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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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20

「琳がこわい。すごく、すごくこわい」

「そうか……」

「だから俺たち、逃げてきた」

「近江たちには言ってきたのか?」

「いってない……」


 エ霞は心中で頭を抱えた。

 今頃葵重工は大混乱になっているかもしれない。

 鏡埜と槻乃が二人そろって音信不通になったのだから。

 これはすぐに、近江たちに連絡を入れなければならないだろう。


「ちっと待ってな。近江たちに無線入れるから」

「う、うん……」

 

 言わなかったのは、大方怒られるからだとか、そう言ったところだろう。


「このお二方は、真様とお知り合いなのでしょうか……?」


 年若い巫女がおそるおそる、尋ねてくる。

 問われたエ霞は、何と答えればいいか、わずかに唸った。

 直接的な知り合いではないのだし。

 ここは、素直に言っておくことにする。


「いや、直接的な知り合いじゃねぇが、俺たちの仲間だ。悪さはしない」

「か、かしこまりました。……入場を許可いたします」

「そりゃどうも」


 深くこうべを垂れた巫女は、回廊がつづく階段を昇って行ったようだった。

 まだぐずついている二体の頭をとん、とエ霞の手をのせる。


「いいか。これから真がいる場所に移動する。行儀良くしてるんだぞ」

「しん? あ、睡蓮おねえちゃんが言っていた、大事なこ?」

「そうだよ槻乃。睡蓮おねえちゃん、いいこって言ってた」


 二体はすこし落ち着いたようで、エ霞は安堵した。

 おそらく、話題をそらしたせいだろう。


「行くぞ」

「はぁい」


 エ霞のあとをくっつくように歩く二体は、物珍しそうに居住区を見回していた。

 珍しいのもうなずける。

 葵重工はリノリウムの床、頑丈な人口壁でできているし、六合の皆元(ここ)のような、木でできた床や壁ではなかったのだから。


「鏡埜、みてみて。つるつるしてる」

「ほんとうだ、槻乃。それに、いいにおい」

「木のにおいだな。葵重工ではまず嗅いだことはなかっただろ」


 二体は物珍しそうに木の木目を熱心に見つめている。

 それを辛抱強く待っているエ霞は、そういえば、と思い出した。

 九体目から今までのエ霞の記録をさらうと、エ霞自身はそういったことはなかったと思う。

 一体目の記録はすでに消去されているため、自分もこういったことがあったのかもしれない。

 今そう思考すると、なぜか感慨深い。


 

「ここだ」

 

 かなりゆっくりとしてしまったが、ようやく真がいる部屋にたどり着く。


「……あ! ねえ、槻乃。睡蓮おねえちゃんと籬おにいちゃんがいる!」

「ほんとうだ。へへ、久しぶりだね!」

「ほいほい、さっさと入った入った」

「おじゃまします!」


 真の目が軽く見開かれた。

 二体とは、初めて会うのだから、当たり前だろう。

 

「やっぱり、あなたたちだったのね」

「おねえちゃん!」

「槻乃、鏡埜。おまえたち、任務はどうした?」

「籬おにいちゃん。私たち、こわくて」

「怖い?」

「籬。俺から説明する。睡蓮にもあとで共有するから、おまえは槻乃と鏡埜とそこで待ってろ」


 あわただしくエ霞は籬と部屋から出ていってしまう。

 置いていかれた真は、ぽかん、とその光景を見送った。


「ごめんなさいね、真。あいつ、落ち着きなくて」

「ううん。だいじょうぶ。あ、あの……おれ、観世水真、っていいます。よろしくお願いします」


 鏡埜と槻乃に頭をかるく下げる。

 それを見た二体は、顔を見合わせて「観世水、真」と確認するように呟いた。


「真。私、鏡埜」

「真。俺、槻乃」

「鏡埜と、槻乃。よろしく、ね」

「睡蓮おねえちゃんが、真はいい子だって言ってた。おねえちゃんの言っていたとおりね。槻乃」

「うん。そうだね、鏡埜」


 うれしそうに二体ははしゃいでいるようだった。

 「こわい」とおびえていたときよりも、幾分か落ち着いている。

 

「……? 真、げんき、ない?」

「そんなこと……ないよ」


 ちいさくかぶりを振るが、父親が兄に殺されたことは変えようがない事実で、心が沈むのは仕方のないことだ。

 強がってみせても、真はまだ立ち直ることはできないだろう。


 鏡埜の手が、ぎこちなく真の頭にそっとふれる。

 

「にんげん、元気ないと、こうするって聞いた」

「……ありがとう。鏡埜」

「えへへ。どういたしまして」


 頭ふたつ分高いところにある鏡埜に笑いかけた。

 心配してくれていることは、十分にわかる。

 分かるけれど、心にのしかかる事実が晴れることはない。


 睡蓮が先ほどから黙っているのは、おそらくエ霞と籬の話を聞いているからだろう。

 表情も、わずかに険しい。


「真、あそんだらげんきになる?」

「?」

「にんげんは、息抜きもひつようだって、言ってた。ね、鏡埜」

「うん、そうね。槻乃」


 三人が楽しそうに話をしていると、エ霞と籬が帰ってきた。

 表情は先ほどより幾分かやわらいだが、いまだ緊張感は保ったままだ。


 葵重工はやはり、というべきか、大騒ぎだった。

 二体に搭載されているGPSで位置情報は分かっていたが、その理由が分からなかったのだ。

 無線を飛ばしても結局出なかったのだし。

 百合子たちは胃を痛めるほどだっただろう。

 結局エ霞が百合子へ琳の関係でこちらに来てしまった、と弁解したのだが。


「おーい、鏡埜、槻乃。葵重工に連絡しといたからな。とりあえず、明日また連絡来る。それまではここで待機だ」

「うん。わかった」

 

 二体はうなずいて、安堵の表情をうかべた。

 本当に、琳におびえていたのだろう。

 エ霞はそっと息をついて、真の目の前にあぐらをかいた。


「真。おまえ、ここから出られないんだよな?」

「う、うん。そうみたい」

「そうか。なら逆に安全かもしれねぇ」

「?」


 今現在、ここには合成人間が五体いる。

 これほど安全な場所はおそらく、ないだろう。

 東京では、遺物によって人間が毎日のように殺されているのだから。


「いいか、真。おまえがここにいることで、おまえ自身を守ることになる。つらいだろうが、六合の皆元の連中の言うとおり、ここにいてくれ」

「……うん。分かった。エ霞の言うとおりにする」

「よし、いい子だ」

 

 エ霞の手が、とんとんと真の肩を叩くけれど、真の表情は明るくはなかった。

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