第二話
「…という訳なんだけど、みんなどうする?」
七尾一朗と小出貴美恵を含めて総勢六名の部員が一堂に会したのは、それから二十分後の事だった。後から到着した男女各二名の部員たちは、興味だけは間違いなく感じている態度を表していたものの、返答の内容は別だった。
「行きたいんですけど、実は俺、今夜からバイトなんですよ。シフトが決まってるんで、キャンセルのしようが無いんです。」
「あたしも、明日には北海道に帰省するんで…」
一年生の幹啓治と二年生の滝沢雅美は、無念そうな面持ちでそう言った。しかし四年生の高宮浩子は、どちらかといえば余裕を感じる様な態度だった。
「悪いけど、あたしと二宮くんもバイトの予定があるからパスさせてもらうわ。」
「え?」
隣に座っていた三年生の二宮和之が、驚いたような表情で高宮浩子に振り向いた。
「え、じゃ無いでしょ。あんた昨日の打ち合わせを覚えてないの?」
他の人には気が付かれない程度の目くばせをされた二宮和之は、数瞬の戸惑いを浮かべた後、不意に何かを思い出した様な表情になった。
「あ…ああ、そうでした。すみません、忘れてました。」
頭を掻きながら取り繕う様に追従した二宮和之の様子に、七尾一朗も小出貴美恵もやや不審の面持ちを浮かべたが、それ以上の追及は行われなかった。
「そうか、じゃあ仕方無いな。俺と小出君だけで行ってくるよ。まあ、おそらく大した問題は無いと思うが、それでも何かあった場合は後で報告する。」
部会が終了して七尾が退室した後、高宮浩子は小出貴美恵に近づき、小声で囁いた。
「まったく、二宮も気が利かないわよね。あの程度の洞察力と判断力で、よくミステリー研究部なんかに在籍してると思うわ。」
「…それじゃ高宮先輩、もしかして…」
「貴女が七尾の事をどう想ってるかぐらい、部員はみんな気がついてるわよ。おそらく七尾以外はね。」
薄く塗られたファンデーションに覆われた頬の温度が僅かに上昇する事を自覚した小出貴美恵は、返答しようが無い様子で、今さら分析の必要も無さそうな部室の建築構造を確認する様に、視線をそこらじゅうにさ迷わせた。
「あたし達四年生は、もう来年の春には卒業する。気持ちを伝える時間は、それほど残されてないわよ。」
「で、でも…七尾さんは、あたしの事なんか眼中に無いみたいです…今回だって、平気で二人で行くなんて言ってるのは、おそらくあたしとどうにかなる、なんて思ってもいないからじゃないですか?」
「仮にそうだとしても…いえ、そうだとしたら尚さら今回の旅行で状況を変えるべきなんじゃないの?」
「………」
「しっかりしなさいよ。あたしが見たところ、七尾は貴女が眼中に無いなんて事は決して無い。ただ彼は恋愛そのものに少し不信を抱いているから、貴女と友達以上の関係になるのを無意識の内に避けているだけの事。」
「不信?」
高宮浩子が使った言葉のひとつが、小出貴美恵の聴覚に絡みついた。問い返された高宮浩子も僅かに渋面を作った。
「いえ、それはあたしが言う事では無いわね…とにかく、もし貴女が本当に七尾の事を想っているのなら、貴女の方から迫らないと可能性は限りなく低いと思うわ。」
「で、でも、あたしは…」
「まあ、あくまでも極論だけど、そこまで考えておいた方がいいって事。よく覚えておいて。あ、それともうひとつ…」
「はい?」
「お土産の濡れ煎餅は忘れないでよ。こっちじゃなかなか買えないんだから。」