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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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19

 朝食を持ってきてもらったけれど、喉を通らない。

 真の部屋には合成人間の三体もいた。


「真……」


 睡蓮が心配そうに真の背中を見つめている。

 けれど、睡蓮たちにはどうすることもできない。

 真の痛みは、真だけのものだ。

 だれかに代わってもらうことなど、できはしない。


 食事をさげにきた巫女は、残された朝食を見て不思議そうにしていたが、なにかを告げる様子もなく、去って行った。

 真は食事を残すことはなかったから、不思議がって当たり前だろう。

 

「今は、そっとしておいてやろう。もうじき、真あてに連絡が来るはずだ」

「そう、ね」


 真は畳の上に座り込んだまま、ぴくりとも動かない。

 ただ俯き、膝のうえに両手をあてたままだ。

 泣くこともできず、ただ俯いている姿は、痛々しかった。


 それから数分ほどたっただろうか、この部屋の扉をせわしなくノックしたのは。

 びくり、と真の肩がふるえる。

 睡蓮が代わりに出ようと膝を立てたが、エ霞に制された。

 見ると真自身が立ち上がり、扉を開けようとしている。


「真様。お電話でございます。五室のかたからのようですが」

「……はい」


 巫女から電話を受け取り、そっと扉に背中を向けて扉をしめた。


「もしもし……」


 掠れた声。

 当たり前だろう。その先のことばを知っているのだから。


『……非常に言いづらいことなのですが……。五室室長、あなたのご尊父が亡くなりました』

「──はい。あの、兄さんは……」

『琳さ──副室長は、葬儀の準備をしているようですが』

「そう、ですか」

『葬儀には、出席されないとお聞きしたのですが、それは?』

「おれは、ここから出られません、から」


 琳が殺した父、高峯の葬儀の準備をしている、ということに違和感を感じたが、真は大人しくうなずいている。

 おそらく、だけれど、琳が殺したということを知らないのだろう。


『では、そのようにさせていただきます。それとひと月以内に、五室は六室と名を変えると思います。その際にはまた、ご連絡いたしますので』

「はい。お願いします」


 電話を切った真は、部屋の外で待機していた巫女に電話を渡した。 

 巫女が真の目の前から消えたあと、壁に背中をおしつけて、ずるずると座り込む。

 膝をかかえて、ぎゅう、と、手を握りしめた。


「真」


 エ霞が座り込んでいる真のとなりに座り、頭をごしごしとなでる。

 ふたりとも、何も言わない。

 言う必要など、ないのかもしれない。



「ねえ、籬」

「なんだ」

「真のこと。あの子はきっと今、ひとりぼっちね」

「……」

「だから、やさしくしましょう」

「そう、だな」


 きっと今、必要なのはそういうことだと思う。

 睡蓮は壁に背中をあずけて座り込んでいる真を見つめる。

 五室からの電話の内容は、三体とも聞こえていた。

 琳が高峯を殺したという事実は、五室には伝えられていないようだ。

 狭霧は知っていたが、それは鏡埜(かがみの)槻乃(つきの)による諜報活動の結果だと、彼女は言っていた。


 真に、言っていないことがある。

 真が伊勢にきてから、東京での遺物の活動が活発になっていること。

 それに比例するように、五室の人間の数が犠牲になっていること。

 それを知ってもどうにもならないことを、合成人間や葵重工の人間は知っている。

 だからこそ、言わないし言えない。


「……ありがとう、エ霞」

「おう」

「おれ、ちゃんと生きて、ちゃんと戦う。そうすることしか、できないから」


 いま、なにをしても高峯に認めてもらえない。そもそも、道具としてしか生きてこなかった。

 けれどどこかで、父に認めてもらいたかった、という思いもあったのだ。

 もう、かなわないことだけれど。


「そうか。何かあれば、俺らを頼っていいからな」

「うん。ありがとう」

「あ、そうだ。真、お願いがあるの」

「なに? 睡蓮」

「言っていなかったけれど、私たちにきょうだいができたの。真の写真を送りたいから、写真、撮っていいかしら」

「きょうだい?」


 真は興味をもったのか、睡蓮の隣にすわった。

 彼女はそっと真の頭をなで、ええ、とうなずく。


「鏡埜と槻乃というの。AIの基盤が同じでね、人間でいう双子なのよ。鏡埜が姉、槻乃が弟なの」

「そうなんだ……」

「ここにプリンターあれば主にも二人の顔を見せられるのだが」

「さすがにここにはねぇだろ」

「まるねに頼んだらどうかしら」


 まるねに頼むのもいいけれど、なんとなく、言いだしづらい。

 何でも言ってください、と言われてはいるのだが。


「……ん?」


 睡蓮と籬、エ霞が顔をあげる。表情はどこか、不審そうだ。


「どうしたの?」

「ちょっと待って。どうしてあの二人が」

「おまえらはそこで待機してろ。俺が見てくる」


 エ霞は立ち上がり、部屋から出ていくが、真にとっては何があったのか分からなかった。

 籬と睡蓮の表情を見ると、敵ではないようだ。


「あの熱源……人間ではない。合成人間だ」

「合成人間? まさか、睡蓮が言っていた、鏡埜と槻乃?」

「あ、ああ。そうだ。君には言っていなかったが、合成人間の新規製造が国から許可されて造られたのが、あの二体だ」

「国から……」


 だが、と、籬は難しい表情をして、くちびるに指をあてた。

 たしかになぜ、ここに来たのか目的が分からない。

 それに、二人はどこか様子がおかしい。籬と睡蓮から見て、平常心ではないように思えた。

 



「おいおい、どうしたんだ。鏡埜、槻乃」

「なんで! おにいちゃん、おにいちゃん。こわいよ……」

「鏡埜、おちつけって」


 いきなり鳥居から降りてきた合成人間二体に、巫女がひどく困っていたようだ。

 エ霞を見たとたん、二体とも泣き出してしまった。


「おまえら、東京にいたんじゃなかったのか? どうしてここまで」

「こわかったの」

「鏡埜のいうとおり。こわかった」

「何が怖かったんだ?」


 二体の動きがぴたり、と止まる。

 まるで、ビデオを一時停止したようだった。

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