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「ありがとうございます。真どの」
茶を差し出すと、まるねは両手で受け取った。
「おやさしいのですね、というお話しをしてました」
「え?」
大事そうに受け取った湯飲みを両手で持ったまま、真にほほえみかける。
やさしいということは、難しいことだ。
誰でもできるわけではないのだから。
「真どのは、おやさしいかたです。そうですよね、枝柊」
「……」
枝柊は無表情のまま湯飲みを受け取った。彼はあまり、表情に出さない人間なのだろう。黒の革手袋ををしたままの手は、湯飲みをじっと握っている。
「おれはそんなに優しくないよ」
「それでも、私はあなたをやさしいおかただと思います。あなたのお兄様からもお聞きしました。あなたはひとのために戦うことの出来る、立派なかただと」
「……」
赤い瞳がそっと伏せられる。
たしかに、そうかもしれない。しかしそこには、恐れしかなかった。戦うことを、傷つくことを、傷つけることを恐れ。戦うことを恐れないと豪語できるほど、真は強くはない。身も心も。
「おれは……。おれのために戦っているだけだよ。でも、怖い。戦うことが」
「……私は戦うことが出来ません。だから、あなたの苦しみも分かりません。でも、あなたは逃げなかった。自分からも――生きることからも、……世界からも」
「逃げることは、決して悪ではない」
淡々と口を閉じていた枝柊が、ふいにくちびるを開いた。
ちりん、とまるねの髪飾りが鳴る。頷いたのだと、知った。
「逃げないことは立派です。でも、ひとはそんなに強くありません。しかし嘆くことはありません。強くあろうとすることはできるのですから」
「強くあろうとする……。おれに、できるのかな」
「それは、君自身の問題だ。できるか否かは、君自身にかかっている。もっとも、強くなくては困るのだがな」
枝柊はひとくち、茶を飲んで机に湯飲みを置く。まるねは何かを言いたげにしているが、とうとう口を開くことはなかった。
「うん、おれ、がんばるよ。ちゃんと生きるって、ちゃんと戦うって約束したから」
「真どの……」
青い瞳を開いて、少女は安堵したように笑った。
あの名前がないといった少女よりも、彼女は人間味がある気がする。あの少女はどこか無機物的で、真をほんのすこし、恐れさせた。
「ありがとうございます。真どの。われわれ六合の皆元も、あなたの支援を全力でさせていただく所存です。そうですよね、枝柊」
「……」
彼はなにも言わず、ただ真をじっと見下ろしている。値踏みするかのように。
睡蓮はかすかに眉をひそめたが、なにも言わなかった。
「俺が力を貸すのは、俺が認めたものだけだ」
「枝柊!」
まるねが制するように叫ぶが、枝柊はそれを取り消すこともなく、無表情のまま口をつぐんだ。
しかし、真自身、たしかにそうだと思う。枝柊が言っていることも、すこしは分かる。ふつう、嫌いな人に力を貸すことはできないだろうから。
「平気。枝柊さんが言っていることは、真理だと思うから」
「真どの……」
「――われわれはこれで失礼する。まるね。行くぞ」
「……。真どの。私は、あなたに誠心誠意仕えるつもりです。では、失礼します。お茶、ありがとうございました」
「仕える……?」
問う前に、ふたりは立ち上がって、出て行ってしまった。
送ろうとした真だが、睡蓮が制したせいで、タイミングを見失う。
「真。なにがあろうと、私たちだけは、あなたの味方だからね」
「睡蓮……。うん、分かってる。信じてるから」
「辛いことがあると思う。でも、私たちにだけは弱音を吐きだしていいのよ」
「うん……」
うれしそうに笑う真は、いまだいとけない。幼くさせたのは、真のまわりの大人たちだろう。
複雑な思いになりながらも、睡蓮は真の頭をそっと撫でた。
「たでーま」
「おかえりなさい!」
襖を開けたのは、エ霞だった。うしろに籬も控えている。
すこしだけ、疲れたような表情をしていた。どうしたの、と真が問うが、苦笑いをするだけでなにも言わない。
「?」
「さっき、枝柊って奴と女の子を見かけたぞ。ここにきたのか?」
「来たわよ。ずいぶんと失礼なことをずけずけ言うだけ言って帰ったわ」
「なんだと!?」
「いちいち反応するんじゃないわよ籬。まあ、でもまるねって子はすこしは礼儀が良かったけどね」
エ霞と籬は畳の上に座り、ふうとため息をついた。
やはり、疲れているように見える。メンテナンスとは、そんなに疲れるものなのだろうか。
「あと三日か……。真、準備できたのか?」
「あ、まだ途中だった! してくるね」
「おー」
真が部屋に戻ったあと、しんと静まったまま、誰もことばを発することはなかった。
睡蓮も、エ霞もくちびるを開かない。
何故かは、三人とも分かっている。
「どうなの?」
やっと口を開いたのは、睡蓮だった。
エ霞と籬は険しい表情をし、ふたたびため息をついた。
ふたりはメンテナンスをした際に、爆破事件のことを根掘り葉掘り聞かれたらしい。
今現在存在している合成人間は、三体だけだ。合成人間の性能は無論、人間を凌駕する力を持っている。
ただ、万能というわけでもない。
「すべてにおいて人間を超えてはならない」という原則のもと、葵重工が造ったのが人工脳の処理能力だった。人間のようにふるまっていても、必ずどこかで制限がかかっている。
「まあ、警察もお手上げなんだろうな。犯人は観世水の分家の紅葉賀だ。個人を特定できないんじゃ、そうそう表だって動けない。それにいきなり六合の皆元から横やり入れられて、奴らもおもしろくないんだろ」