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「もしおれが、呪いを受けないで、遺物になると言ったらどうしたんですか」
「そうですね。どちらにせよ、私どものいる場所へお連れすることになるかと」
「どういう……」
口の中がからからだ。
考えるのがおっくうになってしまう。ようやく出てきたことばは、それほど重要なものではなかった。
「遺物になれば死に、そして私も死んでいました」
「……」
凜として、少女は言い切った。
何のことなのかもう、分からない。
真には、ただ六合の皆元のもとへ行かねばならないということしか、分からなくなってしまった。
頭がぼうっとしている。意識を失えれば楽なのだが、胸の痛みで現実に引き戻されてしまう。
「すぐに、とは申しません。二週間の間にご準備ください。また、お迎えにあがります」
「待て!」
「ちっ、うるせぇなぁ。籬、っつったっけ。二週間時間やるってんだから、いいだろ」
枝藤が言い捨てると、三人はなにも言わずに病室から出て行った。
沈黙が、耳に痛い。
ベッドの上に座り込み、そっと息をつく。
「兄さん、六合の皆元ってどこにあるの?」
「……伊勢です」
「伊勢……」
「主。主は行く気なのか? いかなくとも――」
「籬君」
琳の声色は、もう諦めているようだった。もう、それは絶対なのだと知っているからだ。
彼は疲れた様子で、かぶりをゆっくりと振った。
「これは、合成人間たちの処理能力を超える問題です。唯一言えるのは、真は伊勢に行かなければならないということでしょう」
だとしたら、籬たちはどうなるのだろうか。
真は急に心細い思いになってきた。ひとりで行かなければならないのだろうか。
「ったく。忙しいったらねぇな。昨日は爆発事件、今日は六合の皆元が来たってんだから。人工脳が焼き切れそうだ! しっかし、真をひとりで行かせるのは危なくねぇか?」
「――もちろん、真をひとりで行かせるようなことはありません」
「……」
「私とて、六合の皆元を完全に信用しているわけではありませんから。とはいっても、私は東京から離れられません。真についていくとすれば、あなた方でしょうね。もっとも、父に報告してからですので、はっきりとは分かりませんが」
ふ、と息をつく。
琳はやはり、疲れているようだ。おそらく、眠っていないのだろう。サングラスのせいで目元は分からないが、クマができているはずだ。
すこしは休んで欲しいと思うけれど、真の口からは言えることではないだろう。
「琳の親父さんに六合の皆元がこっちに来たことはもう、報告したんだろ?」
「ええ」
「じゃ、判断は速いだろうな」
「ねえ」
ふいに、真がちいさな声で呟いた。
細い肩がさがって、消沈していることは目に見えて分かる。
「今度の遺物、あの子は神、って言ってた。神って、何なの? 兄さんは知ってるんでしょ?」
「……。答えるのは、私の役目ではありません」
「そっか……」
「私は父にその旨を報告してきます。また戻っては来ますが、遅くなるかもしれません。真をよろしくお願いします」
合成人間二体に琳は頭をさげると、白い杖をついて病室から出て行った。
心細そうに、真は琳が出て行った扉を見上げる。
琳は、真とあまり話さなくなった。
忙しいだけだったらいいのだけれど、逆に彼は真を避けているようにも見える。傷ついていないといえば嘘になるが、それを伝えるつもりはない。
重荷になりたくなかったのだ。
「あんまり気にするなよ」
「うん……」
ずきり、と胸の傷が今さらうずく。
だが、胸の傷のせいだけではないだろう。分かっている。だから、真はなにも言わない。
「真。体は大丈夫か?」
「え? うん。ちょっと痛いけど、平気」
「じゃ、屋上行かねぇか。前みたいに。今度は籬も一緒だ」
「うん! 行く!」
「危険ではないか。事件があったばかりだというのに」
壁に背中をあずけていた籬が渋るも、エ霞は楽観している。
口の端をあげて、彼は笑った。
「なぁに、ヘマはしねぇよ。真だって、ずっとこんな部屋のなかじゃ、体だってなまっちまうだろ」
「……仕方あるまい」
楽観視しすぎているというわけではないことに籬は気づき、諦めたように頷く。
エ霞はのらりくらりとした態度ではあるが頑固なのだし、言ったことは何としてもやろうとしてしまうのだから。
それに、籬自身の主が行きたい、というのなら、努力をしなければならない。
病院の廊下は静かだった。
見舞客がいないのは、真の部屋が要人部屋になっているからだ。
見舞いをするためには、記帳しなければならない。
エレベーターで行こうという籬を制し、真は階段を使った。
ここから屋上までは二階上だし、エレベーターだけでは本当に足腰が弱くなってしまう。
屋上へ続く扉を開き、広がる空を見上げた。
「……」
そのむこうには、黒こげのビルがある。
真はその赤い瞳でじっと見つめていると、なまぬるい風がほおを撫でた。
もうじき、春がくる。
まだまだ寒いが、あたたかくなる季節が必ず来るのだ。
辛くても。
「忘れるなよ」
エ霞が、そのビルを見つめながら呟く。
「ここに、あるんだ。命も、思い出も、景色も、空も。ちゃんとそばにいる。おまえのな」
「うん……。忘れない」
「それでいい。あと二週間はあるし、送別会をするってのもいいかもな。もう邪魔する奴はいないと思うしよ」
「主」
今まで口を閉じていた籬が、真の目を見下ろした。会ったばかりのころは、ひびの割れたがらすのようだった子どもが、今は自分の意思で歩こうとする強さをにじませている。
「自分は、主の力になれていただろうか」
卑下ではない。
純粋な問いだった。
真は目を見開いて、すぐにうなずいた。
「籬がいてくれたから、おれはここにいるんだよ。籬だけじゃない。エ霞も、睡蓮も。葵重工のみんなも。だから、おれは忘れない。もう、生きることを諦めない」
「――そうか」
「だから、籬も諦めないで。いろんなこと」