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LUNAQUEST  作者: 昼空卵
商人の生活
10/24

商人の生活・3

 窓を開けて、ルナは朝焼けの空を眺め続けていた。大きく深呼吸を繰り返すのも、これで何度目だろう。

 いつもはもっと寝ているけれど、興奮のせいかずいぶん早く目が覚めてしまった。

 耳を澄ませば小鳥の囀りに、鐘の音が聞こえた。それは一日の始まりを告げる音だとエリチェーンから教わっていた。

 いよいよだ、と胸を弾ませる。ルナにとって今日は特別な一日だった。

 ついに、新たな道を歩む日がやってきたのだ。

「……ん」

 エリチェーンはいつも鐘の音が聞こえるとすぐに目を覚ます。

 二段ベッドの上の方で寝ていた彼女の微かに漏れた声の方を見れば、寝ぼけ眼をこすり、大きく伸びをしている姿があった。

「おはよ、エリチェーン」

「おはよう、ルナ。よく眠れた?」

「実はちょっと早く起きすぎちゃった……。どきどきしちゃって」

 エリチェーンはいつもと変わらぬ微笑を浮かべて、言った。

「ルナにとっては、今日が初めてのお仕事だものね。わかるよ。……私も駆け出しの頃は、鐘の音が聞こえる前に起きてしまって、そうやって空を眺めてた」

 彼女はベッドから降りてきて、自分と同じ景色を見て、同じ音を聞く。

「朝は好きだ。とても静かで、小鳥は囀り……そしてゆっくり、街が起きる」

「街が?」

「そう。よく耳を澄ましてごらん? 人の声や車輪の音、馬の嘶き。……あぁ、いい匂いもしてきた。この瞬間がたまらなく好きだね」

 もう一度神経を集中させると、たしかに彼女の言うような音が聞こえる。

 それから美味そうな匂いが鼻に届いて、ルナは腹をぐぅと鳴らしてしまった。

「ふふ」

 エリチェーンがくすくすと笑うが、彼女もまた腹を鳴らしてしまって。

「あはっ」

 まだ寝ている人がいるから控えめに、お互い笑った。

「さ、顔を洗ってご飯にしよう。しっかり食べて今日からの仕事に備えなければね」

「うんっ」

 野菜と肉の入ったシチューにパン、腹具合や気分によってチーズやソーセージ、蒸したじゃがいもをつける。街での食事とはいつもこういうものだとルナは学んだ。

 肉はいつも干し肉だ。生の肉を調理して食べることはお祭りの日ぐらいだと聞かされて最初は驚いたものだ。

 自分の故郷では干し肉とは獲物が少なくなる冬に備えて作るものだったが、これだけ大勢の人が住む街となると、保存食の考え方も変わるらしい。

 パンが硬いのはどこでもいっしょで、柔らかいパンを食べられるのは貴族のようなお金持ちだけだという。

 しかしシチューに浸して食べることで、味もぐっと良くなるし腹持ちも良い。囚われの身であったときはそのまま食べさせられていたが、あの時のひどい味とは比べ物にならなかった。

