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第三話

 翌日…七尾一朗と小出貴美恵の二人が、送られて来た指定席特急券を使って『しおさい三号』でJR銚子駅に到着したのは、昼少し前の事だった。進行方向一番左のホームに降り立った二人は、初めて来た銚子駅の構造が分からず、困惑した様子で周囲を見回した。

「さて、ここから銚子電鉄に乗るには、どうしたらいいんだろう?」

「そうですね、乗り場というか銚子電鉄の駅がどこにあるのかよく分からないんですけど…とりあえず改札口に行ってみませんか。」

 車両編成前方付近の改札口まで来た二人は、進行方向右側の有人改札口にいた駅員に銚子電鉄の乗り場の所在を尋ねた。

「ああ、それならこの改札を出ないで、あの高架を渡って隣のホームに行って下さい。」

「え、あっちのホームに銚子電鉄が来るんですか?」

「いえ、ホームが銚子電鉄の乗り場と繋がってるんですよ。高架を降りたら先端に向かって進んでください。」

 もうひとつ要領を得ない二人は言われるまま高架を渡り、隣のホームに降り立って先端に向かった。二人はそこでようやく銚子電鉄の駅舎と対面した。とんがり屋根とアーチ型の出入り口が印象的なこの建物のデザインは、利便性や合理性とは異なる思考原理の元に生み出されたに違いない…それが二人が得た共通認識だった。駅舎の向こう側には車両が一両停車していた。明るい青に色々な絵が描かれた車両で、先頭部に一〇〇一という番号が記されていた。

「七尾さん。あれ、確かどこかのゲーム会社が宣伝契約をしてラッピングしたっていう車両ですよ。これ乗りたかったんだ。」

「だけど、切符はどこで買うんだ? 駅舎の窓口は閉まってるし。」

 戸惑った様子でそう呟いた七尾一朗だったが、車両のドア付近にいる乗務員らしい人物が自分達を手招きしている事に気がついた。招かれるまま車両に近づいた二人は、その乗務員が切符の販売係も兼ねている事を知った。一人六二〇円の一日乗車券を買って一〇〇一に乗り込んだ二人は、空いた席に座って小さくため息を突いた。

「さて、とりあえず銚子電鉄に乗る所までは来たけど、これからどうするかだな。」

「そうですね。とりあえずは手紙に書かれた駅から調べてみませんか?」

「君ヶ浜駅と犬吠駅か…それにしてもなぜ二箇所…いや、灯台を含めて三箇所なんだろう。それに、各場所に付記されたこの時刻は何を意味してるんだ?」

「とりあえず思い付いた事なんですけど…」

 隣に座って手紙を覗き込んでいた小出貴美恵が、それほど自信は無い様子で意見を述べ始めた。

「その時刻にその場所にいると、発信機を持った誰かが通りかかって、あたしたちがその人を特定すると正解と認められてプレゼントを渡してくれる、というのはどうですか?」

「なるほど、理屈としては成立するな。ただ、俺の小説の伏線作りを批判するようなやつにしては、少し安易な設定だと思うんだけど。」

「まあ、確かにそれは言えますね…」

 やや消沈した様子の小出貴美恵に対し、七尾一朗はさらに意見をつなげた。

「でもまあ、他にいいアイディアも無いし、とりあえず時刻が一番近い犬吠駅に行ってみよう。何も起きなければ、そこで改めて考えればいい。」

 そう結論した瞬間に車両のドアが閉まり、一〇〇一はゆっくりと動き始めた。都心の通勤列車には無い独特の横揺れを感じながら、二人は初めて見る銚子電鉄沿線の風景を満喫した。十七分後、一〇〇一は犬吠駅に到着した。進行方向に向かって左側のドアからホームに降り立った二人は、改札口を通って駅舎に入った。出入り口に向かって右側に売店があり、色々な種類のぬれ煎餅の袋が積み上げられていた。

