1
真は、強くなった。
もう守らなければならない存在ではないことに、籬とエ霞は気づく。
生まれたての子どものように、頼りない生気しかまとわぬ子ではないのだ、ということを。
「そうだな……」
籬はゆっくりと頷いて、外套のなかの鶴丸に手を添えた。
合成人間の存在意義は、「遺物」と戦うこと、そして人間を守ることだ。
それでも、真はそれだけではないと言ってくれた。
合成人間にさえも、生きる意味を照らしてくれた。
「寒くなってきたな。そろそろ中入ろうぜ」
「もうちょっとここにいる」
「主、傷に響く」
「大丈夫だよ。すこし風に当たらないと、体弱っちゃうから」
真っ白な髪が、風に当たってゆらぐ。
黒いビルと、白い太陽が真を照らす。
うつくしいと、思った。メモリーに刻み込む。この先何があっても、この子どもの味方でいようと。
エ霞と籬は、屋上にたたずむ真をずっと見守っていた。
真が退院したのは、一週間後のことだった。
傷口はふさがり、抜糸もすんだが、まだ痛みはある。激しい運動は避けた方がいいと、医者に言われた。
しかし真は体がなまるからと、庭で稽古を始めている。
それを籬と睡蓮が見つめていた。
エ霞は葵重工にメンテナンスに行っている。
観世水の屋敷は静まりかえっていた。
父も兄もいない。
お手伝いの人も、もう帰ってしまっている。
真の体術は、名もない流派だ。昔から続いているのかも、最近出来たばかりなのかも分からない。
誰かから教わったはずなのだが、それが誰なのか、真は覚えていない。
無流派の型は、誰から受け継いだのだろう。
疑問に思うことは、時折あった。
「……」
ふいに、真の体の動きが止まる。
「どうしたの、真」
「……あのね」
縁側に座っていた睡蓮に、そっと呟いた。
その赤い瞳は、どこか不安定にゆれている。
「おれの母さんのこと」
「どうしたの、いきなり」
「なんで、おれは母さんの顔を思い出せないのかなって……」
ポニーテイルをゆらせて、睡蓮は首を傾けた。隣に座っている籬も、不思議そうな表情をしている。
合成人間たちに、両親はいない。当たり前なのだから、答えようがない。
「はやくに亡くなったからじゃない? 私には分からないけど」
「そうなのかな……。だったら、分かるんだけど。なんか、しっくりこなくて。亡くなってるなら、遺影とかもあるはずなんだけど、家の中にないし」
「ううん……。私たちには親っていう概念がないから、何とも言えないからねぇ」
「そっか。そうだよね、ごめんね。変なこと言って」
「気になるなら、琳に聞いてみたら? 何か教えてくれるかもしれないし」
「……うん」
真はそのまま縁側に座って、空を見上げた。
あと一週間。
一週間で、この家を出なければならない。父も、六合の皆元のもとへ行くことを承諾した。ぜひ行くようにと、促したのだ。
別に、期待していたわけではない。すこしでも、引き留めてくれるのではないか、と。そう思っていた。
合成人間三体が、護衛として真についていくことになった。
そのことが真にとって、どれだけ心強いことか。父だけではない。兄だけでもないのだ、と知った。
「真、大丈夫よ。あなたをひとりぼっちになんてさせないから」
「うん、ありがとう」
これ以上望んでしまったら、きっとばちがあたる。
母のことは、何も知らない。なまえも、本当に亡くなっているのかさえも。
今まで気にもしなかったし、そういうものだと思っていた。
けど、母がいなかったら真もここにはいなかったのだと思うと、なぜ顔もなまえも知らないのだろうと、疑問に感じる。
「主。暗くなってきた。そろそろ中に入ることを勧める」
「そうするよ。ふたりはまだいるの?」
「そうね。だって今日、琳も高峯も帰ってこないんでしょ? 今日は念のためにここにいるわ。エ霞も帰ってくると思うし」
「ほんと?」
「ええ。だって、一応、護衛だからね。言ったでしょ。ひとりぼっちにはさせないって」
彼女はそう言ってほほえむ。
睡蓮はやさしい。だから、それに甘えてしまわないように自制する。
真に寂しいと思わせないようにしてくれていることを知っているから。