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第四話

 元々男女三人が泊まるという予約だったため、部屋は三〜四人用が二部屋用意されていた。二人は別々の部屋に通され、夕食も各自の部屋に運ばれたため、広い部屋の真ん中で一人座って高級海鮮料理をついばむはめとなった。

 自分自身の姿が傍からどう見えるかを想像した小出貴美恵は、先ほど着替えたホテル備え付けの浴衣の襟元を直しながら、居心地の悪さに辟易した表情を浮かべた。部屋の入り口に設置されたチャイムが鳴ったのはその時だった。

「どなたですか?」ドア越しに尋ねた小出貴美恵の耳に、半ば予期した声が届いた。

「俺だよ。ちょっといい?」

「え、七尾さん…ちょ、ちょっと待ってください。」

 洗面台に行って一瞬だけ鏡を見てから、小出貴美恵はドアを開けた。手にパンフレットの様な紙片を持った七尾一朗が、先ほどより何となく確固とした印象を受けるような態度で立っていた。

「あ、あの、何でしょうか?」

「聞いて欲しい事があるんだけど、入っていいかな?」

「え…は、はい、どうぞ。」

 微かに上ずった声でそう返答しながら、小出貴美恵は七尾一朗を部屋に招きいれた。中央のテーブルはまだ夕食の料理が片付けられていないため、窓際に置かれた椅子に座る様に勧めた。

「えーと、日本茶でいいですか。それとも冷蔵庫からビールでも…」

「いや、構わないでくれ。それよりも大事な話があるんだ。そこにかけて。」

 向かい合わせに置かれた椅子を指差しながら、七尾一朗はやや急いた口調で言った。戸惑いの表情を浮かべながら、小出貴美恵は言われた通りに着席した。浴衣の襟元や裾が乱れていないかを気にしながら、小出貴美恵は七尾一朗が何を言い出すのかを待った。

「実はこのヒントだけど、ある事に気がついたんだ。」

 七尾一朗は、二人の間に置かれたテーブルに、例の手紙を置いた。

「今日、灯台を除く二箇所に行って指定された時刻で待っていた。だが空振りに終わった…おそらく君の言う通り、何か別の解き方があると思って色々と考えてみたんだ。すると、このヒントの中に感じていた不自然さが、実は解き方を教えてくれていた事に気がついた。」

 七尾一朗の言葉は確信に満ちていた…少なくとも小出貴美恵にはそう思えた。

「不自然と感じたのは二点。まず、何故三箇所も場所が書かれているのか。そしてこの時刻には何故『午前』/『午後』という指定がなされていないのか。」

「七尾さんは、場所が複数あるのはおかしい、というのは最初から言ってましたね。」

「ああ。それと時刻だが、俺は銚子電鉄や犬吠崎灯台の営業時間から一時と五時が午後、十時は午前だと決め付けていた…だが、そうでは無いとしたら?」

「………?」

「つまり、この『一時/五時/十時』には『午前/午後』が『書かれていない』のではなく、そんな『分類』は初めから存在しないんじゃないかという事だよ。『一時/五時/十時』という言い方だけど『時刻』では無いもの…」

 一旦言葉を切った七尾一朗の視線の先に、何かに気がついた表情を浮かべた小出貴美恵がいた。

「方向…」

 七尾一朗はやや大げさに首肯し、手に持っていたパンフレット状の紙をテーブルに広げた。それは犬吠埼灯台の周辺地図だった。ただし、観光案内パンフレットによく使用されている略図ではなく、正確な地理が把握出来るタイプのものだった。

「今しがたフロント横の売店に行って買ってきたんだが、これを使って確認してみよう。まず、犬吠駅を基点にして一時の方向…つまり右斜め上に直線を引いてみる。」

 七尾一朗は、テーブルに置かれていたメモ用紙のフォルダを定規代わりにして、フォルダにささっていた鉛筆で直線を引いた。そして次に君ヶ浜駅を基点に五時の方向…つまり右斜め下に。そして最後に犬吠埼灯台を基点に十時の方向…つまり左方向やや上向きに直線を引いた。すると三つの直線が、地図上の一範囲に集中した。

「あ!」

「という訳だ。多少の誤差はあるけど、おそらくこれが解答だろう。」

「銚子電鉄線と千葉県道二五四号線に挟まれた、君ヶ浜しおさい公園の林…この付近に何かがあるという訳ですか。」

「明日の朝、チェックアウトしてから調べに行こう。午前七時には朝食バイキングが開くから、食事を済ませて午前八時に玄関に集合。じゃあ、おやすみ。」

「え? あ、あの…」

「ん、何か言い忘れたかな?」

「いえ…何でもありません。」

「今夜はちゃんと休んでおいてくれ。地図上ではごく狭い範囲だけど、この方向自体がかなりアバウトだから、現場では結構広い範囲を探しまわる事になるだろうしね。」

 七尾一朗が退室した後、小出貴美恵は大きくため息を突き、それから多少ふてくされた表情で冷蔵庫を開け、近所のコンビニに行って買った方が遥かに割安だと承知しているビールとウイスキーの小瓶を取り出した。そして椅子に座りなおしてから、コップに半分程ビールを注ぎ、そこにウイスキーをつぎ足すと、あおる様に飲み干した。

「あたしだってはっきりと意思表示はしてないわよ…でもさ、旅先のホテルの部屋で若い女と二人きりになって、何も反応しないってどういう事よ。」

 ひとしきり怒鳴りちらした後、小出貴美恵は部屋の窓に視線を向けた。夜の海が外に広がる窓には、灯りに照らされた室内が写っており、最近流行のグラビアアイドルの中で顔だちの整った何人かを混ぜあわせて上品に仕上げた様な…言い換えると美人だがやや個性に乏しい…顔が見つめ返していた。

「…これでも、ちょっとは自信あるんだけどな…やっぱり七尾さんに問題があるのかな…そういえば、高宮先輩が言ってた『恋愛に対する不信』て何だろう。やっぱり無理にでも訊いてみようかな…」

 携帯電話を取り出した小出貴美恵は、高宮浩子に電話をかけた。だが「貴女がおかけになった電話番号は、電源がオフになっているか、電波がとどかない場所に…」という音声メッセージが流れると、再び大きなため息をつき、二杯目のビールをグラスに注いだ。

「まあ、今日はいいか…明日、プレゼントがみつかれば七尾さんも気分が盛り上がってるだろうし、そうなったら思い切って告げてみよう。それで『ゴメンナサイ』って言われたら、もう諦めるしか無いわね…」

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