表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
49/52

17

「籬! 枝藤! こいつを! ……っ!」


 背中だけではない。

 腹の部分からも、触手が腹から伸びて真の肩を傷つける。

 血がぱっと散ったが、真はかまわずに神を地面に押し付けた。


「籬、頼む。俺の金剛力士では真ごとつぶされるかもしれねぇ」

「承知」


 柄を握りしめ、真の背中に突き刺そうとする触手を籬の鶴丸で切り裂く。


「主、後ろへ」


 真を素早く抱き寄せ、神の顔部分に帯電した鶴丸を思い切り突き刺した。

 ばちん、と電気がはじける音がし、やがて神は煙を上げながら消えてゆく。


「主、血が」

「だい、じょうぶ……」


 カーディガンからも血液がにじみ、肩をおさえるが、あとからあとから血が流れてくる。

 血がとまらない。


「……」


 籬の表情がけわしく歪む。

 肩を診ているが、だいぶ深く傷をおっているらしい。

 けれど、それほどまでには痛みはないのはなぜだろうか。

 籬は自分が羽織っている外套を思い切り引き裂き、真の肩にしばりつけた。


「……痛むか」

「う、ううん。大丈夫……」

「じき、車が来る。籬、そのまま肩押さえてろ」


 真はうずくまるように地面に座りこんで、籬の外套の布をだめにしてしまったことに気づく。


「ごめんなさい。籬。外套だめにしちゃって」

「主が謝ることではない。一番効率のいい止血の仕方がこれだというだけだ」

「うん、ありがとう」


 どくどくと、まるで肩に心臓があるかのように脈打つ。

 痛みはあまりないが、それがすこし、不安にも感じた。


 10分ほどたっただろうか。車がうずくまる真のそばにとまる。


「乗れ」

「血が、」

「かまわねぇよ。さっさと乗れ」


 籬に支えられて、やっと車に乗り込んだ。

 視界がぼんやりする。

 血が流れすぎただろうか。

 それでも、気を失うわけにはいかない。

 これ以上、籬や枝藤に迷惑をかけることはできないからだ。


「……っう」


 肩をきつくおさえる。

 血は先ほどよりはおさまっているが、まだ完全には血は止まっていない。

 

 うつむいている真の目が、わずかに見開く。

 めくれあがっている内側の腕に、大きな切り傷跡があったのだ。

 古い傷、というよりはまだ真新しい傷跡だった。

 だいぶ深そうだったが、真にはその傷に見覚えがない。

 おそらく、真が目覚めていないときに神と戦ったときについた傷だろう。

 それが、急に恐ろしく思えた。


 車はやがて鳥居をくぐり、砂利道で止まる。

 ふらつく体を叱咤して車から降りるが、足がもつれて倒れそうになった。


「主!」


 籬が支えてくれなかったら、おそらく倒れこんでしまっただろう。


「……」


 それを険しい表情で見つめているのは、枝藤だった。

 呼吸が乱れる。

 視界がゆがむ。


「失血だけではないだろう。枝藤」


 指さき一つ動かすことができない。

 体が熱い。苦しい。


「今まで、倒してきた神が多ければ多いほど、心の残っている皇の負担がかかる」


 あの少女が言っていたことは、こういうことだったのだろうか。

 神を殺すことは苦しい、つらい、と。

 こういうことだったのだろう。


「で、も、おれ……このまま、がいい……」


 声はだらしなくふるえていた。

 呼吸もうまくできないし、体もうまく動かせない。

 けれど、もう、心をなくすのはいやだ。

 あんな記憶も、想いもなくなってしまうのは。


「……傷を診る。おまえの部屋に戻るぞ」

「主。背中におぶされ」


 まだ視界がゆがんでいるが、ぎこちなく足を動かして、籬の背中に手を伸ばす。

 枝藤は誰かに電話をしているようだった。

 

「……籬……汚しちゃって、ごめんね……」

「気にするな」

「……」


 答えない真の容態を精査し、気を失っただけだと確認すると、籬と枝藤はまっすぐ居住区へむかった。

 

 真の部屋に備え付けられている長持の中から、包帯と消毒液、ガーゼが入っている救急箱を取り出す。

 救急箱は、家にあるような小型なものではなく、本格的な大きな箱だ。


「籬、こいつの服を脱がせておけ。もうすこしでヘスティアが来るはずだ」

「ヘスティア? 誰だ」

「医療系の技術をもつ家系の長女だ。運が良ければ無事に目を覚ます」


 真が着ている上着をすべて脱がすと、肩から腰にかけての傷跡がいやでも目に入る。


「……?」


 籬の耳に、無線通信が入った。

 はっと顔をあげ、耳に手を当てる。

 

「なんだと!!」


 エ霞からの通信で籬が立ち上がったが、真は青ざめた顔のまま、浅く呼吸をしていた。


「? どうしたんだ」

「……高峯が、死んだ、と」

「な……」

 

 エ霞も、多少混乱しているようだった。

 そして籬が言い放った言葉に、枝藤も表情が険しいものに変わる。


「病死か」

「いや。……殺害だ」

「まさか」


 琳か、と。

 枝藤がささやく。

 琳と高峯の関係を、枝藤はすでに知っているようだった。


「そうだ。琳が、高峯を殺した。……だが、警察は動いていないようだ」

「警察が?」

「ああ。……詳しくはは分からないが、おそらく圧力でもかかっているんだろう」


 これを、どう真に伝えればいいのだろうか。

 おまえの兄が父親を殺した、と。

 そうはっきりと言えることを、籬はできない。

 これ以上、負担をおわせることも。


『エ霞。今はどこにいるんだ』

『拠点から一時間ほど走った場所だ。……真は、どうしてる』

『今は眠っている。どう伝えたものか……』

『俺が伝える。じき、戻る。それまで、真のそばにいてやってくれ』

『承知した。睡蓮はどうしている?』

『ああ、すぐそばにいる。すこし動揺しているが、大丈夫だ』


 籬は目をふせ、手をきつく握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