絶対的発言力の差、これをもつのがラングリー家である。この家がつくほうに波がたち風がふく。つまり流動的に判断したにすぎないのだ。


 貴族界隈では、ラングリー家は第一王子陣営に組するだろうと、すっかり決めつけていた。なにしろラングリー家が、この国の王座を、喉から手がでるほどに望んでいることは周知の事実であったので。事実、ラングリー家の当主は、騒動の翌日には次期後継者である長子をつれて登城していた。


 議会でとり沙汰される以前の問題として王家はラングリー家の親子から、第二王子リチャードの王位継承権について譴責けんせきされていたのだ。


 そうして内々で決着づけられた。

 選ばれたのは王位継承権順位の変移である――。


 煎じつめれば第二王子立太の可能性は失われたのだ。口頭上の申しあわせ、単なる口約束だが、王は臣下に対して是と答えた。第一王子はそれを宮殿一耳聡いであろう実母から、朗報として聞かされていた。


 元王妃であった彼女は、自身を妾の位まで失墜させた、第二王子の存在には予予鬱積つのらせていた。自ら一足先に伝えんがために、息子の部屋に駆けつけるほどには痛快な出来事であったようだ。


 公妾イグレイン・ワームは、親子ほど年の離れた男に嫁いで周囲の期待に答えて男子をもうけたが、その席をぽっとでの女に奪われた哀れな女である。第一王子にとって今回の騒動、ただの不運でしかなかった。


 王になるのは弟、そうと聞かされて生きてきた彼の身には、骨がおれる話でしかない。

 事の顛末を隠したまま、仲のいい弟を無下にして過ごすのもつらかった。


 兄弟が人目を避けるよう、こうして夜間に密会するようになったのは、ずいぶんと昔からである。


 二人は双方の母親の顔をたてるために努めてきた。書簡はつづれど会話は少なく、交流は公儀の式典を除けば皆無に等しく、宮殿の回廊ですれ違えば横目で視線を交えはしても、声はかけず挨拶すらしなかった。


 だからして王子兄弟は不仲であると側仕えの従者ですら騙くらかして、兄弟は何年もの間、母親から求められる理想の息子像を装って堂々過ごしてきた。


 そもそも双方の母親の因縁は、原因となった第二王子誕生の、ずっと前からはじまっていた。それは第一王子クロスが生まれた日のことである。


 産婆が取りあげた御子が男児であれば、王家の伝統にならって産湯に関する儀式をおこない、この一連の宗教儀式によって王家の血にならぶ者として定められるのだが、しかし王妃イグレインはこれを拒否した。


 王の嫡子たる第一王子の出自の疑惑はここからでたと思われる。


 人道に反する忌むべき伝統儀式に、慈愛の心から背いたにすぎなかったが、身から出た錆か。数年の猶予をへて、現王妃であるケーニッヒ・ラグナリア家のマーガレットが公妾を自負し、宮殿に居を構えてしまった。


 あれよあれと懐妊にいたり、マーガレットはイグレインを反面教師として、産声をあげた第一子に産湯の儀式をおこなった。結果、元王妃イグレインは、取ってかわって公妾の位に落ちぶれた。


 すべては婚姻の契約をつかさどる教会主導のもと、仕切りなおされた正当なる離婚劇であった。


 現王妃マーガレットは、嫡子リチャードの誕生ありきで、王妃の座についた存在である。婚約破棄騒動で第二王子立太の芽を摘まれることを、従順に黙認するとは思えなかった。婚姻の後ろ盾となった教会にとっても、容認は難しいものである。


 このように、王家と確執のある、ラグナリア家、ワーム家、ラングリー家、御三家の関係払拭は、議会にとって大きな課題であった。


「兄上は、ミュレックス家の名に、覚えはありませんか?」


「さて、どうだったかな?」


「ヘーゼル・ミュレックス……彼女は明日、弁当を作ってくると言っていました」


「べ、弁当とは、それは熱烈な――、なにか企んでいるのかもね」


「なら、まだいいのですが……なにも企んでいなければ、それはそれで厄介すぎて」


 第一王子は、胡乱げな表情を浮かべるたった一人の弟に、同情めいた哀れみを抱いた。王は血の繋がった他人であり、王妃は国一番の策略家、公妾は精神虚弱で、家族の役目をなす者は誰一人としていない。


 その中にのこされた肉親同士。贔屓目にみても不憫である境遇上、唯一の家族を案じることは必然であった。だからこそ第一王子は思った。


 この世に弟ほど王にふさわしい者はいない。たとえそれが消去法であっても。


 宵闇に広がる帝都の光、ひとつひとつに営みがあることに心くだける余裕など、第一王子である彼にはなかった。他者に興味を持っておもい悩むことができる者こそ、支配者たれと望まれる安定した時代、王にふさわしい者はいくらでもいた。


 しかしどう策を講じても、御三家の思惑と懸念は空論のまま、王座は選ばれし者に与えられる。


 それが産湯の儀式をおこなった、弟リチャードであることを、第一王子はこの目でみて納得していた。


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