第八話
ファミリーレストランの出入り口で見荻野と別れた二人が徒歩で銚子駅にたどり着いた時は、午後六時を過ぎていた。特急しおさいには、かろうじて最終の十六号に間に合ったが、新宿駅行きなので、東京駅を目指す二人は錦糸町駅で乗り換える必要がある。既に指定席は売り切れていたが、全九両のうち七両ある自由席は比較的空席があり、心身ともに疲弊しきった二人はゆっくりと座りながら帰る事が出来た。
午後六時四十分、列車は定時に銚子駅を出発した。夕刻の銚子の町並みを窓越しに眺め続ける二人は、互いの空間を支配する気まずい沈黙から逃れられないでいた。意を決した様子の七尾一朗がようやく口を開いたのは、既に佐倉を過ぎて総武本線が複線になってからだった。
「あの…」
「…え?」
「今日はすまなかった。こんな事に小出君を巻き込んでしまって…」
「…別に七尾さんのせいじゃありません。本当に七尾さんが犯人でなければですけど。そうでしょ?」
「………」
「それに、どういう理由かまだ分かりませんけど、あの紙袋はあたしが鍵を管理している部屋に置かれていました。責任の一端はあたしにもあります。」
ため息をつくだけの間があった後、今度は小出貴美恵が口火を切った。
「それにしても、犯人の目的は一体何なのでしょうか? 緋賀…でしたっけ。その男を殺して罪を七尾さんになすりつけるというのが、今考えられる一番自然な状況だと思いますけど、そこまで七尾さんを陥れる理由が分かりません。何かよほど七尾さんに恨みがあるんでしょうか。」
「思い当たるフシは無いな。まあ、生きていれば恨みのひとつやふたつは買ってるかも知れないが…」
そこまで言いかけた七尾一朗は、隣席の小出貴美恵が顔をしかめながら、自分の手で側頭部と耳の下あたりをさすっている事に気がついた。
「大丈夫か? やっぱり大分疲れている様だけど。」
「いえ、大丈夫です…あの、それと…もうひとつ訊いていいですか?」
「ん? ああ、答えられる事なら…」
「七尾さん、『銚子』というキーワードに、本当に心当たりは無いんですか?」
「…何故?」
「何故って、あの見荻野警部補にそう問いかけられた時、七尾さんの様子が少しおかしいと思ったからです。それと今思い返してみると、部室であたしが『それは銚子電鉄の駅名だ』と言った時、銚子という地名に何かひっかかった様な…」
「………」
「訊いてはいけない話でしたか?」
「いや、構わない。ただ今回の事件と関係があるとは思えないし、むしろ余計な事を言って相手に迷惑をかけるのもどうかと思うから言わなかった。」
「相手?」
「汐見亜矢…俺や高宮浩子と一緒にミステリー研究部に在籍していた同期生でね。ある事情で一年生の夏に中退したんだけど、その汐見が銚子生まれだったんだ。」
七尾の顔に浮かんだ、今まで見た事も無い寂しげな表情に、小出貴美恵は目をそむけたい事実の存在を認めざるを得なかった。
「その…汐見さんというのはもしかして…七尾さんの…?」
「恋人だ…いや、恋人だった。」
反対側から来た佐倉方面行きの列車としおさい十六号がすれちがったのはその時だった。二五五系車両内の音場と気圧が微妙に変化し、対向列車の車内からもれる照明が二人の表情にざわめく様ないろどりを加えた。