 果物はその季節に採れるものが提供される。季節外れの果物はやはりこれも干されていたり、砂糖漬けなる手法で長持ちさせられているという。

 すっかり朝食を食べ終えて、水を飲み終えれば躰に活力がみなぎってくる。

「よし。それじゃあ行こうか」

「うん!」

 買ってもらった肩がけの鞄を身に着けて、ルナの準備は万端だ。

 厩ではもう彼女の幌馬車がいつでも動けるように準備されている。車内を覗き込んでみると、ぎっしりと品物が詰まっていた。

 自分の腰ほどの高さの樽や金属の壺が幾つか綺麗に並んでいて、麻やリンネルの袋に何かがぎっしりと詰まってこれも綺麗に整頓されて幾つか置かれている。

 更に真新しい梯子やバスケット、鍋といった細々したものから、ルナには何に使うのか見当もつかないものまである。

「これが全部、売り物にゃの?」

「そうだよ。基本的に私が売りに行くのは塩と干し肉と油、服の修繕用の布、少しの娯楽用品。後は全部村の人に頼まれて買ったものだね」

 一緒に御者台に乗り込んで、エリチェーンが手綱を操ればいよいよ幌馬車が動き出した。

 広場に出れば、そこはもう盛況の最中だ。昨日見たのと同じ光景がもう繰り広げられている。

 幌馬車に乗って初めて気づいたが、広場も決して混沌としているわけではなく、通行のルールがきちんと決まっているらしい。

 同じように幌馬車を操る人々もたくさん居るが、皆おなじ軌道を描いて広場をぐるりと回り、目的の場所で進路を変えて出ていっている。

 歩いている人はちゃんと幌馬車の邪魔にならない所を通っていて、ルナは感心してしまった。

「おはよう」

 エリチェーンが街の外へと出る門の番兵に声をかけ、財布を取り出している。

「……おや? その隣の娘は?」

 番兵がこちらを見て首を傾げている。どうやら自分の存在を不思議に思っているらしいことがルナも判った。

「私の従者だよ。ルナ、『従者の証』見せてあげて」

「うん!」

 首に提げた"従者の証"を見せると、番兵は納得したように頷いてくれた。

「これはまた珍しいな、フェルパーの従者とは。……身分も判ったしよろしい、5シルバー払いなさい」

「あぁ。いつもご苦労様。行ってくるよ」

「気をつけてな」

 銀貨を手渡し、エリチェーンは街の外へと幌馬車を進める。

「エリチェーン、にゃんでお金渡したの?」

「あれかい? あれは『通行税』さ」

「つーこーぜー?」

「昨日、『職人通り』でちょっとだけ税金の話をしたよね? さっきのも税金。門を通る人は払わなきゃだめなんだよ」

「へぇー……」

「私はこの街の住民だから、馬と馬車の分だけの税金でいいんだ。ルナも私の従者だから免除された、ってわけだね」

「そのぜーきん、って、きちんと決まりがあるの? どれだけお金を出しにゃさい、って」

「もちろん。馬1頭が1シルバー、この馬車は車輪が4つついてるから4シルバー、合計で5シルバーさ。この街の住民じゃなかったら、更に一人1シルバーかかるね」

 門前市も盛況だ。ここでも人と幌馬車の流れに乗って、ゆっくりと街道へと出る。

 前を走る他の幌馬車にぶつからないようにのんびりと道を行く、たしかにエリチェーンが言っていたように呑気なものだ。

「今日からはしばらく街とはお別れだね。大体2週間ぐらいの行商になるよ」

「その間は、野宿したりするの?」

「いや。基本的には『宿駅』に泊まる。村の近くに必ずあるからね。……とは言っても、野宿とあまり大差ないかもしれないな。基本的に床で寝ることになるし」

「ルニャは平気! もともとそうやって寝てたから!」

「それなら良かった。……そうだ、今のうちにルナに頑張って貰うことを教えておこうかな。鞄にちょっとしたものを入れておいたよ、見てごらん」

 そう言われ、ルナは自分の鞄を開いてみた。確かに空っぽだったはずの鞄には見覚えのない物が入っている。

 取り出してみると、羊皮紙が1枚丸めてあるのと、紙の束のようだった。

「わ……」

 羊皮紙を開いてみると、何か書き込まれている。ルナにはまだそれが読めなかった。紙の方は白紙だ。

「これにゃに?」

「読み書きの勉強道具さ。昨日のうちに代書屋にお願いして、文字の勉強のためのお手本を作ってもらってきた。ペンとインクも持ってきてる」

「まだにゃんて書いてあるかわかんにゃいけど……どんにゃ風に頑張ったらいい?」

「夜に宿駅のテーブルを借りて私が教えてあげる。少しずつ慣れていこう」

「わかった!」

「まずはこれが一つ。もう一つ頑張ってもらうことがあるよ」

「にゃに? ルニャ、頑張るよ!」

「うん。村に着いて商売を始めた時、ルナは笑顔で対応すること。お金の計算とかは全部私がやるから心配いらない。商品のことも少しずつ教えていくから、最初のうちは私の指示したことをやってね」

