19
朝食を持ってきてもらったけれど、喉を通らない。
真の部屋には合成人間の三体もいた。
「真……」
睡蓮が心配そうに真の背中を見つめている。
けれど、睡蓮たちにはどうすることもできない。
真の痛みは、真だけのものだ。
だれかに代わってもらうことなど、できはしない。
食事をさげにきた巫女は、残された朝食を見て不思議そうにしていたが、なにかを告げる様子もなく、去って行った。
真は食事を残すことはなかったから、不思議がって当たり前だろう。
「今は、そっとしておいてやろう。もうじき、真あてに連絡が来るはずだ」
「そう、ね」
真は畳の上に座り込んだまま、ぴくりとも動かない。
ただ俯き、膝のうえに両手をあてたままだ。
泣くこともできず、ただ俯いている姿は、痛々しかった。
それから数分ほどたっただろうか、この部屋の扉をせわしなくノックしたのは。
びくり、と真の肩がふるえる。
睡蓮が代わりに出ようと膝を立てたが、エ霞に制された。
見ると真自身が立ち上がり、扉を開けようとしている。
「真様。お電話でございます。五室のかたからのようですが」
「……はい」
巫女から電話を受け取り、そっと扉に背中を向けて扉をしめた。
「もしもし……」
掠れた声。
当たり前だろう。その先のことばを知っているのだから。
『……非常に言いづらいことなのですが……。五室室長、あなたのご尊父が亡くなりました』
「──はい。あの、兄さんは……」
『琳さ──副室長は、葬儀の準備をしているようですが』
「そう、ですか」
『葬儀には、出席されないとお聞きしたのですが、それは?』
「おれは、ここから出られません、から」
琳が殺した父、高峯の葬儀の準備をしている、ということに違和感を感じたが、真は大人しくうなずいている。
おそらく、だけれど、琳が殺したということを知らないのだろう。
『では、そのようにさせていただきます。それとひと月以内に、五室は六室と名を変えると思います。その際にはまた、ご連絡いたしますので』
「はい。お願いします」
電話を切った真は、部屋の外で待機していた巫女に電話を渡した。
巫女が真の目の前から消えたあと、壁に背中をおしつけて、ずるずると座り込む。
膝をかかえて、ぎゅう、と、手を握りしめた。
「真」
エ霞が座り込んでいる真のとなりに座り、頭をごしごしとなでる。
ふたりとも、何も言わない。
言う必要など、ないのかもしれない。
「ねえ、籬」
「なんだ」
「真のこと。あの子はきっと今、ひとりぼっちね」
「……」
「だから、やさしくしましょう」
「そう、だな」
きっと今、必要なのはそういうことだと思う。
睡蓮は壁に背中をあずけて座り込んでいる真を見つめる。
五室からの電話の内容は、三体とも聞こえていた。
琳が高峯を殺したという事実は、五室には伝えられていないようだ。
狭霧は知っていたが、それは鏡埜と槻乃による諜報活動の結果だと、彼女は言っていた。
真に、言っていないことがある。
真が伊勢にきてから、東京での遺物の活動が活発になっていること。
それに比例するように、五室の人間の数が犠牲になっていること。
それを知ってもどうにもならないことを、合成人間や葵重工の人間は知っている。
だからこそ、言わないし言えない。
「……ありがとう、エ霞」
「おう」
「おれ、ちゃんと生きて、ちゃんと戦う。そうすることしか、できないから」
いま、なにをしても高峯に認めてもらえない。そもそも、道具としてしか生きてこなかった。
けれどどこかで、父に認めてもらいたかった、という思いもあったのだ。
もう、かなわないことだけれど。
「そうか。何かあれば、俺らを頼っていいからな」
「うん。ありがとう」
「あ、そうだ。真、お願いがあるの」
「なに? 睡蓮」
「言っていなかったけれど、私たちにきょうだいができたの。真の写真を送りたいから、写真、撮っていいかしら」
「きょうだい?」
真は興味をもったのか、睡蓮の隣にすわった。
彼女はそっと真の頭をなで、ええ、とうなずく。
「鏡埜と槻乃というの。AIの基盤が同じでね、人間でいう双子なのよ。鏡埜が姉、槻乃が弟なの」
「そうなんだ……」
「ここにプリンターあれば主にも二人の顔を見せられるのだが」
「さすがにここにはねぇだろ」
「まるねに頼んだらどうかしら」
まるねに頼むのもいいけれど、なんとなく、言いだしづらい。
何でも言ってください、と言われてはいるのだが。
「……ん?」
睡蓮と籬、エ霞が顔をあげる。表情はどこか、不審そうだ。
「どうしたの?」
「ちょっと待って。どうしてあの二人が」
「おまえらはそこで待機してろ。俺が見てくる」
エ霞は立ち上がり、部屋から出ていくが、真にとっては何があったのか分からなかった。
籬と睡蓮の表情を見ると、敵ではないようだ。
「あの熱源……人間ではない。合成人間だ」
「合成人間? まさか、睡蓮が言っていた、鏡埜と槻乃?」
「あ、ああ。そうだ。君には言っていなかったが、合成人間の新規製造が国から許可されて造られたのが、あの二体だ」
「国から……」
だが、と、籬は難しい表情をして、くちびるに指をあてた。
たしかになぜ、ここに来たのか目的が分からない。
それに、二人はどこか様子がおかしい。籬と睡蓮から見て、平常心ではないように思えた。
「おいおい、どうしたんだ。鏡埜、槻乃」
「なんで! おにいちゃん、おにいちゃん。こわいよ……」
「鏡埜、おちつけって」
いきなり鳥居から降りてきた合成人間二体に、巫女がひどく困っていたようだ。
エ霞を見たとたん、二体とも泣き出してしまった。
「おまえら、東京にいたんじゃなかったのか? どうしてここまで」
「こわかったの」
「鏡埜のいうとおり。こわかった」
「何が怖かったんだ?」
二体の動きがぴたり、と止まる。
まるで、ビデオを一時停止したようだった。




