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「真、眠ったの?」
「ああ。籬が見てる」
メンテナンスはオールクリアだと、自信満々に帰ってきたエ霞の鼻をへし折りたい思いになりながらも出迎えた。
真はすごいね、と言っていたが、オールクリアではなければ問題があると言うことで、クリアして当たり前なのだ。本当は。
「あと一週間か……」
「そうね。でも私たちはメンテナンスしなければならないから、月に一回帰らなきゃいけないけど」
「まあ、一斉に三体行くわけじゃないから大丈夫だろ。にしても、六合の皆元からは何も言ってこねぇな。やっぱ不気味な連中だよ」
真っ黒なライディングウェアが皮膚を覆いつくしているエ霞と、ライディングウェアの上にペールグリーンのワンピースを着ている睡蓮は、畳の上にじかに座って、ぼんやりと襖を見つめた。
真がまだ15歳で、学校にも行かずにただこの死んでいるような屋敷の中で育ったことは知っている。
だから、ほかのおなじ年齢の子どもがどういうものなのか、どのように生きているのか真には分からない。
彼のまわりはみな、大人たちだけだったからだ。
「まあね。これからどれだけ一緒にいなきゃいけないか分からないから、心配っちゃあ心配よねぇ」
「俺らが心配するようなことじゃねぇな。俺らは真を守れればそれでいい。はっきり言って、六合の皆元なんぞどうだっていいんだ」
「そう思えばすこしは気楽になるかもね」
ごろりと横になったエ霞は、天井をぼんやりと見上げた。
赤みの強い紫の瞳が、そっと細まる。なにかを警戒しているような、なにかを思考しているような表情をしていた。
「……。聞こえるか。睡蓮」
「ええ。聞こえるわよ」
縁側で、物音がする。
草をかきわけるような音が。
エ霞はおきあがり、睡蓮とともに縁側に向かった。
おそらく、籬も気づいているだろう。しかし、熱源から見ると真のそばを離れていないようだ。
「まったく、こんな夜になんなのよ。しかも、縁側からって!」
「どうせ、馬鹿な泥棒かなんかだろ」
「それにしてはすこしおかしい気がするけどね……」
睡蓮とエ霞の目にとまったのは、黒ずくめの長身の人間だった。
月の光に照らされてもなお黒い。
「ここがどこだか、分かってるんだろうな?」
「ああ、分かっている。だからこそ――来たのだ」
「……あんた、何者なの?」
黒いロングコートをはおった男は、ふたりに視線をあげると、くちびるの端を上げた。
「あの少年に、あいさつをと思ってな……。俺は、六合の皆元の者だ」
「……六合の皆元……。まだ、時間じゃないはずだが?」
「ああ、そうだ。だからこそ、だ。本格的に儀式をする前に、会っておきたかったのだよ」
「儀式……?」
睡蓮が不審そうに目を細めるが、男はそれを無視してふたたびくちびるを開く。
「われら六合の皆元の『あるじ』となる者が、一体どんな少年なのか、ね」
「……。今は眠ってるわ。こんな時間だしね」
「それは悪かった。また出直そう。ああ――俺の名だけ、置いておくとしよう。俺の名は枝柊。これからよろしく頼むよ――」
まるで嘲笑するかのようにふたりを見上げ、背をむけた。
不気味な人間――。エ霞は初めて人間に、嫌悪感というものを抱いた。
「われらの天敵は神。君たちは遺物などと呼んでいるようだが」
「待て。神、とは一体何なんだ?」
「神は、人間に仇なす古きものだ」
枝柊の言っていることは抽象的すぎて分からない。
処理能力が追いつかない、と言ったほうがいいだろうか。
しかし、遺物と何ら変わりのないものだと言うことだけは分かる。
枝柊は、それ以上なにも言わずに闇へ消えていった。
月が出ている。
枝柊は、黒いロングコートのポケットに手をいれたまま、隣にいる少女を見下ろした。
真っ黒な髪の毛をきつく詰めた少女は、枝柊を見上げ、空色の瞳をそっと細めた。
彼女は真っ白な着物を着て、だいだい色の帯で締めている。ちぐはぐな髪と目の色を、枝柊は視線を外して、歩きはじめた。
「どうでしたか。枝柊」
「会うことはできなかったが、合成人間たちに会ったよ」
「そうですか……。分かりました」
「また、会う気か。まるね」
「ええ。私の目で確かめたいのです。……あのかたの血を受け継いでいるのかを」
まるね、と呼ばれた少女は、湖のような瞳を開き、枝柊にほほえみかけた。