「笑顔……うん!」

「あとは言葉遣い。私と話すときはそれでもいいけど、村の人達と話す時はもう少し丁寧にお話しなくちゃいけない」

「え? えっと……」

 言葉遣いを指摘されたことなど生まれて初めてだったから、ルナは戸惑った。お手本となる存在は皆故郷のフェルパーで、それで何の問題もなかったのだから。

 エリチェーンが微笑んで言った。

「大丈夫。いきなり全部変えることはできないからね。だからいちばん大事なところだけ今日は教えるよ」

 エリチェーンが言葉を口にして、ルナがその後に続く。そんなレッスンを続けながら、幌馬車はゆっくりと街道を走っていった。

 やがて、エリチェーンの幌馬車も街道を外れ、脇の砂利道へと入っていく。道の両脇には森が広がっていて、陽光がその間を縫って差し込んでいるのがよく見える。

 後ろを振り返れば、建物が一つ。あれが“宿駅”だとエリチェーンは教えてくれた。

 ルナは周囲を見渡して警戒する。もし野盗の類が出てくれば二人で対処しなくてはならない。

 幸いにも怪しい人影は居ない。代わりにどこからか、こつ、こつと木を叩くような音が響いている。

 何の音だろうと訝しみ、音の方向を注意深く見れば、そこには斧を振るう男達がいた。

「あの人達は……?」

「村の木こりだね。ああやって森の木を切って、彼らはそれを売るのさ。その木はいろんな物になっていく。昨日『職人通り』で見たベッドや梯子、この馬車だってそうさ。木でできてる部分はいっぱいあるだろう?」

「すごいね! あの木が、この馬車に……」

 森の間を通る砂利道を抜けると、再び見晴らしのいい平原が広がった。そしてそこには建物がいくつも立ち並んでいて、よく整備された畑には青々としたライ麦が実って風に揺られていた。

