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白ノ修羅  作者: イヲ
第二章・藤波
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 あと期限が三日と迫ったころ、真は自分の部屋の片付けをしていた。

 本棚に収められた本。

 引き出しの中に入れっぱなしだった古いフィルムカメラ。

 ずっと使っていたペン。愛着があるかと問われれば、分からない。

 それでもこのペンでないと、何となく違和感がある。

 そして、分厚いノート。忘れないように書き留めていたものが綴ってあった。

 籬がこの家にやってきたときに、教えてもらった遺物のこと、合成人間のことが書かれている。

 これを書いていたときの真は、生きていたとは言えない。

 自分の意思で、生きてはいなかった。


 だから、これは置いていこう。

 これは、過去のことだから。


 ノートを引き出しのなかに入れて、座敷牢のような部屋を見渡した。ここには、窓がない。だから、いつも暗い。

 暗くて、寂しい場所だと思う。

 自分の部屋なのに、どこかよそよそしい。


「真様」


 襖のむこうがわから、小さな声が聞こえる。

 反射的に返事をして襖を開けると、初老の女性がこうべを垂れていた。すぐに顔をあげたが、ひどく怪訝そうな表情をしている。


「真様に、お目にかかりたいというかたがいらっしゃるのですが……」

「……だれ?」

「まるね様……というかただそうですが」

「まるねさん?」


 聞いたことがない名前だ。

 忘れているだけなのかもしれないと、思い出してもそんな名前の人は見たことがないし、話したこともないだろう。

 黙っている真を不思議がった女性は、「お知り合いではないのですか?」と尋ねてくるが、真はかぶりを振るだけだった。


「おれに用事なら、会ってみるよ」

「それがよろしいかと」


 彼女はふたたびこうべを垂れて、暗い廊下を歩いていった。

 見送ってから、真も廊下を歩く。暗い、灯りさえない廊下を。

 真がアルビノだという理由で暗いのだろうが、妙に窮屈な思いになるのは、いつものことだ。


「え……」


 玄関先には、真とだいたいおなじ年の白い着物を着た少女が立っていた。

 見たことがないが、どこかで見たことがある。矛盾しているが、どこかで――会った気がする。


「あなたが、真どの、ですね?」

「は、はい。あの、あなたは?」

「申し遅れました。私は“まるね”。六合の皆元の者です。昨晩は遅くに大変申し訳ありませんでした」

「きのう?」


 彼女はそっとほほえんで、「昨晩、枝柊というものがお邪魔したのです」と囁いた。


「枝柊……さん? おれ、昨日早く寝ちゃったから、知らなかったよ」

「さようでしたか。では、あいさつをせねばなりませんね。枝柊。いるのでしょう」


 玄関先に、ゆらり、と黒いコートがゆれる。真っ黒な人影が、まるねのうしろにぼうっと、亡霊のように立った。

 黒い髪の毛を持つ枝柊は目を細め、真を見下ろした。


「きみが観世水真か」

「は、はい……」

「なるほど。よく、似ている。あのかた――」

「?」


 まるで、まぶしいものでも見るかのようなその目に、真はわずかにひるむ。

 強面の顔をしているが、目はやさしい。悪い人ではないということは、分かった。


杜宇子(とうこ)さまに」

「とう……こ? だれ?」

「……俺が伝えることではない。だが、想像は自由だ」

「真どの。いずれ、分かることです。私たちも、きちんと説明をするつもりですから」


 なにかを、知っている。

 真が知らないなにかを。それでも無理に聞くことはしない。


「あの、話は変わるんだけど……。まるねさん、どこかで、その……会った?」

「ああ……。私の姉でしょう。よく、似ていますから」

「そう、なんだ……」


 それ以上は言わないという表情をしている。真もそれ以上言わなかった。まるねはふたたびほほえんで、「やさしいかた」とため息をつくように呟く。


「聞かないでいてくださるんですね」

「……いやなことなんでしょう」

「そうですね。いいことではありません」


 ほほえんだまま、少女は言う。

 かなり身長が高い枝柊は、なにも言わずにただ沈黙を守っていた。


「よかったら、あがって」

「よろしいのですか?」

「うん。籬たちがいるけど」

「合成人間さんたちですね? 私、初めてお会いするんです。噂には聞いていたのですが」


 まるねは、うれしそうに手を合わせて笑ってみせる。笑うと、大人びた姿が年相応に見えた。


「枝柊さんも、よかったら……」

「ああ――。では、失礼する」


 黒いコートをひらりとなびかせて、玄関に入り、つられるようにまるねも草履を脱いだ。

 玄関の先には花が生けてあり、高そうな壷に入っている。玄関にあるのだから実際高いのだろうけど、真は興味がない。


「しーん。荷物の整理終わったの?」


 睡蓮の声が聞こえる。

 廊下をまっすぐ歩いてくる彼女は、上がってきたふたりを見て、怪訝そうに目を細めた。


「……枝柊?」

「前の晩はすまなかったな」

「私は別に……。真があげたんなら、別になにも問題はないわよ」

「あなたが合成人間さんですか? 私、まるねと申します」

「私は睡蓮。あなたも、六合の皆元の人なんでしょ?」

「そうですね」


 うなずく少女を見下ろして、ふうん、とさして興味なさそうにまるねを視界から外した。

 枝柊は影のように彼女に寄り添っている。おそらく、まるねの護衛なのだろう。何となく、そんな気がした。


 ふたりを座敷に通すと、きれいな所作でまるねは座布団の上にすわった。


「エ霞と籬は?」

「ああ、あいつらなら最後のメンテナンスについさっき行ったわよ。伊勢に行ったら一ヶ月に一度くらいしか東京に戻れないからね」

「そっか。あ、お茶持ってくるよ。ちょっと待ってて」

「真どの、すぐに帰りますので……」

「すぐ持ってくる」


 遠慮するようにまるねが膝をたてたが、それを制して真は客間から出て行った。

 睡蓮はそれを見送って、襖の近くにどかっと座る。


「いい子でしょ」


 彼女はまるで自分の子どもを誇るように笑う。まるねはわずかに驚いたように目を開いて、すぐに頷いた。


「そうですね。とても、おやさしいかたです」

「でしょ。結構見る目あるのね。まるねも」

「あ、ありがとうございます」


 何故褒められたのか分からなかったが、まるねはとりあえず、礼を言う。睡蓮は満足そうにそのことばを受け取って、襖のむこうを見るように顎を上げた。


「でもね、いろいろ無理してるみたい。そりゃそうよね。東京から急に伊勢に行けなんて」

「……」

「まあ、仕方がないか……。私たちにはよく分からないけど」


 肩をすくませた睡蓮は、その直後に茶を持ってきた真を笑顔で出迎えた。


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