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第十七話

「左菜海蓮司と甲田麻砂鬼が殺し合った現場で発見された凶器ですが、詳しく調べた結果、不審な点が浮かんで来ました。」

 テーブルに置かれた二本の出刃包丁を指差しながら、猪野は多田倉に説明を始めた。

「まず、甲田麻砂鬼が使ったと思われるこちらの包丁の柄の部分から、甲田麻砂鬼自身の指紋と掌文が検出されました。ところが、その指紋と掌文の付き方が不自然なのです。」

「不自然?」

「包丁を握って人を襲う場合、かなり強い力で握り締めなければ落したり刃先がブレたりします。今回の場合はかなり長い間争いが続き、お互いを何度も刺したり斬り裂いたりしていますから、その間は全力で握り締めているでしょうし、場合によっては握りなおす筈です。事実、左菜海蓮司が使ったこちらの包丁は、そういう握り方をしていた事を示す指紋が検出されました…ところが、甲田麻砂鬼が使ったと思われる方の包丁は、一度だけ軽く握った程度の指紋しか検出されませんでした。」

「…となると、どういうケースが考えられる?」

「考えられるケースは、甲田が死ぬか包丁を落した後、誰かがそれを手にとったというものです。血のりは拭き取られていませんから、誰かが自分の指紋を付けない様に手袋をするか、或いは紙か布で柄を包んで握ったのでしょう。甲田が強く握っていた時の指紋はそれで消えたと考えられます。そして、その痕跡を消すためにもう一度甲田に握らせた。しかしその時の甲田には強く握り締める様な握力は無く、申し訳程度の指紋しか付かなかった…」

「ちょっと待ってくれ。」

 多田倉が微かに感情を高ぶらせた口調で説明に割って入った。

「あの場面で、あの部屋には左菜海夫妻と甲田しかいなかった。一体だれがそんな事をしたというんだ?」

「甲田でなければ、左菜海夫妻のどちらかという事になるでしょうね。しかもお互いを傷つけあった以上、甲田が死んだか動けなくなった時点で、左菜海蓮司も相当ダメージを受けていると考えるのが筋です。となれば…」

「いや、そんな筈は無い。我々が現場に到着した時、あの奥さんは血まみれの部屋の隅で、警察に電話した携帯を握り締めたまま、うずくまって震えているだけだった。ろくに言葉も発せられない状態だったし、他に何かした様な形跡は…」

「そういう話は後にして、鑑定結果の報告を続けさせてもらえませんか?」

「まだ何かあるのか?」

「はい、もうひとつおかしな点があります。」

 猪野はそう言いながら、近くの事務机に備え付けられたパソコンを操作して何枚かの画像を表示させた。それは左菜海と甲田の死体を写した写真で、刃物で傷つけられた跡が何箇所か見て取れた。

「殺しあった両者は、お互い動き回りながら…つまり相手の攻撃を避けながらも、避けきれずに傷つき、最後はお互い出血多量で倒れこんだ事が分かっています。ところが…」

 猪野が再びパソコンを操作すると、その画像の内の一枚がクローズアップされた。首から肩にかけてのアップで、大きな傷口が開いている事が多田倉にも視認できた。

「この様に、左菜海の頚動脈付近には、まるで狙いすまして全力で突き刺した様な深い傷跡があり、これが直接の死因だと判明しました。しかし現場の状況から考えて、その時点でそんな風にとどめをさす余力が甲田に残っていたとは考えられませんし、仮にそんな力が残っていたとしたら、先ほど言った指紋や掌文の付き方と矛盾が生じます。」

「…甲田麻砂鬼以外の誰かが、甲田の包丁を使って左菜海蓮司にとどめをさした。そして他に誰も現場にいなかった以上、左菜海怜奈がそれをやった事になる…こう言いたい訳か?」

「それ以外に、この事実を説明する方法がありません。」


 その一時間後…見荻野は、つい数刻前にも訪ねた日本家屋の庭に立っていた。ただし先ほどはその庭で整然と並んでいた手入れの良い盆栽の数々が、その所有者が倒れこんだ事で棚から落下し、無惨な姿で散乱していた。