 いよいよ村に到着したのだ。

 村の建物は木造で、街のそれと比べると少しみすぼらしい。とはいえ、ルナにとってはこちらが見慣れた建物ではあったが。

 太陽は真上に昇っていて、村人は野良仕事を一休みして思い思いの時間を過ごしているようだった。

「やぁ。お待たせしました」

 幌馬車を見た彼らは嬉しそうな顔をして寄ってくる。見るからにエリチェーンの到着を待ちかねていた様子で、暖かい感じがした。

 御者台から一緒に降りてみると、村人はエリチェーンに口々に話しかけてくる。

「待ってたよ! いつもいつもありがとうねぇ」

「元気だったかい、エリチェーン?」

「聞いて聞いて! この間狩人さんがこーんなおっきな獲物を獲ってきたんだよ!」

 村人達と会話を交わしている間も、彼女は少し微笑むぐらいだ。自分でも言っていたように、本当に人前で笑顔を見せるのは彼女は苦手らしかった。

 やがて村人達の視線がこちらに向いてきた。ルナはそれに少し気負されてしまうが、それを表情に出さないよう努めた。

「エリチェーン、この子は?」

「あぁ、紹介します。この子はルナ。私の従者です。……ルナ、ご挨拶を」

「は、はいっ!」

 レッスンの成果を見せなければと、ルナは胸に手をおいて興奮を落ち着かせながら言葉を紡いだ。

「ル、ルニャっていいます、こんにちは! これからいっぱい頑張ります! よろしくお願いします!」

 そして満面の笑みを浮かべる。

「まだ未熟ですが、とてもいい子です。よろしくお願いしますね、皆さん」

 エリチェーンがそう後を続けてくれると、拍手が沸き起こった。

 それが歓迎の音であることはルナは知っている。嬉しさで頬に熱が篭った。

「では、お待たせしました。先にご注文の品からお渡ししますね」

 それからはいよいよ商売の始まりだった。それはルナが予想していたよりのんびりとした進みで、村人も自分が商売に早く慣れるようにと便宜を図ってくれたぐらいだ。

 お金の計算はまだできないので、ルナの仕事は専らエリチェーンに指示された品を持ってきて、手渡すことだった。

「これでやっと屋根の修繕ができるよ」

 梯子を手渡した村の男はそう言って笑った。

「そうそう、これぐらいの鍋が欲しかったの! ありがとうねぇ」

 中年の人間の女は鍋を見回して満足気に微笑んでくれている。

「ありがとうございます!」

 ルナも教わったとおり、受け渡す度にきちんと挨拶をして笑顔を見せた。

 その後は村人から渡された容器に樽から塩を、壺から油を移し替えて渡す。麻やリンネルの袋に詰まっていたのは干し肉だった。これも言われた数だけ相手に手渡せばいい。

「次に何か特別に仕入れてくるものはありますか?」

 やがて商売が落ち着いて、最後にエリチェーンが村人達に尋ねると、彼らは口を揃えて言った。

「今回は大丈夫だ。ありがとな!」

「また次もよろしく頼むよ」

「わかりました。ではまた寄らせていただきますね。お買上げありがとうございました」

「お買上げありがとうございました!」

 別れを告げ、幌馬車はもと来た道を辿って街道へ戻る。ルナは応対が上手くできたことにほっと一息ついた。

「どうだった? 初めての感想は」

 エリチェーンにそう訊かれて、ルナは笑って答える。

「どきどきしたけど、みんにゃいい人で、楽しかった!」

 手綱を操りながら、横目で見ていたエリチェーンも微笑んでくれた。

「ふふ。それなら良かった。どの村もあんな感じ。だからすぐ慣れるよ」

 それからの行商もルナは完璧とは言えないが、上出来な働きぶりができた。

 日が沈み始めれば行商を切り上げ、宿駅に泊まる。食事を終えて他の客に迷惑でなければ、テーブルを借りて寝るまでの間、エリチェーンと一緒に文字の読み書きを学んだ。

 宿は事前に聞かされたように床の上に毛布を敷いて寝る形だったが慣れていたし、何より隣にはエリチェーンが居てくれる。寂しいと思ったことはなかった。

 そして――。

「……よし。これで一通り回り終えた。後は帰るだけだよ。よくがんばったね、ルナ。話し方も身についてきたし、馬車の操り方も上手になった」

 あっという間に日が経って、ルナは覚えたての技術で幌馬車を操り帰路に着いていた。

「えへへ……! エリチェーンのおかげにゃの!」

 いくつも村を周り、あれだけ品物が詰まっていた幌馬車の中はすっかり片付いてしまった。

 代わりにエリチェーンの鞄の中には金貨と銀貨がどっさりと入っている。これを街での生活や、行商の商品の購入に使うのだと彼女は言う。

「それじゃ、よく頑張ったルナにこれを渡しておくよ」

 そして彼女は、財布の中から金貨を2枚取り出して手渡してくれた。初めて、ルナは自分のお金を手に入れたのだ。

「わぁ……!」

「財布に入れてきちんと管理するようにね。お金の管理も勉強だ」

