第十二話
数日後、見荻野の捜査班が会議室に集まっていた。判明した事実を踏まえて多田倉の捜査班も合流しており、二つの事件は一元的に捜査されていた。
「左菜海蓮司、二十八歳、左菜海投資株式会社の社長です。左菜海投資というのは二年半前に設立されていますが、いわゆるデイ・トレーディングを手がけていて、実際に資金を運用しているのは左菜海一人の様です。」
「二年半前か…」
つぶやく様に返答した見荻野に小さく首肯しながら、多田倉は報告を続けた。
「次に甲田麻砂鬼。二十八歳、以前は都内の小さな印刷会社に勤務していましたが、三年前に退職しています。以後はこれといった定職に就いていませんが、生活に困窮している様子は無かった様です。」
「緋賀利康と全く同じだな。」
「はい。三人とも出身が銚子で、年齢も卒業年度も出身校も同じ、高校卒業後に上京して就職したという経歴も、そして三年前に突如として金銭的に潤ったというのも同じです。」
「まあ、左菜海の場合は二年半前に会社を立ち上げたという事だから半年のタイムラグがあるが…左菜海投資の企業規模は?」
「二年目にあたる前回の決算では、諸経費や税金を除いた純益が年間約五億円です。事務を担当する奥さんと二人でそれだけ稼いでいますから事業として成功したと言っても良いでしょうね。」
「奥さんというのは、俺が到着する寸前に救急車で運ばれたという女性の事か?」
「はい。左菜海怜奈、二十二歳。旧姓は小野。二年前に結婚したそうです。」
「とすると左菜海が企業家としてスタートして半年ぐらいか。財産目当てに言い寄ったという事は?」
「いえ、左菜海投資が軌道に乗ったのは、むしろ結婚してからだそうです。それと周囲の話では、左菜海の方が一目惚れで、あらゆる手を尽くして怜奈にプロポーズしたそうです。なんでも左菜海は理想の女性だと周囲に洩らしていた様で、事実かなりの美人だそうです。」
多田倉はそう言いながら写真のカラーコピーを一枚見荻野に見せた。どこかのリゾートで楽しむ夫婦らしい姿が写されていた。
「なるほど、ちょっと分かりにくいが、美形である事は事実らしいな。事情聴取はまだ無理なのか?」
「医者の話では大分落ち着いてきているそうですので、今日これから病院に行く予定です。」
「そうか。何か分かったらすぐに知らせてくれ…話を左菜海投資に戻すが、設立に際して資金はどこから出ている?」
「資本金は五千万円ですが、出資元がどうも分かりません。左菜海は取引先に『宝くじが当った』とか説明していたそうですが、今のところそんな事実は見当たりません。」
「会社を設立する前は、左菜海は何をしていた?」
「都内の電気会社に勤めていました。電気会社といっても電子機器の手配や配線工事が主な業務ですが、これに関しては極めて重要な事が分かりました。」
多田倉は一旦言葉を切り、内容をもう一度確認する様に、メモに視線を走らせた。
「その電気会社が、売却前の汐見ホールディングスと取引をしていたんです。主な設備機器の納入や工事、保守を行っており、担当者はかなり頻繁に汐見ホールディングスに出入りしていた様です…取引書類に記載された担当者名は、ほぼ全て左菜海です。」
「…なるほど、おぼろげながら輪郭が見えて来たな。」
見荻野はそうつぶやきながらホワイトボードに関係者の名前を書き、それを線で結んで行った。
「左菜海蓮司は汐見ホールディングスの出入り業者で、緋賀とも甲田とも知己があった。三年前に汐見和宏が自殺したのと同時に三人は大金を手に入れた。左菜海投資の資本金の額からして、一人頭数千万という金額が推定出来る。三人合わせて一億数千万ないし二億…宝くじが当ったというのが本当ならともかく、あの時点で彼らがこの金額を手に入れられるとしたら、汐見ホールディングスからとしか考えられない。」
「しかし具体的にはどういう方法で? それにその事が今回の二つの事件とどういう関係にあるんでしょう?」
「それはまだ分からない。憶測は色々と出来るが…まず、汐見和宏の自殺の件を担当した者に話を聞く事は出来ないか?」
「出来ると思いますが、まず本部長に話を通す必要がありますね。」
多田倉の返答に、見荻野は本部長から突きつけられた『忠告』を思い出し、うんざりした表情を浮かべた。
「ちょっと厄介だな。しかしまあ、そうも言っていられないか。」
ほんの僅かの間の後、考えをまとめた様子の身荻野が各員に指示を告げ始めた。
「多田倉の班は引き続き左菜海と甲田の周辺を調べてくれ。無論、左菜海怜奈への事情聴取も頼む。他の者は引き続き緋賀利康の周辺の捜査を続けてくれ。」
「七尾達はどうしますか? こうなってくると汐見亜矢の関係者も無視出来ないと思いますが。」
「俺が直接手がける。場合によっては…少し突っ込んだ話をする事になりそうだ。」