18
高峯が死んでも、真はこの場にとどまらざるを得ない。
それが「決まり」であり「責務」でもあるからだ。
エ霞と睡蓮が戻ってくると、籬の部屋に集まった。
みな、険しい表情をしている。
「主にどう伝えるつもりだ? エ霞」
「そのまま言うさ。下手に遠回しに言っても、傷つくだけだろ」
「まあ、そうね。でもまさか、琳が、ね」
琳が直接手をくだすとは、正直思っていなかった。
彼が高峯を殺したいほど憎んでいたことは知っていたけれど。
それでも本当に手にかけるとは思いもしない。
「きっと、ショックでしょうね」
「ああ」
籬が眉をひそめたまま、かたくうなずく。
そして真は今、神と戦って眠っているという。
起きたら言うことを三人の間で決め、エ霞はぎしりと手を握りこんだ。
革の乾いた音だ。
はあ、とため息をついたのは、エ霞だった。
「おそらくだが真は、琳を責めないだろうな」
「……そうね。だから、私たちが優しくしてあげましょう。きっと、傷つくだろうから」
「そうだな」
真に伝えるのは明日になるだろう。
明日にもなれば、おそらく真も落ち着くはずだ。
夢を見た。
遺物が存在しなくて、父さんも母さんも、兄さんもいる世界。
家族の仲が良くて、友だちもいて、だれも戦わなくていい場所。
そんな世界が、そんな場所があったらどれだけよかっただろう。
分かっている。
そんな世界があるわけがないなんてこと。
けれど、もしもあったら――きっと、幸せだっただろうと思う。
だれも血を流さない。
だれも、遺物に怯えなくていい。
だれも、神の餌食になることもない。
そんな世界があったなら。
もしその世界を手に入れたいと思うのなら。
真。
おまえが犠牲となればいい。
「あ……っ」
びくり、と体がすくむ。
起き上がり、こめかみから汗がわずかににじんでいた。
いやな予感がする。
呼吸が浅く感じて、思わず喉に手をあてた。
「……へんな、夢……」
目をかるくこする。
今、何時だろうか。窓がないので、朝なのか夜なのかも分からない。
枕元に置いてあった時計を見下ろすと、朝の4時をさしていた。
「4時……」
おかしな時間に起きてしまった。起きてもいいが、朝食の時間まで何かしようと思うけれど、思いつかない。
また寝なおすといっても、目がさえてしまっている。
「起きていよう……」
布団から這い出て、適当な服に着替える。
筋肉痛はだいぶ前からなくなってきているし、体も軽い。
とくに意味もなく、屈伸をする。
ふと、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
こんな時間に誰だろう、と思ったが、扉をそっと開ける。
「エ霞? どうしたの」
エ霞が立っていた。
表情は、険しい。
まるで、厳罰を言い渡された囚人のようだった。
「おまえに、大事なはなしがある」
「だいじな、はなし?」
どこか未だためらっているふうのエ霞を部屋に招き入れる。
「おれが起きてたこと、しってたの?」
「まあな」
珍しく口数が少ないエ霞を見上げて、座るようにうながす。
座布団の上にすわったエ霞は、目の前にいる真を痛ましそうに見下ろしていた。
「真、いいか。落ち着いて聞け」
「……? うん」
エ霞は、すっと息を吐いて、膝においた手を握りこむ。
「高峯が、死んだ」
「……え……?」
ぐらり、と世界がゆがんだ気がした。
死んだ。
死んだ?
高峯――父が。
「うそだ……」
エ霞は何も言わない。
なにも、言ってくれない。
「どうして、そんなことをいうの?」
「真……」
「どう、して……」
視界がにじむ。
エ霞は、そんなうそなんてつかないと、知っているから。
本当のことだって、分かってしまった。
「いつ……?」
「昨日だ。真が気を失っている間に」
「……そう……どう、して、亡くなったの……?」
真も、もしかすると気づいていたのかもしれない。
病死ではないということを。
「……琳が、殺した」
「……そう……」
枯れ落ちたような声だった。
それでも、真の目は死んではいない。
誰かを許さない、とか。
そういったものはどこにもなかった。
「きっと、苦しかったんだね」
正座している真は、膝の上に置かれている自身の手をにぎりしめる。
わずかに、ふるえていた。
「兄さん、つらかったんだね……」
「……真」
「おれなんかより、もっと」
真の目に、涙はなかった。
ただ、我慢をするように、くちびるを噛みしめている。
「兄さんは、父さんを殺してどうしたいんだろう」
「それはまだ、分からない。だが、琳の様子がおかしかったのは、今に始まったことじゃない」
つとめて冷静を装っているが、真は心中はひどく混乱しているだろう。
手はいまだかすかにふるえている。
エ霞はそのふるえる手に触れ、痛まぬ程度に握りしめた。
「エ霞。父さんと兄さんのこと、教えてくれてありがとう」
「いーんだよ。おまえだけが知らないのも、おかしいだろ」
「……うん」
高峯──父親が死んだことで、真は深く傷ついた。
けれど、琳によって殺されたことで、悲しみや憎しみよりも疑問をいだいている。
冷たい子どもだと思われてもしかたないほどだった。
「もうじき、正式に無線が入る。誰からかは分からねぇが」
「正式、に?」
「ああ。今のは無線を入れた狭霧からの証言だからな。おそらくだが、五室から正式に発表があるはずだ」
こくん、とうなずく真は泣くこともせず、気丈に拳に力を入れている。
「どうしてだろう。涙がでない。おれ、冷たいのかな……」
「真、おまえは冷たいわけじゃねぇよ。おまえは優しい子だ」
真っ白な髪の毛を乱暴に撫でて、エ霞は笑ってみせた。
家族を家族が殺した。
けれど。
自ら親殺し、という罪をおった琳を、真はおそらく嫌うことはできないだろう。