「うん!」

 お金の計算もできるようになりたいし、文字の読み書きもまだまだだ。

 街に帰ってからも勉強は続く。けれど、それはルナにとって良い目標であり、心が躍るものだった。

 浮かれた気分でルナは馬車を走らせ続ける。

 しかし街道の片側が森に覆われた場所に差し掛かった時だった。

「ん……ルナ、止めて」

 突然幌馬車を止めるように指示をされた。

「エリチェーン?」

 言われるがまま幌馬車を止め、何事かとエリチェーンを見やるが、彼女は無言で鞄を車内に放り投げる。じゃらりと金属の音が車内に鈍く響いた。

 彼女は森を睨みつけている。その目つきは鋭い。

 ルナも同じように森を凝視してみた。

「……!」

 誰かが森の中に潜んでいる。

 何らかの手段で姿を隠しているようだが、微かに気配を感じた。

「ルナ、馬車を反転。しばらく運転を任せる」

「わ、わかった」

 車内に入り、エリチェーンは弓を構え矢を引き絞り始めたようだった。

「元の道、戻るよ。いーい?」

 馬の聞き分けは驚くほど良くて、ルナでも軽々と馬車を反転することができた。

「っ!?」

 その瞬間だった。嫌な気配を感じてルナは咄嗟に振り返り、その正体を見た。

「クソッ! 逃がすんじゃねぇぞ!!」

 “それ”は馬に乗った人間の男達だった。数は3人。野盗だと直感した。

「できるだけ速さを出すんだ! その子ならきちんと言うことを聞く!」

「う、うんっ! 思いっきり走れっ!」

 手綱を操り、走れと命じる。馬が即座に速度を上げ、ぐんぐんと幌馬車を引っ張り始めた。

 しかしそれでも、幌馬車と馬では速度に差があり過ぎる。このままでは追いつかれるとルナは焦った。

「うおっ!?」

 しかし次に響いたのは男の驚愕の声と馬の嘶きだった。

「う、わ……!?」

 もう一度後ろを振り返ってみれば、男の乗っていた馬に矢が深々と突き刺さっている。

 それはエリチェーンの仕業で、正確に馬の心臓を射抜いていた。

 一頭が力なく倒れ伏し、乗っていた男も地面に叩きつけられた。馬はあれでは即死だろう。

「お、おいどこに行きやがるっ!?」

「言うことを聞けッ!!」

 残る二人も最初のうちはまっすぐこちらを追いかけていたのに、突然馬が暴れだして明後日の方向に走り出した。

 どういうことか全くわからないが、紫色の煙が男達を取り巻いている。おそらくこれもエリチェーンの仕業に違いない。

 更に凄まじいのはこの後だった。

「ぐわっ」

「うおぉっ!!」

 めちゃくちゃに暴れまわる馬二頭を、再びエリチェーンが事も無げに射殺したのだ。残る二人も投げ出されてしまう。

 一射一殺を体現するかのごとく矢を放つ彼女の姿は、余計な力が一つも入っていない、美しいとさえ思える射撃姿勢を保ったままだった。

 がたがたと揺れる車内でだ。

「……すごい……」

「馬には悪いけど、こっちも生活かかってるからね。ルナ、そのまま走らせてさっきの宿駅に逃げ込むよ」

「う、うん!」

 相手が徒歩となれば逃げる目はある。おそらく向こうも深追いはしないだろう。未熟ではあるがフェルパーの戦士として育ってきたからこそ予想できる。

 こんな弓の名手が虎視眈々と機会を伺っているとわかれば、決してその視界に入ろうとは思わない。

「――ということがあってね。撃退はしたのですが」

 その日は予定より早く宿を取って一泊することになったが、エリチェーンは宿でも念を入れていた。その出来事を同じ宿泊客に話したのだ。

 同じ行商人は勿論、戦闘用の装備に身を包んだ連中――彼らは冒険者だと教えてくれた――にもだ。

 冒険者の中には、その話に食いついてくるものもあった。

「捕まえたら賞金でるかなー?」

 桃色のショートヘアに同じ色の瞳を持った人間の女戦士がそうだ。人懐っこく快活そうな顔をした彼女は首を傾げている。

「いやー、無理じゃないかな……。たった3人だし、話を聴く限り素人に毛が生えた程度みたいだし。商人さんには感謝されるだろうけど」

「ちぇー。やっぱ雑魚じゃだめかぁ。ボクもっとぱーっと派手な仕事したーい」

「俺らも駆け出しだから無茶は禁物だよ。少しずつ力付けていかなきゃ、ぱーっと稼ぐ前に死んじゃうだろ?」

 首を傾げた女戦士に答えたのは、亜麻色の癖っ毛に茶色い瞳を持つ、柔和な笑みを携えた弓手の男性だった。ルナより年上のはずだが、その顔立ちはまだ幼く見えた。

 彼は頬をかきながら苦笑している。

「あ、でも王都に帰るんだっけ、商人さん? よかったらどお? アタシ達も王都に帰る途中なんだ。お金はいいからさ、馬車乗せてってくれない?」

 そんな二人を横目に、いたずらっぽく笑ってそう持ちかけてきたのは赤毛のロングヘアに同じ色の瞳を持った人間の女戦士だ。つり目に凛々しい顔立ちは、気が強い相手だとひと目で分かる。

