翠緑に抱かれて・1
「わたしと一緒に、森へ薬草を採りに行ってほしいんです」
それだけを話すのに、ラフィは随分と逡巡した様子だった。汗ばんだ手を何度も組み替えていて、それは彼女の心が不安に支配されていることが容易に想像できた。
「何か急な事情みたいね。もう少し詳しくその辺を聞かせてもらっていいかしら?」
ルナが察することができたぐらいだ。他の4人もこの村娘の心中を看破することなど容易かったのだろう。
ルドリアが優しく続きを促すと、ラフィは頷いた。
「は、はい。実は、わたしのお母さんが病気なんです。軽い風邪だって思ってたのが、どんどん酷くなって……。すぐにでもお薬が必要なんです」
「それで薬草を? 医者には診てもらわなかったの?」
医者の存在は、ルナにとっても身近だ。自分の怪我を治療した老医者もそうだが、故郷に居たときも医者は定期的に訪れては自分達の体調を診て、必要であれば処置を施してくれた。
文明から離れて暮らしていた自分の里ですらきちんと医者の手が行き届いていたぐらいなのだ。こういう村に彼らが訪れない筈がないとルナは思っていたので、ミルローネの質問に同意するように首を傾げた。
するとラフィは困ったように眉をひそめて答えた。
「お医者様には二日前に診てもらったんですが、お母さんの病気、『翼炎病』っていうハーピー特有のものだったんです。その病気に効く薬の持ち合わせがお医者様に無くて……。すぐに持ってきてくれると約束していただいたのですが、でも、お医者様がまた来るのに時間がかかります。お母さん、熱が酷くて何も食べてくれなくてっ……!」
堪えきれなかったのか、ラフィはぽろぽろと涙を流し始めてしまう。
慌ててクリフがハンカチを差し出して、彼女に涙を拭わせた。
その様子を眺めていたルドリアが言う。
「つまり、医者がまた来るのを待ってられないから自分でその病気に効く薬草を採りに行こうとした、というわけね?」
「でも、森は危険な場所だから一人で入るなって……! だけど、このままお母さんの躰が悪くなっていくのを見るのも辛いんです! もしものことがあったら、わたし、わたしっ」
「そこでボクらに依頼しに来たってことか」
ミルローネとクリフがルドリアをじっと見つめている。"まとめ役"と名乗っただけあって、こういう時の交渉や決定権は全て彼女にあるようだった。
彼女はじっとラフィを見つめながら言った。
「『その森が危険とされる理由』は聞いてるのかしら?」
「狼が群れを作っているらしくて……。その森が縄張りらしいんです。だから、立ち入ると襲い掛かってくると狩人さんに聞きました……」
「アンタ達、狼相手はいけるね?」
ルドリアの言葉にミルローネとクリフは微笑んでみせた。
「狼との速さ勝負なら負けないよー!」
「森での戦いなら慣れてる。いけるよ」
「わかった。目的の場所はどの辺? 薬草の見分けはつくの?」
「は、はいっ。森はここから西へ行った先です。薬草は、青い小さな花が鈴なりになって咲いているのですぐ見分けがつきます!」
「まぁ無いとは思うけど日帰りできる範囲よね?」
「もちろんです。今から歩いて行けばお昼過ぎには到着できますし、そこまで深く森には入らなくても見つけられます。狩人さんがそう言ってたので間違いありません!」
「よしよし。……じゃ肝心の話しましょ。報酬は?」
金の話になるとラフィはびくりと躰を震わせて、真っ青な顔になった。
「……ひ、一人……2ゴールド……です」
「……全部で6ゴールドか。確かに依頼するにはかなり厳しい額ね」
容赦なく述べたルドリアにルナの心はかき乱される。
だが、冷静に考えればもっともな話だと思うことができた。危険と言われる森の中で護衛を頼むには流石に心許ない。
一人2ゴールドといえば、自分の2週間分の給金と一緒なのだから。
「わかってます……! でも、これ以上出せないんです! これが精一杯なんです……! どうか、どうかお願いします!!」
きっと、ラフィは同じ依頼を今日までに何度も冒険者に持ちかけたに違いなかった。
そして全て報酬を理由に断られたであろうことも想像がついた。
