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第01話 王位継承権の剥奪

 

 第二王子リチャード・ガンドルフ・アルバは、耳を疑った。


「リチャード殿下、貴方の王位継承権は剥奪されます。後ほど陛下から伝えられましょう。こうして先に知らせに参りましたのは私めに残された貴方への情ゆえに。これは慈悲です」


 学園のエントランスガーデンで盛大に振られた第二王子は、突き飛ばされた勢いで、煌めかしい飛沫をあげる噴水に、みごと落着した。哀れずぶ濡れになった彼は顔面蒼白になって、足を滑らした上空を仰ぎみた。そこには女の影が二つあった。


「殿下、私は婚約破棄を受けいれた身であります。しかし昔からよくしていただいた恩もあるのです。これが最後の御奉公、幼馴染の戯言と思ってどうぞお聞きいれくださいませ」


 階段上には美しい元婚約者の公爵令嬢、そうして最愛の恋人。将来を犠牲にして捨てた者と、側に置きたかった者。相反する二人が手に手を取っていた。


「皆が貴方様に対して誠実であるわけではありません。甘言に騙されずご自身が行ってきたことを顧みて実直に今後のことをお考えください。貴族であれ王族であれ身分に関わらず人であるからこそ責任からは逃れられない。私は今日この時をもって貴方様を見限らねばなりません。それが貴方様が、すべてを投げだして選んだ結果なのです……さようなら大好きだったリチャード様」


 踵をかえした元婚約者がエントランスガーデンから去っていく。残されたのは第二王子の恋人。否、元恋人である愛らしい庶民出の娘。彼女は憐憫の情に涙を浮かべながら(部外者にはそのような表情に見えた)凛とした声をあげた。


「私は、私の思った道を進みたい、選びたいのです。私の人生は貴方のためにあるんじゃない。私のためにあるの。だから貴方も貴方の人生を歩いてください。学園にいる以上これからも顔をあわせることはあると思います。でも気に病まないで。これは私のわがままなの……さようならリチャード様」


 二人から別れを告げられた瞬間、第二王子は脱力し項垂れる他なかった。この醜態を公然に晒したことで諦めがついたのか、好奇の眼差しを向けられても羞恥心を感じることはなく、ただひたすらに棘々しいほどの絶望に襲われていた。


 第二王子が我に還った時、エントランスガーデンに人の気配はなかった。群衆のざわめきは遠ざかり、彼を待つものなど存在しない。傍観者であった学友も、取り巻きであった旧知の者らも、既に見切りをつけて姿を消していた。


 愛らしい娘に焦がれた結果、なにも手にいれられず、あまつさえ大切にすべきだった者を裏切り、呆気なく失くした。いっときの感情で粗野にしてしまった代償は高くついた。


 善き理解者でもあった幼馴染の令嬢に、大衆の面前で婚約破棄を告げて、血縁者であるがゆえの横言でもって義理を欠いた。公爵である従兄弟違い(幼馴染の父親)は鼻持ちならぬ親類を廃嫡させるため、これぞ好機と勢いづいて王に直訴したのだ。


 表では蜜月な親類関係であったが、見方を変えれば長年王位継承権の順位に諍っている問題を抱えた血族、その憂いを一掃するために結ばれた婚姻の約束であった。


 公爵令嬢を正妃にと望む声、これを第二王子の独断で破棄してしまった。両関係者の回答を得ずに。騒動を傍観していた学友の耳と口によって言質は取られ、事実上の破棄となった。


 想うのなら清廉潔白であらねばならない、第二王子の愚直な性格が最悪の結果を選んでしまった。


 人の目があるところでの婚約破棄。ひたすらに無知という他なかった。そうして王位継承権が剥奪される。誰がしの継承順位を繰りあげることで騒動はひとまずの収まりをみせるのだ。


 第二王子は一人空笑った。内で闘えば国が乱れる。つまりは国民にも不義理を働いたのだ。このような王子など誰にも必要とされない。当然の結果だった。昔いつだったか、仲間の軽口で第二王子をクズ王子と囃したてる者がいた。言い得て妙。


「クズか……たしかに違いなかったな……」


 側に誰もいない。仲間は去っていった。護衛すらもいない。生きていても死んでいてもどちらでも構わない。無価値な人間になってしまったのだ――そうやって第二王子は項垂れていた。



 ***



「うわあ、護衛すらいない。普通に考えて頭おかしいわ」


 突然、降って湧いた、喜ばしそうな声に第二王子は顔をあげた。


 見覚えのない少女がいる。制服を着ているので学園の生徒に違いなかったが。唖然としていると、少女は「よしよし」と呟きながら、噴水のへりを跨いで水の中に入ってきた。


「君なにをしている……」


「それよりも変だと思いません?」


「変……とは一体なんのことだ」


 明らかにおかしいのはそっちだ。という言葉を飲みこんで第二王子は顔を顰めた。


「いやいや明らかにおかしいですよ、誰もいなくなるって」


「それは僕の……私の自業自得であるから、」


「護衛までいなくなるのはありえないので。シナリオのせいか?」


「しな? それよりも君はいいのか、授業がはじまるぞ」


「授業? そんなものはどうでもいい。大切なのはこっち」


 少女は第二王子の腕を掴んで、ぐいっと無理矢理に立ちあがらせた。


 事前の事が事である。不敬などと言えるはずもなく。二人は噴水に足を漬けたまま向きあっていた。少女は満足げにニヤニヤと笑っている。悪寒が走ったのは噴水のせいではない。と第二王子は思った。


「この瞬間を待っていました。モブである限りどうあがいても攻略キャラの隣には立てない。だから貴方がモブに落ちぶれるのを、特別じゃなくなるこの時を待っていました。物語からはじき出される瞬間を」


「…………は?」


「好きです。結婚して田舎でスローライフ送りましょう」


「…………え?」


「あ、違う、はやまった……あの、大切にします。毎日お弁当作ってきますから」


 圧倒される第二王子をよそに、少女は早口でまくしたてた。


「絶対に幸せにしますから! 頼む! ほんとう頼む! 後悔させないから!」


「……一体なにを……」


「その幸薄顔が好きなんですよ! 本当タイプなので!」


「…………」


 第二王子は場違いな発言に意表をつかれ呆れかえった。そうして噴水のへりに目をやる。


 少女が越えてきたものは今後変動する為政の場において、大局を見通すことを期される有爵者の子供らが、絶対に越えてはならぬものであったはず。


 リチャードは思った。この少女、前途多難であると。


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