「あ、ここで売ってるんですね。えーと、いくつ買えばいいのかな…」

「今買うのか? そんなにたくさん買うと荷物になるだろう。」

「そうなんですけど、聞いた話だと売り切れてて買えない時があるんですよ。買い逃すのだけは避けたいですからね。」

「やれやれ…」

 購入した濡れ煎餅の量は、二人の両手が塞がる程のものだった。さすがにこの状態では動きが取れないという判断から店で宅配便を手配してもらい、伝票を書いて荷物を預けた。駅の近くにあるレストランで昼食を摂り、再び犬吠駅の駅前広場に戻った時、時計は午後一時五分前を示していた。ビーコンの受信機を荷物から出した七尾一朗は、縁にある電源スイッチをオンにした。

「あと五分か。果たしてどうなるかな…」

「七尾さん、一枚いかがですか?」

 振り向くと、小出貴美恵が手に持ったぬれ煎餅を差し出していた。透明な袋では無く紙に半分包まれていて、微かに湯気が立っている。

「これ、焼きたてなんです。ちょうど今売店で焼いてたんですよ。一旦さめた濡れ煎餅には無い独特の味わいがあるんですけど、当然ながら現地でしか食べられないんです。」

「今しがた昼食を済ませたばかりなのに、また煎餅? 何か凄いね…」

「えー、お菓子は別腹ですよお。」

「あ、そう…」

 肩をすくめた様子ながら、七尾一朗は焼きたての濡れ煎餅を口にした。

「…うまい。」

「ですよねえ。この食感はちょっと他には無いと思いませんか。あー、やっぱり来て良かった。」

 時計が一時を指したのはその時だった。七尾一朗が腕時計を小出貴美恵に示すと、小出貴美恵も煎餅をほおばりながら無言でうなずき、ともにビーコンの受信機をじっと見つめ続けた。

「………何も入って来ませんね…」

「うん…」

 さらに数分間、二人は何かを聞き逃すまいとした。機械が正常に動いているかどうかを疑い、電源のスイッチを何度かオン/オフにしてみたが、やはり受信機からは何も聞こえなかった。さらに四時間後、午後五時になって君ヶ浜駅でも試してみたが、結果は同じだった。

「だめか…」

「そうですね。やはり何か別の解き方が必要なのかも知れません。」

「とは言っても、どう解けばいいのか…とにかく、午後十時になったら犬吠埼灯台に行ってみよう。」

 その提案にうなずいた小出貴美恵は、しかし不意に怪訝そうな表情を浮かべた。

「そういえば、午後十時って灯台のところに行けるんですかね? いくら何でも観光の時刻としては少し遅いと思うんですけど。」

「ああ、そういえば…一旦犬吠まで戻ってパンフレットでも探してみるか。」

 次に来た外川行きに乗って犬吠駅まで戻った二人は、駅の案内所で手に入るパンフレットの中から、近辺の観光スポット案内を見つけ、犬吠埼灯台の概要を調べてみた。

「あった。これによると…いわゆる営業時刻というのは、午前八時半から午後四時までだな。」

「営業時刻?」

「ようするに、その間は灯台に昇ったり敷地内の資料館に入ったりする事が出来るという事だ。まあ、確かに夜間じゃ昇っても景色を楽しめるとは思えないし、第一いくら何でも物騒だしな。」

「という事は、やはり午後十時に行っても見込みはなさそうですね。」

「そうだな。犬吠駅や君ヶ浜駅と同じく空振りしそうな予感がする…仮に行くとしても、明日の午前十時の方がいいだろうし…」

 そう呟いた後、七尾一朗はパンフレットを見つめながらしばし思いを巡らせる様な表情を浮かべていたが、やがて小さくかぶりを振った。

「今日はもうホテルにチェックインしよう。歩き回って疲れたし、鋭気を養ってからもう一度考え直した方がよさそうだ。」

「はい、あたしもその案に賛成です…あの…」

「ん、何?」

「…いいホテルみたいですから、泊まるのが楽しみだったんですよ。」

「そうらしいな。天然温泉もあるみたいだし。」

「温泉…そうですね。大浴場でゆっくりすれば疲れも取れると思います。」

「…ああ、そうだな…」

 どことなくかみ合わない会話を交わした後、二人は犬吠駅から海に向かって歩き、数分ほど先にある海岸沿いのホテルにチェックインした。

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