17
「籬! 枝藤! こいつを! ……っ!」
背中だけではない。
腹の部分からも、触手が腹から伸びて真の肩を傷つける。
血がぱっと散ったが、真はかまわずに神を地面に押し付けた。
「籬、頼む。俺の金剛力士では真ごとつぶされるかもしれねぇ」
「承知」
柄を握りしめ、真の背中に突き刺そうとする触手を籬の鶴丸で切り裂く。
「主、後ろへ」
真を素早く抱き寄せ、神の顔部分に帯電した鶴丸を思い切り突き刺した。
ばちん、と電気がはじける音がし、やがて神は煙を上げながら消えてゆく。
「主、血が」
「だい、じょうぶ……」
カーディガンからも血液がにじみ、肩をおさえるが、あとからあとから血が流れてくる。
血がとまらない。
「……」
籬の表情がけわしく歪む。
肩を診ているが、だいぶ深く傷をおっているらしい。
けれど、それほどまでには痛みはないのはなぜだろうか。
籬は自分が羽織っている外套を思い切り引き裂き、真の肩にしばりつけた。
「……痛むか」
「う、ううん。大丈夫……」
「じき、車が来る。籬、そのまま肩押さえてろ」
真はうずくまるように地面に座りこんで、籬の外套の布をだめにしてしまったことに気づく。
「ごめんなさい。籬。外套だめにしちゃって」
「主が謝ることではない。一番効率のいい止血の仕方がこれだというだけだ」
「うん、ありがとう」
どくどくと、まるで肩に心臓があるかのように脈打つ。
痛みはあまりないが、それがすこし、不安にも感じた。
10分ほどたっただろうか。車がうずくまる真のそばにとまる。
「乗れ」
「血が、」
「かまわねぇよ。さっさと乗れ」
籬に支えられて、やっと車に乗り込んだ。
視界がぼんやりする。
血が流れすぎただろうか。
それでも、気を失うわけにはいかない。
これ以上、籬や枝藤に迷惑をかけることはできないからだ。
「……っう」
肩をきつくおさえる。
血は先ほどよりはおさまっているが、まだ完全には血は止まっていない。
うつむいている真の目が、わずかに見開く。
めくれあがっている内側の腕に、大きな切り傷跡があったのだ。
古い傷、というよりはまだ真新しい傷跡だった。
だいぶ深そうだったが、真にはその傷に見覚えがない。
おそらく、真が目覚めていないときに神と戦ったときについた傷だろう。
それが、急に恐ろしく思えた。
車はやがて鳥居をくぐり、砂利道で止まる。
ふらつく体を叱咤して車から降りるが、足がもつれて倒れそうになった。
「主!」
籬が支えてくれなかったら、おそらく倒れこんでしまっただろう。
「……」
それを険しい表情で見つめているのは、枝藤だった。
呼吸が乱れる。
視界がゆがむ。
「失血だけではないだろう。枝藤」
指さき一つ動かすことができない。
体が熱い。苦しい。
「今まで、倒してきた神が多ければ多いほど、心の残っている皇の負担がかかる」
あの少女が言っていたことは、こういうことだったのだろうか。
神を殺すことは苦しい、つらい、と。
こういうことだったのだろう。
「で、も、おれ……このまま、がいい……」
声はだらしなくふるえていた。
呼吸もうまくできないし、体もうまく動かせない。
けれど、もう、心をなくすのはいやだ。
あんな記憶も、想いもなくなってしまうのは。
「……傷を診る。おまえの部屋に戻るぞ」
「主。背中におぶされ」
まだ視界がゆがんでいるが、ぎこちなく足を動かして、籬の背中に手を伸ばす。
枝藤は誰かに電話をしているようだった。
「……籬……汚しちゃって、ごめんね……」
「気にするな」
「……」
答えない真の容態を精査し、気を失っただけだと確認すると、籬と枝藤はまっすぐ居住区へむかった。
真の部屋に備え付けられている長持の中から、包帯と消毒液、ガーゼが入っている救急箱を取り出す。
救急箱は、家にあるような小型なものではなく、本格的な大きな箱だ。
「籬、こいつの服を脱がせておけ。もうすこしでヘスティアが来るはずだ」
「ヘスティア? 誰だ」
「医療系の技術をもつ家系の長女だ。運が良ければ無事に目を覚ます」
真が着ている上着をすべて脱がすと、肩から腰にかけての傷跡がいやでも目に入る。
「……?」
籬の耳に、無線通信が入った。
はっと顔をあげ、耳に手を当てる。
「なんだと!!」
エ霞からの通信で籬が立ち上がったが、真は青ざめた顔のまま、浅く呼吸をしていた。
「? どうしたんだ」
「……高峯が、死んだ、と」
「な……」
エ霞も、多少混乱しているようだった。
そして籬が言い放った言葉に、枝藤も表情が険しいものに変わる。
「病死か」
「いや。……殺害だ」
「まさか」
琳か、と。
枝藤がささやく。
琳と高峯の関係を、枝藤はすでに知っているようだった。
「そうだ。琳が、高峯を殺した。……だが、警察は動いていないようだ」
「警察が?」
「ああ。……詳しくはは分からないが、おそらく圧力でもかかっているんだろう」
これを、どう真に伝えればいいのだろうか。
おまえの兄が父親を殺した、と。
そうはっきりと言えることを、籬はできない。
これ以上、負担をおわせることも。
『エ霞。今はどこにいるんだ』
『拠点から一時間ほど走った場所だ。……真は、どうしてる』
『今は眠っている。どう伝えたものか……』
『俺が伝える。じき、戻る。それまで、真のそばにいてやってくれ』
『承知した。睡蓮はどうしている?』
『ああ、すぐそばにいる。すこし動揺しているが、大丈夫だ』
籬は目をふせ、手をきつく握りしめた。




