第六話
「犯人はお前だろう!」
発見者として通報した警察に連行され、訳も分からないまま地元警察の取調べ室に案内された七尾一朗に対する中年の刑事の最初のひと言がそれだった。
「どういう意味ですか?」
「どうもこうもあるか。大体あんな場所に死体が埋まってるなんて、殺した本人でなかったらどうやって分かるっていうんだ。」
「だからそれは、さっき現場で説明した通り、ビーコンの受信機を使って探せという手紙が…」
「そんなヨタ話を信じると思ってるのか。ビーコンだあ? ヒントにしたのは映画か、それともバラエティー番組か?」
「知りませんよ。そんなのは作ったやつに訊いて下さい。」
「いいか、問題は極めて簡単だ。これは紛れもなく殺人事件で、殺人というのは誰かが誰かを殺して初めて成立する犯罪だ。殺された人間がいる以上、一番近くにいた人間がまず容疑者として疑われる。そしてそれは多くの場合、正しい結論に至るんだよ。」
ムチャクチャだ…日ごろ嫌悪している種類の論法を浴びせられた七尾は吐き気を感じ、これでこの刑事が希望している内容を自供しなかったら、今度は肉親の名前を書いた紙でも踏ませるつもりかと殺伐とした気分に陥った。取り調べは尚も続いたが、警察も確信がある訳では無い様子で、何ら生産性のない堂々巡りが夕刻まで続いた。もう指定席が確保された十六時三八分発の『しおさい十四号』は出発したな。もっとも切符は証拠物件として押収されるだろうから、どっちにしても使えないか…と七尾一朗が心の中で舌打ちした瞬間、取調室に別の男が入ってきた。七尾一朗の目の前でがなりたてていた中年の刑事より若いが、身なりも物腰もこちらの方がはるかにしっかりした感じであり、美形とまでは言い難いが、端整と形容出来る容貌の持ち主だった。その男が刑事に二言三言耳打ちすると、刑事は表情を目まぐるしく変え、最後に『不本意』の三文字を顔に書いた様な表情に収まった。
「七尾、釈放だ。」
予期していなかった事態がいきなり目の前で展開した七尾一朗は、数瞬ほど自失の時間を必要としたが、新たに取調室に入ってきた男にうながされて自分を取り戻し、取調室を後にした。廊下を渡って面会者の待合室まで案内された七尾一朗は、そこによく見知った顔の女性がいる事を知り、ささくれだった精神状態がようやく癒される気分を感じた。
「七尾さん。」
「…随分長い間会ってない様な気がするけど、元気だった?」
無言でうなずいた小出貴美恵の笑顔の要素は、その半分近くが自分に対する気遣いだと察せられた。
「君は取り調べは受けなかったのか?」
「ええ、婦人警官の人に幾つか質問されたけど、それで終わりです。」
「それは良かった…というか、何故俺だけあんな目に遭わなきゃならなかったんだ?」
「手紙の宛て先が君だったからな。とりあえずは仕方ないだろう。」
それまで黙って背後に立っていた先ほどの男が、唐突に会話に割り込んできた。割り込まれた二人が怪訝そうな表情で視線を向けると、男は小さく咳払いをしてから懐から警察手帳を取り出して二人に示した。
「順番が逆になったが自己紹介をしておく。警視庁刑事部捜査第一課所属、見荻野勝彦警部補だ。」
ひと呼吸置いた後、見荻野勝彦と名乗った男は微かな笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「小説はいつも読ませて貰ってるよ、七尾先生。」
「………」
「とにかくここから出よう。地下の駐車場に車を用意してあるから急いでくれ。くれぐれも玄関には近づかない様に。」
「何故ですか?」
「玄関を取り囲んでいる百名近いマスコミの相手はしたくないだろう?」