胸の前でハンカチを握りしめ、目を見開いて涙を零すままにルドリアに懇願する彼女の姿は、ルナにとっては辛い光景だ。
同じ亜人が苦しみ、悲しんでいる姿なのだ。
「うぅん……」
ルドリアはラフィの様子をじっと眺め、どう返答したものか決め兼ねているようだった。
沈黙が支配する中、嗚咽だけが建物の中に響く。ルナは、胸が締め付けられる思いがした。
「……ルドリア。追加で護衛を二人、無償で付けよう。これで妥協できないかな?」
その沈黙を破ったのは、エリチェーンだった。
「え?」
「それなら万一の時にも安全が増すだろう。それを差し引いても低い報酬かもしれないけど、成功させればお金以上に得られるものがあることは貴方達も知ってるはずだ。……どうだい?」
彼女の申し出にルドリアは目を丸くしている。ミルローネもクリフも、ルナだってそうだった。
「二人付けるって……もしかしてアナタ達がついてくると?」
ルドリアの質問に、エリチェーンは静かに頷いた。
「そういうこと。私は森の中での振る舞いは心得がある。弓も少々扱える。ルナも元々は狩りをして過ごしてきたような子だ、足手まといにはならないよ」
「でもでも、どうして? タダ働きじゃん? いいの?」
ミルローネの質問には、彼女は首を横に振る。
「もちろんこちらも全くの善意というわけじゃない。私が欲しいのは『経験』だ。……ルナのね」
そう言われて、ルナは街のお風呂でエリチェーンに言われた言葉を思い出していた。
“今度、ぜひ腕前を見たいな。ルナのその力が役立つ事がこの先あるんだ――”
その言葉の意味を彼女は行商の道中説明してくれていて、ルナはいよいよその時が来たのだとぎゅっと握り拳を作った。
「……驚いた。アナタ達冒険者としてもいけるのね?」
「あぁ。ルナを連れ出すのは今回が初めてだけれど、この依頼ならさほど危険も無いと判断した」
「どうりで『使い慣れてる』わけだ……。両手弓を使う商人なんて聞いたことなかったよ、俺」
「行商して村を回るついでに、余裕があればその村の抱えた問題を冒険者と一緒に片付けることもある。不思議に思うかもしれないけど、ちゃんと得があるんだ。……冒険者の貴方達と同じように、私達商人も『信用』を売っているからね」
商売とはただ商品と金銭と交換するものではない。ルナは道中エリチェーンにそう教わった。
"この人は村によく尽くしてくれる"という印象を与えることで、村人は数ある行商の中からあえて自分に特別な依頼を寄せることだってある。
結果的にそれは自分の利益に繋がり、お金に困らなくて済む。
彼女はその仕組みを"信用"と呼んでいた。
「ルニャ、狼にゃらへっちゃらだよ! 負けたことにゃいもん!」
「私の<幻惑の霧>もある。必要ならそれを使って撹乱もしよう。……どうだろう?」
ルドリアは腕を組み、目を閉じて考えているようだった。
指先が3回腕を叩いた後、彼女は目を開いて言った。
「……信用、か。いいでしょ。受けましょ、その依頼」
「あっ……!! ありがとうございますっ!!」
ラフィはまるで女神に祈りを捧げるかのように手を胸の前で組んで、歓喜に打ち震えていた。
「早速出発しましょう。……あー、もう一泊することになりそうだから部屋だけ取っとくわね」
「そうしよう。もう一泊、貴方達と一緒だね」
薬草探しに採取の時間を考えれば、早くても宿に帰ってこれるのは夕暮れを迎えたところかとルナは逆算した。
夜に街道を走るのは避けるべきだと教わっていたので、ルドリアの判断は正しいことを理解する。
「それならお代はいらないわ。貴方達のためにベッドを空けておくから、今夜はそれを使って頂戴」
「あら、いいの?」
自分達のやり取りを見守っていた宿のある主である人間の女性は、宿を取ろうとしたエリチェーンとルドリアの二人にそう言って微笑んでくれていた。
「ラフィちゃんの依頼を受けてくれたお礼よ。どうかあの子と、あの子のお母さんをよろしくお願いするわね」
宿駅を営むのは、その近隣の村の住民と決まっている。
村で取れた農作物は決まった時期に国へ納める税や自分達の食卓に上る以外に、街へ売りさばいたり、宿駅で消費して金に変えているのだとルナはエリチェーンに教わった。
