表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

第十三話

「見荻野さん…?」

 その日の昼過ぎ…自宅のアパートに訪れた見荻野を玄関で出迎えた七尾一朗は、微かだが明確に相手を歓迎していない表情を浮かべた。

「突然ですまないが、また聞かせて欲しい話が出てきたのでね。時間を貰えるかな?」

「あの、実は部屋が散らかってまして、中に入って貰うのはちょっと…」

「ここで構わないよ。必要な事を教えて貰ったらすぐに帰るから。」

「…わかりました。それで、聞かせて欲しい話というのは何ですか?」

「汐見亜矢の事だ。」

「………」

「いや、正確に言えば汐見亜矢とその父親の和宏、そして和宏が経営していた汐見ホールディングスまで入るんだが…実は調べているうちに、今回の事件は三年前に起こった汐見亜矢の父親の自殺が大きな鍵になっている事が明らかになってきてね。その点を調べているんだ。」

「俺は亜矢の父親と面識はありませんけど。」

「だが、汐見和宏が自殺した時点で君と汐見亜矢は付き合っていた。当然ながら君と汐見亜矢の間でその話は出ているだろう…そこで訊きたいのだが、その時、汐見亜矢は何か気になる様な事を言ってなかったか?」

「気になる様な事…と、言われても…」

「例えば、汐見ホールディングスの経営に関する事とか。」

「いや、ちょっと思い当りません…というより、あのすぐ後に、俺と亜矢の関係は終わったんですよ。」

 不快な緊迫感を伴った空気が、その場を支配した。

「親父さんが死んだ後、たった数日で亜矢はすっかり変わってしまった。ものの見方や考え方が全ての面でマイナス思考になり、食べ物の好みとか服装とか、そんな程度の問題ですぐに言い争いになって、一緒にいる時間のほとんどが気まずい空気に包まれる様になった…」

「………」

「たった一人の肉親が死んだのだから人格が変わっても不思議じゃない。だがその変わりようは、俺が世の中で一番避けて通りたい種類のものだった。もういい加減にしてくれ、というのが正直な気持ちだったんですよ。」

「あたしが見ていた限りでは、あなたの対応が、亜矢をますます意固地にしていった様に思えたわ。」

 だしぬけに割り込んできた気の強そうな女性の声に、二人は顔を見合わせた。自分の背後から聞こえた声だと気がついた見荻野は、怪訝そうな表情で振り向いた。そこには若い二人の女性の姿があり、見荻野は片方が小出貴美恵だと気がついたが、声の主はもう片方の見知らぬ女性の様だった。

「高宮…どうしてここに…」

 七尾一朗が高宮と呼んだ女性の顔には、好意的な表情は浮かんでいなかった。

「どうして? 貴方、あの後、この娘に電話一本、メール一通よこさないらしいじゃない。しかも、こちらからメールしても返信は無いし電話には出ない。結果論とはいえこんな事件に巻き込んでしまった可愛い後輩に、どうしてそういう態度がとれる訳? ミステリー研究部の唯一の同期生として一言文句を言って、その上で彼女に謝って貰わなければ気がすまないから、こうやって出向いてきたのよ。」

「………」

「すっかり元通りよね。今の貴方は亜矢と別れた頃と同じ、正論と屁理屈が手を組んで生み出した醜悪な詭弁製造マシンだわ。相手の事はなんだかんだ言うくせに自分の醜さには気がつかない。あの時だって、貴方が部長に就任した頃にはようやく身につけていた気配りの、せめて百万分の一でも亜矢に示す事が出来たら、彼女は救われたと思うわ。それなのに…」

「高宮先輩、もうやめて下さい!」

 半ば懇願する様な叫び声で、小出貴美恵は高宮浩子の弾劾を押し留めた。数瞬の沈黙が四人を取り巻いた後、落ち着きを取り戻した様子の高宮浩子が見荻野に話しかけた。

「事情聴取の邪魔をして申し訳ありませんでした。終わるまでしばらくその辺で時間を潰していますから、どうぞごゆっくり。」

「いや、ちょっと待ってくれ。」

「?」

「君は汐見亜矢と知り合いなのか? だとしたら君にも話を訊きたいんだが。」

「ええ、構いませんよ。プライバシーに関する話題はちょっと困りますけど。」

「…教えて欲しい事は、汐見亜矢がいなくなる直前、何か気になる事を話していなかったかという事だ。特に、父親の会社に関して何か…」

「汐見ホールディングスに関してですか? さあ…亜矢から聞いたのは、あれは亜矢のお父さんがいて初めて成立する会社だから、自分を含めて誰が跡を継いでもうまくいかない、だから売却する、という事ぐらいです。まあ、お父さんが自殺して色々とショックもあったでしょうし…」

「自殺じゃない。」

 不意に発せられた七尾一朗の言葉が、それを聞いた三人の動きを止めた。声がした方にゆっくりと顔を向けた三人は、発言者の表情にそれまでとは別の意識が浮かんでいる事を察した。

「忘れていたよ…というより、思い出したくなかった。あの時は亜矢との仲が次第に絶望的になっていって、そんな時にそんな話をされても…でも、確かに言ってたんだ。父親は自殺したんじゃない。殺されたんだって…」

「その話、詳しく教えて貰えるか?」

 一気に深刻な口調に切り替わった見荻野にうながされ、七尾一朗は順を追って話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