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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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18

 高峯が死んでも、真はこの場にとどまらざるを得ない。

 それが「決まり」であり「責務」でもあるからだ。

 エ霞と睡蓮が戻ってくると、籬の部屋に集まった。

 みな、険しい表情(かお)をしている。


「主にどう伝えるつもりだ? エ霞」

「そのまま言うさ。下手に遠回しに言っても、傷つくだけだろ」

「まあ、そうね。でもまさか、琳が、ね」

 

 琳が直接手をくだすとは、正直思っていなかった。

 彼が高峯を殺したいほど憎んでいたことは知っていたけれど。

 それでも本当に手にかけるとは思いもしない。


「きっと、ショックでしょうね」

「ああ」


 籬が眉をひそめたまま、かたくうなずく。

 そして真は今、神と戦って眠っているという。

 起きたら言うことを三人の間で決め、エ霞はぎしりと手を握りこんだ。

 革の乾いた音だ。

 はあ、とため息をついたのは、エ霞だった。


「おそらくだが真は、琳を責めないだろうな」

「……そうね。だから、私たちが優しくしてあげましょう。きっと、傷つくだろうから」

「そうだな」


 真に伝えるのは明日になるだろう。

 明日にもなれば、おそらく真も落ち着くはずだ。



 夢を見た。

 遺物が存在しなくて、父さんも母さんも、兄さんもいる世界。

 家族の仲が良くて、友だちもいて、だれも戦わなくていい場所。

 

 そんな世界が、そんな場所があったらどれだけよかっただろう。

 分かっている。

 そんな世界があるわけがないなんてこと。

 けれど、もしもあったら――きっと、幸せだっただろうと思う。

 だれも血を流さない。

 だれも、遺物に怯えなくていい。

 だれも、神の餌食になることもない。


 そんな世界があったなら。


 もしその世界を手に入れたいと思うのなら。

 真。

 おまえが犠牲となればいい。



「あ……っ」


 びくり、と体がすくむ。

 起き上がり、こめかみから汗がわずかににじんでいた。

 いやな予感がする。

 呼吸が浅く感じて、思わず喉に手をあてた。


「……へんな、夢……」


 目をかるくこする。

 今、何時だろうか。窓がないので、朝なのか夜なのかも分からない。

 枕元に置いてあった時計を見下ろすと、朝の4時をさしていた。


「4時……」


 おかしな時間に起きてしまった。起きてもいいが、朝食の時間まで何かしようと思うけれど、思いつかない。

 また寝なおすといっても、目がさえてしまっている。


「起きていよう……」

 

 布団から這い出て、適当な服に着替える。

 筋肉痛はだいぶ前からなくなってきているし、体も軽い。

 とくに意味もなく、屈伸をする。

 

 ふと、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 こんな時間に誰だろう、と思ったが、扉をそっと開ける。


「エ霞? どうしたの」


 エ霞が立っていた。

 表情は、険しい。

 まるで、厳罰を言い渡された囚人のようだった。


「おまえに、大事なはなしがある」

「だいじな、はなし?」


 どこか未だためらっているふうのエ霞を部屋に招き入れる。


「おれが起きてたこと、しってたの?」

「まあな」


 珍しく口数が少ないエ霞を見上げて、座るようにうながす。

 座布団の上にすわったエ霞は、目の前にいる真を痛ましそうに見下ろしていた。


「真、いいか。落ち着いて聞け」

「……? うん」


 エ霞は、すっと息を吐いて、膝においた手を握りこむ。


「高峯が、死んだ」

「……え……?」


 ぐらり、と世界がゆがんだ気がした。

 死んだ。

 死んだ?

 高峯――父が。


「うそだ……」


 エ霞は何も言わない。

 なにも、言ってくれない。


「どうして、そんなことをいうの?」

「真……」

「どう、して……」


 視界がにじむ。

 エ霞は、そんなうそなんてつかないと、知っているから。

 本当のことだって、分かってしまった。


「いつ……?」

「昨日だ。真が気を失っている間に」

「……そう……どう、して、亡くなったの……?」

 

 真も、もしかすると気づいていたのかもしれない。

 病死ではないということを。


「……琳が、殺した」

「……そう……」


 枯れ落ちたような声だった。

 それでも、真の目は死んではいない。

 誰かを許さない、とか。

 そういったものはどこにもなかった。


「きっと、苦しかったんだね」


 正座している真は、膝の上に置かれている自身の手をにぎりしめる。

 わずかに、ふるえていた。


「兄さん、つらかったんだね……」

「……真」

「おれなんかより、もっと」

 

 真の目に、涙はなかった。

 ただ、我慢をするように、くちびるを噛みしめている。


「兄さんは、父さんを殺してどうしたいんだろう」

「それはまだ、分からない。だが、琳の様子がおかしかったのは、今に始まったことじゃない」


 つとめて冷静を装っているが、真は心中はひどく混乱しているだろう。

 手はいまだかすかにふるえている。

 エ霞はそのふるえる手に触れ、痛まぬ程度に握りしめた。


「エ霞。父さんと兄さんのこと、教えてくれてありがとう」

「いーんだよ。おまえだけが知らないのも、おかしいだろ」

「……うん」


 高峯──父親が死んだことで、真は深く傷ついた。

 けれど、琳によって殺されたことで、悲しみや憎しみよりも疑問をいだいている。

 冷たい子どもだと思われてもしかたないほどだった。


「もうじき、正式に無線が入る。誰からかは分からねぇが」

「正式、に?」

「ああ。今のは無線を入れた狭霧からの証言だからな。おそらくだが、五室から正式に発表があるはずだ」


 こくん、とうなずく真は泣くこともせず、気丈に拳に力を入れている。


「どうしてだろう。涙がでない。おれ、冷たいのかな……」

「真、おまえは冷たいわけじゃねぇよ。おまえは優しい子だ」


 真っ白な髪の毛を乱暴に撫でて、エ霞は笑ってみせた。

 家族を家族が殺した。

 けれど。

 自ら親殺し、という罪をおった琳を、真はおそらく嫌うことはできないだろう。

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