つまり宿の主にとってラフィはとても親しい人物であり、彼女の依頼を引き受けたことで早速"信用"の恩恵が形となって表れたのだ。
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうわ」
「やったっ。久しぶりのベッドだー♪」
喜びを露わにするミルローネだが、彼女は自身が身につけた装備を素早く確認し終えて、ルドリアにウインクしてみせていた。
気楽に振る舞っているように見えて、その実抑えるべきところはきっちり抑えているのが彼女なのだ。
「おいおい、気が早いぞ」
そんな彼女に苦笑を向けていたクリフも外を指し示し、準備が整っていることをルドリアに告げている。
彼もまた静かに、そして素早くやるべきことを実行する人物であることは、これまでの道中でルナは知っている。
「ルナ」
最後に声をかけてきたエリチェーンは、微笑んで自分を見つめていた。
“覚悟、準備はできたか”という問いだと直感で思い当たった。
「……うん! 大丈夫!」
その直感は正しく、彼女は小さく頷いてくれた。
「よっし。じゃ、出発!」
ルナ達は宿を後にし、ラフィの案内のもと、街道を外れ西へと進路を取る。開拓の手が入った平原に潜む危険は何もなく、雑談を交わす余裕も十分にあった。
その間にルナ達はラフィについてもう少し深く知ることができた。
父親が出稼ぎに出ていて、今は母親と二人暮らしであること。
動物の扱いが上手で、その技能を生かして農作業に従事していること。
たまに村人と一緒に農作物を売りに出かける街への"旅行"が楽しみなこと。
母親の容態を心配する様子こそ見せるも、彼女は殆ど笑顔で自分とその家族のことを話していた。
そこには確かな愛情が溢れていた。
「好きな人とかいるのー?」
「そ、それは……」
しかしミルローネがそう踏み込んでいった時の反応に、ルナは首を傾げた。
ラフィは顔を赤らめ、その質問にはっきり答えようとはしなかったのだ。
「(そんにゃに恥ずかしいことかにゃ?)」
ルナは首を傾げた。
もし自分が同じ質問をされたら、答えは決まっているし、恥ずかしがる必要などどこにもない。
違和感を覚えたのだが、けれども周りはそれが当然のように受け止めている。なんとなく認識のズレがあるようで居心地が悪かった。
しかし、その居心地の悪さも長続きしない。いよいよ目的の森が見えてきたのだ。
各々が装備を確認する。
「ラフィ、アナタは危険が迫ってるとアタシ達が判断したら、すぐに空を飛んで木の上に逃げて頂戴」
スタデッドメイルに身を包み、メイスと体を覆い隠せるほどの鋼の大盾を手にルドリアが言った。彼女は最前線で攻撃を受け止める役目を担っている。
ルナは一度盾を持たせてもらったが、両手で持つのが精一杯で、彼女のように片手で持ったまま歩くなど到底できそうになかった。
ミルローネが少し話していたように、彼女は魔術を使って盾を使いこなしているらしい。
「は、はい」
「薬草の採取はお手伝いしたいけど、護衛第一だからねー。慌てずゆっくり薬草は採ってね!」
ミラーネは鎧こそルドリアと同じだが、獲物はサーベル一本のみ。余計なものは身につけていない、身軽さを重視した装備だ。
その素早さで駆け抜け、サーベルで切り裂く。それが彼女の戦闘スタイルで、それはルナの戦い方とよく似ていた。
しかし鍛えて引き締まった躰ではあるが、ミルローネはルナと決定的に違う点が一つあった。鎧の中で窮屈そうにしている大きな胸だ。
あんまりに大きくて、ルナは最初驚いたものだった。彼女ほどの大きさを持つ人間は滅多にいないのではないだろうかと思うほどに。
だから彼女は冒険に出るときは必ず胸元をできるだけ締め、その体重の重さは魔術で補い素早さを得ているのだと教えてくれたことがあった。
「様子がおかしければ俺がすぐ警告するよ。……お二人も大丈夫ですか?」
クロースアーマーに身を包み、弓の調子を確かめていたクリフがエリチェーンに訊いている。
片や幼気な印象の残る青年、そしてもう一人はルナのよく知る、大好きな人物。
けれども両手弓を扱うという共通した物を持つこの二人の筋力は、思った以上に強いことを知っている。
