表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白ノ修羅  作者: イヲ
第一章・漣
5/52

「もしおれが、呪いを受けないで、遺物になると言ったらどうしたんですか」

「そうですね。どちらにせよ、私どものいる場所へお連れすることになるかと」

「どういう……」


 口の中がからからだ。

 考えるのがおっくうになってしまう。ようやく出てきたことばは、それほど重要なものではなかった。


「遺物になれば死に、そして私も死んでいました」

「……」


 凜として、少女は言い切った。

 何のことなのかもう、分からない。

 真には、ただ六合の皆元のもとへ行かねばならないということしか、分からなくなってしまった。

 頭がぼうっとしている。意識を失えれば楽なのだが、胸の痛みで現実に引き戻されてしまう。

 

「すぐに、とは申しません。二週間の間にご準備ください。また、お迎えにあがります」

「待て!」

「ちっ、うるせぇなぁ。籬、っつったっけ。二週間時間やるってんだから、いいだろ」


 枝藤が言い捨てると、三人はなにも言わずに病室から出て行った。


 沈黙が、耳に痛い。


 ベッドの上に座り込み、そっと息をつく。


「兄さん、六合の皆元ってどこにあるの?」

「……伊勢です」

「伊勢……」

「主。主は行く気なのか? いかなくとも――」

「籬君」


 琳の声色は、もう諦めているようだった。もう、それは絶対なのだと知っているからだ。

 彼は疲れた様子で、かぶりをゆっくりと振った。


「これは、合成人間たちの処理能力を超える問題です。唯一言えるのは、真は伊勢に行かなければならないということでしょう」


 だとしたら、籬たちはどうなるのだろうか。

 真は急に心細い思いになってきた。ひとりで行かなければならないのだろうか。


「ったく。忙しいったらねぇな。昨日は爆発事件、今日は六合の皆元が来たってんだから。人工脳が焼き切れそうだ! しっかし、真をひとりで行かせるのは危なくねぇか?」

「――もちろん、真をひとりで行かせるようなことはありません」

「……」

「私とて、六合の皆元を完全に信用しているわけではありませんから。とはいっても、私は東京から離れられません。真についていくとすれば、あなた方でしょうね。もっとも、父に報告してからですので、はっきりとは分かりませんが」


 ふ、と息をつく。

 琳はやはり、疲れているようだ。おそらく、眠っていないのだろう。サングラスのせいで目元は分からないが、クマができているはずだ。

 すこしは休んで欲しいと思うけれど、真の口からは言えることではないだろう。


「琳の親父さんに六合の皆元がこっちに来たことはもう、報告したんだろ?」

「ええ」

「じゃ、判断は速いだろうな」

「ねえ」


 ふいに、真がちいさな声で呟いた。

 細い肩がさがって、消沈していることは目に見えて分かる。


「今度の遺物、あの子は神、って言ってた。神って、何なの? 兄さんは知ってるんでしょ?」

「……。答えるのは、私の役目ではありません」

「そっか……」

「私は父にその旨を報告してきます。また戻っては来ますが、遅くなるかもしれません。真をよろしくお願いします」


 合成人間二体に琳は頭をさげると、白い杖をついて病室から出て行った。

 心細そうに、真は琳が出て行った扉を見上げる。


 琳は、真とあまり話さなくなった。

 忙しいだけだったらいいのだけれど、逆に彼は真を避けているようにも見える。傷ついていないといえば嘘になるが、それを伝えるつもりはない。

 重荷になりたくなかったのだ。


「あんまり気にするなよ」

「うん……」


 ずきり、と胸の傷が今さらうずく。

 だが、胸の傷のせいだけではないだろう。分かっている。だから、真はなにも言わない。


「真。体は大丈夫か?」

「え? うん。ちょっと痛いけど、平気」

「じゃ、屋上行かねぇか。前みたいに。今度は籬も一緒だ」

「うん! 行く!」

「危険ではないか。事件があったばかりだというのに」


 壁に背中をあずけていた籬が渋るも、エ霞は楽観している。

 口の端をあげて、彼は笑った。


「なぁに、ヘマはしねぇよ。真だって、ずっとこんな部屋のなかじゃ、体だってなまっちまうだろ」

「……仕方あるまい」


 楽観視しすぎているというわけではないことに籬は気づき、諦めたように頷く。

 エ霞はのらりくらりとした態度ではあるが頑固なのだし、言ったことは何としてもやろうとしてしまうのだから。

 それに、籬自身の主が行きたい、というのなら、努力をしなければならない。


 病院の廊下は静かだった。

 見舞客がいないのは、真の部屋が要人部屋になっているからだ。

 見舞いをするためには、記帳しなければならない。


 エレベーターで行こうという籬を制し、真は階段を使った。

 ここから屋上までは二階上だし、エレベーターだけでは本当に足腰が弱くなってしまう。

 屋上へ続く扉を開き、広がる空を見上げた。


「……」


 そのむこうには、黒こげのビルがある。

 真はその赤い瞳でじっと見つめていると、なまぬるい風がほおを撫でた。

 もうじき、春がくる。

 まだまだ寒いが、あたたかくなる季節が必ず来るのだ。

 辛くても。


「忘れるなよ」


 エ霞が、そのビルを見つめながら呟く。


「ここに、あるんだ。命も、思い出も、景色も、空も。ちゃんとそばにいる。おまえのな」

「うん……。忘れない」

「それでいい。あと二週間はあるし、送別会をするってのもいいかもな。もう邪魔する奴はいないと思うしよ」

「主」


 今まで口を閉じていた籬が、真の目を見下ろした。会ったばかりのころは、ひびの割れたがらすのようだった子どもが、今は自分の意思で歩こうとする強さをにじませている。


「自分は、主の力になれていただろうか」


 卑下ではない。

 純粋な問いだった。

 真は目を見開いて、すぐにうなずいた。


「籬がいてくれたから、おれはここにいるんだよ。籬だけじゃない。エ霞も、睡蓮も。葵重工のみんなも。だから、おれは忘れない。もう、生きることを諦めない」

「――そうか」 

「だから、籬も諦めないで。いろんなこと」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