「発見者は近所に住む盆栽仲間の老人です。今夜は近くの公民館で盆栽クラブの会合があったそうですが、幹部会員の一人である土山さんが珍しく欠席したので、報告がてら世間話でもしようと訪ねたところ、庭先で倒れている土山さんを見つけたそうです。」

 先行して到着していた一枝の説明に続き、鑑識係が死体について所見を述べ始めた。

「解剖が済むまではっきりした事はいえませんが、おおよそ午後五時に死亡したと思います。」

「…俺と会ってから約二時間後くらいだな…」

 今回の一連の事件の証人のひとりであり、性格は合いそうに無いものの仕事と人生の先輩でもある人物の死を目の前にして、見荻野はかぶりをふる事しか出来なかった。

「死因は?」

「それが、どうやら感電死の様です。」

「感電死?」

「ええ、首の後ろに、感電した様なヤケドの跡があります。考えられる原因としては、例えば落雷などがあります。」

「ところが気象台に問い合わせたところ、この付近で今日の午後以降に雷雲が発生した記録は無いそうです。」

 鑑識の説明に一枝が情報を補足した。

「もし落雷ではないのなら、人工的な電気に触れた可能性があります…触れたというより、死体の様子からして、首にそういうものを押し当てられたと考えた方が妥当でしょう。」

「スタンガンか?」

「いえ、スタンガンで感電死させるのはほぼ不可能です。それにこんなヤケドの傷が付くというのもちょっと考えられません。電流が流れる時間と量を改造すれば別ですが。」

「スタンガンの改造…」

 鑑識の説明を聞いていた見荻野の脳裏に、ある連想が浮かんだ。

「…あのビーコンも自作だった。あれが作れるのなら、スタンガンの改造も決して不可能じゃない…そういう事にならないか?」

 そのつぶやきは、目の前の一枝に対するものというより自問自答の要素が強かった。事情を把握している一枝は、その発言に込められた意味を理解した様子だったが、返答する前に別の声が割り込んできた。

「すみません、ちょっとこれを見て下さい。」

 一旦死体のところに戻っていた鑑識が、見荻野に再び近づき、指紋を付けないための白い手袋で持った一枚の紙切れを差し出した。

「これは?」

「被害者の服のポケットから今見つかったのですが、どうも内容が…」

 同じく白い手袋をつけた見荻野が、怪訝そうな面持ちで紙切れを受け取り、それがあのPPC用紙と見慣れた印字である事に気が付いた。

「やっぱり同じ差出人か…これは…」

「なんですか?」

「これを見ろ。」

 メモを一枝に渡した見荻野は、携帯電話を取り出してどこかに連絡しようとした。一枝が受け取ったそのメモには人名が五つ書かれており、その内四番目までにV型のチェックが付けられていた。

「一、緋賀利康。二、甲田麻砂鬼。三、左菜海蓮司。四、土山支頭夫。五、七尾一朗!」

「…だめだ。七尾のやつ、やっぱり出ない。こっちは…」

「七尾も殺されるというんですか? でも何故?」

「分からない…やはり小出貴美恵も同じだ。呼び出してはいるんだが電話に出ない…待てよ。」

 ふと何かを思い出した様子の見荻野は、別の電話番号にコールした。

「……もしもし、高宮浩子さん?」

『あ、こんばんは。また何か質問ですか?』

「実は、さっきから七尾君や小出さんとまったく連絡が取れないんですが…」

 見荻野が手短かに事情を説明すると、高宮浩子の声にも緊迫した要素が加わった。

『あたし、見荻野さんが帰った後、とにかく話し合いなさいって言って、そのまま二人きりにしてすぐ帰ったんですよ。だからあの後どうなったか分からないんです。電話もメールも来ないから、もしかしたらうまく行って、あの部屋で二人きりの世界に浸かってると思ってたんですけど…』

「そうですか…わかりました。これから七尾君のアパートに行ってみます。」

 見荻野は、隣にいる一枝にも聞こえる様にそう告げ、電話を切った。

「という訳だ。尾いてきてくれ。」

「はい…それと提案があるのですが。」

「何だ?」

「相手が出ないとしても、呼び出しはしている訳ですよね。とすると、相手の携帯は、電源そのものはオンになっています。」

「ああ、そうだな。でもそれが…」

 返事の途中で、見荻野も何かに気がついた表情に変わった。

「…微弱電波か。」

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