同じく弓を確かめていたエリチェーンが、静かに頷いて言った。
「あぁ、大丈夫。採取を済ませてさっさと帰るとしよう。なるべく狼を傷つけたくはないからね」
「同感です」
「ルニャも平気!」
ルナは自分の手を猫の手に変化させて見せた。全員が準備を整えたことを見届けたルドリアは、頷いて言う。
「よし、行きましょ」
翠緑の中に足を踏み入れる。木漏れ日があちこちに差し込んでいて、視界は悪くない。
そよ風が葉っぱを揺らし、爽やかな音が森の中を満たしている。
音と一緒に、木々から香るかすかな匂いが鼻をくすぐった。ルナにとっては久しぶりの感覚だ。
ルドリアが先頭を、ミルローネが殿を努め、ルナ達は森の中を黙々と進んでいった。
「薬草の宝庫だね」
しばらく経って最初に口を開いたのはエリチェーンだ。周囲を興味深く見渡しながら彼女は微笑んでいる。
「あちこち自生してる」
「見て判るの?」
「ある程度はね。薬草はこの国の特産品だ。地質か、気候か……とにかくこの国は薬草の栽培に適しているんだ。この森も例外じゃないようだね」
「ほえー。さっすが商人、物知りだよねぇ。ボクどれも同じに見えちゃうよ」
ミルローネとエリチェーンでは見えているものが違うのだろう。知識が深ければ同じものを見ても着眼点が増えるのだとルナは知る。
「……摘んで帰ったらお金になるかな?」
「難しいと思う。需要の高い薬草は専門の農家が大量栽培してるから、自生したのを少し採ってきてもあまり価値はないよ」
「そっかぁ。……まぁそうだよねぇ。摘んで帰ってお金になるならもっとこういう依頼あるよねぇ……」
「ミルローネは、お金がいっぱい必要にゃの?」
ここまで一緒に過ごしてきて、ルナはミルローネのいささかがめつい部分を何度か目にしている。
どんな仕事をすれば儲かるのか、彼女は宿駅の掲示板に時折貼られている依頼書とにらめっこしては立ち尽くしていることが多かったのだ。
「そうだね。できればいっぱい欲しいな!」
質問に、彼女はあっけらかんとした様子で答えてくれた。
「どうして?」
「もっといい装備を揃えてさ、魔術も一杯覚えて強くなって、もーっと稼ぎたい! 冒険者ってお金稼ぐのに最適だけど、強くならなきゃ始まらないし!」
「……お金を稼ぐのが好きにゃの?」
「んー、好きっちゃ好きだけど。……友達のためなんだ」
草木をかき分けながら、ミルローネは続けた。
「ボクら、みんな同じ孤児院の出身でさ。そこでずーっと一緒に育ってきた。……その孤児院の先生の娘さんも同じぐらいの歳で、ボク達ともすごく仲良かったんだ。でも……」
視線を落とし、寂しそうにミルローネは言った。
「その子、重い病気にかかってね。治療にはすごいお金がかかる、って」
「そんにゃにひどいの?」
「……このままだと10年持たない、ってお医者さんには言われたよ」
しかしすぐに周囲の警戒に戻り、また明るい表情になった。
「とにかくその子を治すのにお金がいるんだ。普通に働くんじゃとても間に合わない。だからボクらは冒険者になったのさ!」
「俺やルドリアは、最初は反対してたんです。冒険者なんて、いつ死んだっておかしくない。俺達の方が先に死んであの子に会えなくなるかもしれない。それを考えるとね」
地面の様子を探り、周囲に生き物の気配がないことを確認しながらクリフが言った。
「最初にクリフが折れて、次にアタシが折れたってわけ。ほんっとこの子は、昔っからこれと決めたら絶対曲げないクソ頑固なのよ。……一人で飛び出させるわけにも行かなかったし、ね」
「へへっ。二人には感謝してるよ!」
「正しい選択だったかは今でもわからないけどね。……でもま、それなりに長い付き合いの友達……いや、家族だもの。アタシだけ置いてけぼり喰らうのも癪だったのよ」
ルドリアは呆れたようにため息をついているが、その口元にはすぐ笑みが浮かんでいて、まんざらでもなさそうだった。
「ルドリアって、すっごいしっかりしてるよね~。さっきラフィとお仕事のはにゃししてる時にゃんかも、堂々としてて凄かった!」
「あぁ、それは私も思った。あの宿駅で出逢った時、駆け出しとは思えないぐらい度胸が座ってるなってね。貴女がリーダーなのも納得だ」