「それは心強い。もちろん構いませんよ」

 エリチェーンはそれを二つ返事で了承してみせていた。

「んじゃ決まり! アンタ達ー、いいわよねー?」

「えっ? あ、あぁ。馬車が使えるなら助かるし。道中の護衛ぐらいはしますよ」

「ボクもさんせー。あっ、自己紹介しとこうよー。ボクはミルローネ! そしてボク達は『太陽の槍』! 覚えといてね!」

 桃色の髪の女戦士が名乗る。

「俺はクリフです。よろしく」

 栗毛の男も名乗り、赤毛の女も続いた。

「アタシはルドリア。こいつらのまとめ役やってるわ。商人さん達は?」

「私はエリチェーン。この子はルナと言います」

「ルニャです! よろしくおねがいします! ……あの、『太陽の槍』って?」

 ミルローネのいう単語にルナは首を傾げた。聞いたことのない名前だったからだ。

 ルドリアが小さく頷いて教えてくれた。

「あぁ、冒険者はね、こうやって自分の集団に名前をつけるのよ。ある程度実力がついたら、冒険者向けの宿屋に旗を飾ってもらったりしてね。それで名を売っていくんだ」

「へぇー……!」

「まだボク達、旗もないけどねー。でもこれからこれから!」

 エリチェーンはあっという間に冒険者と約束を取り付けて、明日以降の道中の安全をこれである程度確保したことになる。

 その手腕も凄まじいと思ったが、ルナはそれ以上に疑問に思うことがあった。

「エリチェーン、あいつらが隠れてるってどうやって気づいたの? ルニャ、じーっと見てにゃんとにゃくおかしいって思ったぐらいにゃんだけど……」

 自分より早く、凝視して辛うじて違和感に気づけたような相手をどうエリチェーンは見つけ出したのか。

 ルナはそこがさっぱり判らなくて、冒険者と一緒の夕食の最中訊いてみると、彼女はすました顔で答えてくれた。

「魔術を使ったんだよ。私はああいう人気のない隠れられる場所では必ず<探知>の魔術を使ってるんだ」

「その魔術を使うとわかるの?」

「ある程度はね。流石に高位の魔術師に隠れられると見破れないけど、あんなチンピラ程度なら私にも看破できる」

「じゃあ、他の馬がいきなり暴れだしたのは?」

 酒のお供のチーズに手を伸ばしかけていた彼女は、手を止めてまた答えてくれた。

「<幻惑の霧>を放った。あれを吸い込むと一時的に混乱させてしまうんだ。動物にはよく効くんだ、あれは」

「お風呂でも聞いたけど、魔術っていろんにゃのがあるんだね」

「魔術はすっごい便利だよー。ルドリアは魔術のお陰で普通じゃ持てないような重たい盾を持てたりできるし、ボクは素早く動けるし、クリフは遠いところまで見渡せる!」

 ルナは自分も魔術を覚えたいと思った。

「それって、どうやったら覚えられますか?」

 思い切って<太陽の槍>の面々に訪ねてみると、その質問にはルドリアが答えてくれた。

「目当ての魔術について書かれた写本を読むことね。魔術の習得は読んで、覚えて、使って、鍛える。この繰り返し。とはいえアタシ達は専門家じゃないから、その気があるなら魔術師ギルドでしっかり訊くといいわよ」

