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白ノ修羅  作者: イヲ
第二章・藤波
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「ありがとうございます。真どの」


 茶を差し出すと、まるねは両手で受け取った。


「おやさしいのですね、というお話しをしてました」

「え?」


 大事そうに受け取った湯飲みを両手で持ったまま、真にほほえみかける。

 やさしいということは、難しいことだ。

 誰でもできるわけではないのだから。


「真どのは、おやさしいかたです。そうですよね、枝柊」

「……」


 枝柊は無表情のまま湯飲みを受け取った。彼はあまり、表情に出さない人間なのだろう。黒の革手袋ををしたままの手は、湯飲みをじっと握っている。


「おれはそんなに優しくないよ」

「それでも、私はあなたをやさしいおかただと思います。あなたのお兄様からもお聞きしました。あなたはひとのために戦うことの出来る、立派なかただと」

「……」


 赤い瞳がそっと伏せられる。

 たしかに、そうかもしれない。しかしそこには、恐れしかなかった。戦うことを、傷つくことを、傷つけることを恐れ。戦うことを恐れないと豪語できるほど、真は強くはない。身も心も。


「おれは……。おれのために戦っているだけだよ。でも、怖い。戦うことが」

「……私は戦うことが出来ません。だから、あなたの苦しみも分かりません。でも、あなたは逃げなかった。自分からも――生きることからも、……世界からも」

「逃げることは、決して悪ではない」


 淡々と口を閉じていた枝柊が、ふいにくちびるを開いた。

 ちりん、とまるねの髪飾りが鳴る。頷いたのだと、知った。


「逃げないことは立派です。でも、ひとはそんなに強くありません。しかし嘆くことはありません。強くあろうとすることはできるのですから」

「強くあろうとする……。おれに、できるのかな」

「それは、君自身の問題だ。できるか否かは、君自身にかかっている。もっとも、強くなくては困るのだがな」


 枝柊はひとくち、茶を飲んで机に湯飲みを置く。まるねは何かを言いたげにしているが、とうとう口を開くことはなかった。


「うん、おれ、がんばるよ。ちゃんと生きるって、ちゃんと戦うって約束したから」

「真どの……」


 青い瞳を開いて、少女は安堵したように笑った。

 あの名前がないといった少女よりも、彼女は人間味がある気がする。あの少女はどこか無機物的で、真をほんのすこし、恐れさせた。


「ありがとうございます。真どの。われわれ六合の皆元も、あなたの支援を全力でさせていただく所存です。そうですよね、枝柊」

「……」


 彼はなにも言わず、ただ真をじっと見下ろしている。値踏みするかのように。

 睡蓮はかすかに眉をひそめたが、なにも言わなかった。


「俺が力を貸すのは、俺が認めたものだけだ」

「枝柊!」


 まるねが制するように叫ぶが、枝柊はそれを取り消すこともなく、無表情のまま口をつぐんだ。

 しかし、真自身、たしかにそうだと思う。枝柊が言っていることも、すこしは分かる。ふつう、嫌いな人に力を貸すことはできないだろうから。


「平気。枝柊さんが言っていることは、真理だと思うから」

「真どの……」

「――われわれはこれで失礼する。まるね。行くぞ」

「……。真どの。私は、あなたに誠心誠意仕えるつもりです。では、失礼します。お茶、ありがとうございました」

「仕える……?」


 問う前に、ふたりは立ち上がって、出て行ってしまった。

 送ろうとした真だが、睡蓮が制したせいで、タイミングを見失う。


「真。なにがあろうと、私たちだけは、あなたの味方だからね」

「睡蓮……。うん、分かってる。信じてるから」

「辛いことがあると思う。でも、私たちにだけは弱音を吐きだしていいのよ」

「うん……」


 うれしそうに笑う真は、いまだいとけない。幼くさせたのは、真のまわりの大人たちだろう。

 複雑な思いになりながらも、睡蓮は真の頭をそっと撫でた。



「たでーま」

「おかえりなさい!」


 襖を開けたのは、エ霞だった。うしろに籬も控えている。

 すこしだけ、疲れたような表情をしていた。どうしたの、と真が問うが、苦笑いをするだけでなにも言わない。


「?」

「さっき、枝柊って奴と女の子を見かけたぞ。ここにきたのか?」

「来たわよ。ずいぶんと失礼なことをずけずけ言うだけ言って帰ったわ」

「なんだと!?」

「いちいち反応するんじゃないわよ籬。まあ、でもまるねって子はすこしは礼儀が良かったけどね」


 エ霞と籬は畳の上に座り、ふうとため息をついた。

 やはり、疲れているように見える。メンテナンスとは、そんなに疲れるものなのだろうか。


「あと三日か……。真、準備できたのか?」

「あ、まだ途中だった! してくるね」

「おー」


 真が部屋に戻ったあと、しんと静まったまま、誰もことばを発することはなかった。

 睡蓮も、エ霞もくちびるを開かない。

 何故かは、三人とも分かっている。


「どうなの?」


 やっと口を開いたのは、睡蓮だった。

 エ霞と籬は険しい表情をし、ふたたびため息をついた。


 ふたりはメンテナンスをした際に、爆破事件のことを根掘り葉掘り聞かれたらしい。

 今現在存在している合成人間は、三体だけだ。合成人間の性能は無論、人間を凌駕する力を持っている。

 ただ、万能というわけでもない。

 「すべてにおいて人間を超えてはならない」という原則のもと、葵重工が造ったのが人工脳の処理能力だった。人間のようにふるまっていても、必ずどこかで制限がかかっている。


「まあ、警察もお手上げなんだろうな。犯人は観世水の分家の紅葉賀だ。個人を特定できないんじゃ、そうそう表だって動けない。それにいきなり六合の皆元から横やり入れられて、奴らもおもしろくないんだろ」


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