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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

犬とカナリア

カナリアのお仕事

作者: 香夜

『犬とカナリア』続編です。

 この前もらった彼の言葉があんまりきれいだったから、最近の僕は機嫌がいい。

 いつもならおざなりな衣装合わせや撮影でもにこにこしてたら、橘さんに怒られてしまった。

 商品イメージ壊さないで下さいよ、だって。

 僕は世間じゃ「笑わない」「話さない」「動かない」お人形さんみたいだってことになってる。PVでも鳥籠の中に座るとか宝石箱の中に入ってるとかかなりファンタジーだ。

 僕、普通の人間なんだけどって言ったら呆れられた。

「あんな声で歌っといてそれですか。これだからあなたは……。せめてプロとして体調管理くらいしてくださいよ?」

「大丈夫ですよー」

「緊張感! 持ってくださいよ! もうすぐテレビ出演もあるっていうのに」

「だって橘さん。収録って彼も見に来るんだよ」あの引きこもりの彼が、珍しく。

「それが逆に心配なんです。冷静に歌えるんでしょうね」

 橘さんは彼がどれだけ僕をハマらせるかよくわかってるからなぁ。

 大丈夫大丈夫。許可はちゃんと取り付けたから!

 橘さんの顔がひきつった。

「飼い主公認の暴走ですか」うん、そこ恋人公認って言って欲しかった。

「橘さん、僕の歌好きでしょ?」

「好きです」

「じゃあいいよね」

 この溜め息は……あきれたって感じ? それで渋々おっけーです、だね。




 謎多きシンガー「ことり」初のテレビ出演、なんて大袈裟な中吊り公告を眺めて、あっという間に彼の最寄り駅に到着。僕は彼の家まで走っていった。

「……何してんだ」

「え? 走ってきた!」

 いきなり鼻を摘ままれた。

「薄着で出歩くなバカ」

「ひょ」ひどい。相変わらずの乱暴者だ。横暴だ。好きだけど。

 彼は大きな溜め息を吐きながら僕を部屋に引っ張りこんだ。

「さむ……」

 そりゃあ半袖だもんね。

 引きこもりな彼は季節を感じる機会がめったにない。でも詞は、うーん春っぽいのかな。すごくやさしい。見た目に反して。

「ちゃんと見に来てね」

「わかったっつってんだろ。しつけーな」

 と、言いつつ彼がベッドに寝転がる。

「……収録、今日だよ?」

「……」

 起き上がる。

「ねえ」

「……」

「忘れてたでしょ」

「……るせぇ」

 僕はソファのクッションに顔を埋めてくすくす笑った。

 クローゼットからトレーナーを引っ張り出す背中が丸くて可愛かったので、僕はゆっくり乗っかってみた。

「重い?」

「うざい」

僕を落とさないように前屈みで立ち上がってくれるとことか、耳元でキスしたら頭ぐしゃぐしゃにかき混ぜてくれるとことか、好きだなあと僕は思う。

 ねえ僕のこと好きでしょって聞いたら「お前それどこでも言うのやめろ」ふて腐れた声が返ってきた。橘さんのことかな? ヤキモチ焼く彼も可愛い。




 現場についても僕はやっぱり上機嫌で、彼の袖を握ったまま出番を待っていた。

「今日は君のために歌うね」

「……そうじゃねぇ場合があったのか?」

「ないけど、何か言ってみたかった。かっこよくない?」

 無視ですか。別にいいけど。覚えてろよ。

 橘さんが呼びに来た。

 行かなきゃと思って袖を放したら、彼は面白くなさそうに「歌ってこい」とつぶやいた。

 僕は微笑んで頬っぺたにキスする。橘さんは礼儀正しく目をそらしてくれた。

「聴いててね」

「……ああ」

 一瞬和むこの瞳が大好き。僕は鼻歌まじりで収録に入った。




 カツラつけてヴェール被って、だぼっとしたトップスに透けたスカートはあいつの性別をぼやけさせる。

 橘さんいわく「お人形さんのルームウェア」を目指した衣装だ。

 今日のテーマは「ことり」の素顔。

 定番と初披露の新曲を撮って短いコメント…はキャラ的にNG。「ありがとうございました」のカンペを持つ。そのどこらへんが素かと言えば、あの「ことり」が感情剥き出しの上機嫌で歌うってところだ。

 

 スポットライトを浴びるあいつはヴェールのせいで口元しか見えない。

 毒りんごみたいに不自然な赤。

 大きく息を吸う。

 それだけで、ここはもうあいつの世界だ。


 ほとんど棒立ちなのに思いっきり自由に飛んでく。高く、高く。

 だけどここに戻ってくる自信が俺にはある。

 あの羽は俺のものだから。

 今はただ空を見つめて、あいつの帰りを待ってる。

 また言葉を欲しがって寄ってくる、小さな歌の王様を。




 彼の言葉がスタジオ中にきらきら光って響いてる。

 皆が夢中になってるのがわかるから、僕は嬉しくて歌いながら笑った。

 カメラの向こうで誰かが息を呑む。だめだよ。静かにして。彼のための歌を邪魔しないで。僕は手を伸ばして視線を遮る。


 音が消える。

 あるのは僕の声だけ。


 大好きな彼の大好きな言葉を思いっきり響かせたら、余韻が消えるまで随分時間がかかってカットの合図が遠かった。

 橘さんまだ? って顔を向けたら、いつものしょうがないなって苦笑いで頷かれる。僕は走り出した。




「ただいま!」

「……おかえり」

 彼の低い声が僕に浸透していく。

 今日の歌はどうだったかなよかったかなって僕は彼を見上げた。あ、目そらすなんてずるいよ!

 橘さんが寄ってきて、お疲れ様でしたと僕らの背を押す。

「帰っていいの?」

「はい。……コメント撮り、先に終わらせておいて正解でしたね。さすがです」

 僕らは揃ってスタジオを後にする。

 帰りつくまでには絶対はっきり聞き出さなきゃ。

 意気込んで見上げたらばっちり目があって

「見とれた?」

「……ばーか」

 目もとが赤いのをちゃんと見た。

 僕はくすくす笑いながら、早足の彼を追いかける。


 そういうとこも好きだよ、と彼の耳に届けるために。

ありがとうございました。

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