「読む……」

 まだ読み書きをマスターしたとはいえない。魔術の習得は先が長そうだとルナは耳と尻尾を垂れ下げる。

「焦らず行こう、ルナ。それにあの時、ルナがきちんと指示通り馬車を動かしたから逃げ切れたんだよ?」

「う、うん! ……でも、エリチェーンの弓もすごかった。あんにゃに正確に矢をはにゃつ人、初めて見たもん」

「貴女も弓を使われるんですか? クロスボウではなく?」

 弓の腕前について触れると、今度はクリフが食いついてきた。彼の武器もエリチェーンと同じだから、興味があったのだろう。

「嗜む程度ですよ。訳あって使い慣れてるんです」

「あんまり弓を使う人がいないから、なんか嬉しいですね。俺も使い慣れてるからずっと使ってるんだけど……」

「<飛来物の防御>や<飛来物の阻止>があるから、両手弓は対人戦闘では不向きだと言われていますね。私もたしかにその通りだと思う。あれを使われると手も足も出ない」

「はは……。二人にもよく言われるんですが、あの威力はやっぱり両手弓じゃなきゃ出せませんからね。俺はその手の防御を<反魔術>で打ち消す形で対抗したいところです」

「うん、それがいい。それに獣相手ならこれほど頼れる武器もそう無いですからね。私は両手弓、欠点も多いけど好きだな」

 弓の使い手同士、通じるものがあったらしい。何を話しているかはさっぱりだが、クリフと弓談義をしているエリチェーンは心なしか楽しそうに見えた。

 その夜は『太陽の槍』の面々と親交を深め、彼らと一緒にぐっすりと眠った。

 明けて翌日、冒険者3人を乗せて再び幌馬車を走らせる。

 道中エリチェーンが仕留めた馬の死体が転がってこそいたものの、もう野盗は近辺に潜んでは居ないらしかった。

「……全部心臓を射抜かれてる」

「そうでもしないと止まらなかったからね。馬には悪いことをした」

 クリフは死体の状況に驚愕していたが、それを成し遂げた本人は矢を回収してからのんびりと幌馬車を走らせているだけだ。

「(嗜む程度って……絶対嘘だと思うにゃ)」

 自分の故郷でも弓矢を使うフェルパーは居た。だが、彼女のような名手は見たことがない。

 彼女より長く弓を使っているフェルパーだってあんな正確な射撃ができたのを見たことがなかったのだ。

 一体どれだけの訓練を積み重ねてきたのか、ルナには想像がつかなかった。

 ――それからの道中は安全なもので、野盗に出くわすこともなかった。

 雑談を交わしながら、宿駅を中継しながらの気楽な帰還もいよいよ終わりを迎えようとしている。

 5人で取る朝食も、今日で最後だ。

「今日中には王都に到着するね。『太陽の槍』のみなさんもありがとうございました」

「どーいたしましてー! お陰で楽できたし、お話も楽しかったよ! また二人とは会いたいなぁ」

「ルニャも! またきっと、会おうね!」

 ミルローネは名残惜しんでいるが、商人と冒険者では住む世界が違う。彼らはまた新しい仕事を請けて何処かに行くのだ。

 同じ村を定期的に回る行商人とでは、偶然の再開に期待するしか無い。

「俺達、しばらくはこの近辺の仕事をやっていくつもりですから。また会えると思いますよ、きっと。その時はよろしくお願いします」

「辺鄙な村が抱えてる問題とか、駆け出ししかやらないからね。行商人とは案外鉢合わせするかもしれないわね」

 クリフもルドリアも、再会を期待して微笑んでいる。

 きっと会えるはずだと、ルナも惜しむ気持ちを押さえ込んだ。

「――すみません!」

 声をかけられたのはそんな時だった。

「んぅ? ……どにゃた?」

 見ればそこには一人のハーピーが立っている。インクのように黒い髪と体毛に赤い目を持ち、背格好はルナと同じぐらいだ。

 継ぎ接ぎの服はところどころ土で汚れていて、この近所の村娘だろうと見当がついた。

「何か御用ですか?」

 エリチェーンの問いに娘は答えた。

「あの、冒険者の方達……ですか?」

「いや、私とこの子は商人です。こちらの3人がそうですよ」

「そうだよー! ボク達3人揃って『太陽の槍』! よろしく! 何か依頼かな!?」

 ミルローネがテーブルに身を乗り出して娘に訊くと、娘は申し訳なさそうに俯いて言った。

「あの……ごめんなさい。満足行く報酬がお支払いできないのですが……。頼れる人が他に居なくて」

「とりあえず掛けなよ。話を聞かせてもらえるかしら?」

 ルドリアに促され、娘は椅子に腰掛ける。

「えっと……わたし、ラフィっていいます。すぐそこの『アルム村』に住んでいます」

 席に着いた彼女はそう自分を紹介すると、落ち着かない様子で自分の膝の上で拳を握りしめ、俯き気味に視線をあちこちに移している。

「実は……」 

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