そう言ってエリチェーンと一緒に褒めてみせると、ミルローネが嬉しそうに笑う。
「そうなんだよ! ボクやクリフよりしっかりしてるんだよルドリアって! ボクらの中じゃ一番年下なのに!」
「クリフはともかくミルローネ、アンタは年の割に子供過ぎるのよ」
「……? みんにゃはいくつにゃの?」
背格好はエリチェーンとそう変わらないルドリアが最年少だと聞いてルナは内心驚き、聞いてみた。
「ボク18~」
「俺は19。ついこの間なったばっかりですけどね」
「アタシは16」
この答えにはルナはもちろん、エリチェーンやラフィも目を丸くしてしまう。
「ルドリア、ルニャと二つしか違わにゃいの!?」
「てっきり貴女が最年長だと思ってた……」
「わ、わたしもルドリアさんが年上の人だと思ってました……。同い年だったなんて」
「よく言われるわ。ミルローネはアタシより背が低いし、クリフは顔が子供っぽいもの」
「それに加えてこの度胸! すっげー気が強いんだよねルドリアって。男相手の喧嘩にも負け知らず。いつだったか孤児院の子をからかってる奴らを一人で叩きのめしてきたことあったよねー。あれはすごかったー」
「あぁ……。あったあった。俺と先生が一緒に手当したんだよ。あちこち痣だらけなのに一つも泣かないんだもんな」
「親がいないからって馬鹿にしてる奴らにムカついただけよ。結局後で散々叱られたんだから」
度胸があり、人一倍の正義感を持っている。ルナはルドリアの人柄を、彼らの話す昔話からそう推察することができた。
「……あっ。見て見て!? あれじゃないかな!?」
それから暫く歩いた末のことだった。
ミルローネの指差した方向を見れば、そこには木漏れ日の集う小さな広場があった。
「あっ」
そこには青い小さな花が鈴なりに連なっていて、風に揺られて群生している。
「あった……! あれです! あれが薬草です!」
「やった! さっそく摘み取っちゃいなよ!」
「はいっ!」
喜びの声を上げたラフィはミルローネに言われた通り広場に座り込み、持ってきた小さなバスケットに丁寧に薬草を摘み取り入れ始めた。
そんな彼女を取り囲むようにして5人で周囲を警戒する。
「……?」
そうし始めて、さほど時間も経たない頃だった。
鳥の鳴き声が森に響いた。
別にそれ自体は不思議なことではない。ここに来るまで鳥の声など何度も聞いた。問題は、その"声の質"だった。
鋭く響いたそれは、小鳥が何かを警戒して逃げているのだとルナは知っている。
「……みんにゃ、森の様子がおかしい」
すぐにそれを伝えた。ルドリアとミルローネは首を傾げていたが、クリフとエリチェーンは同じ違和感を覚えたようだった。
「鳥が警戒している……」
「……確かに妙だね。これは……嗅ぎつけられた、か?」
「とりあえず、ラフィ。アナタは一旦上に避難して」
「えっ? は、はい!」
ルドリアの指示に即座にラフィは従い、バスケットを地面に置いたまま、その手を翼に戻して飛び上がった。
適当な高さの木の枝に止まった彼女は、不安げに地面を見下ろしている。
全員が武器を構え、翠緑の中に目を凝らし続けていると、やがてガサガサという草木をかき分ける音が響き始めた。
「……?」
だが、やけに小さい。狼の群れならもっと音がするはずだ。
「……えっ。一匹だけ?」
ルナのその疑問はすぐに解消される。姿を見せたのはたった一匹の狼だったのだ。
「怪我してるぞ、こいつ……?」
しかもミルローネがめざとく指摘したように、手負いだった。前足を切り裂かれたか噛みつかれたか、血で汚れている。
狼はそのままエリチェーンの足元に擦り寄ると、くんくんと鳴き始めた。
明らかに敵意は見られない。まるで何かから逃げてきたような、そんな様子さえある。
「群れてるって話だったよね? どういう――」
再びガサガサと音が響いた。
「危ないっ後ろっ!!」
「えっ?」
ラフィの声に、ミルローネが後ろを見やる。
"それ"は突如ミルローネの背後にすくっと立ち上がり、大きく腕を振りかぶり――。
「ミルローネッ――!!」
桃色の髪が、宙空に散らばった。