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「……おい、いるか」
枝藤が、扉を勢いよく開けた。
真はちょうど着替えていたところで、慌ててシャツのぼたんをとじる。
「枝藤。どうしたの」
「神だ。おそらく、あと1時間で出現する」
「わかった。すぐ行くね」
白いシャツにベージュのカーディガンを羽織った。
慌てて廊下に出ると、枝藤と籬が立っていた。
「籬。どうしたの」
「今回は自分だけ同行することになった。エ霞と睡蓮は別動隊になる」
「わかった」
枝藤にうながされ、黒いスーツをきた男性が運転をする車に乗る。
運転手のうしろに座らされた真は、ぎゅっと手を握りしめた。
自覚して神と戦うのは、数える程度しかない。
視線を下げたままの真の頭に、かすかな重さを感じる。
はっと顔を上げると、籬が不器用に真の頭をなでていた。
「籬……?」
「主はよくやっている。大丈夫だ。自分がいる」
「……ありがと」
神と戦うことは苦しくつらいことだと、あの少女は言っていた。
確かに、そうだ。
けがを全くしないわけがない。
痛い。
苦しい。
つらい。
そういう思いを、あの少女はずっとしてきたのだ。
枝藤だってそう。
自分の命を削って、神と戦っている。
自分のいちばん大事なものを削って。
車に乗っておおよそ20分。
まったく何もない場所だった。家屋も人影も何もないし、だれもいない。
まだ神もおりていないようだ。
車からでて、真は準備運動をするように、屈伸をする。
「真様、枝藤様、籬殿。ご武運を」
黒いスーツの男性がこうべを垂れると、車を出していってしまった。
おそらく、車をつぶされてしまうからだろう。
「いいか。今回の神は以前の阿修羅並みにでかい。だが今は枝柊とまるね様がいない。その意味は分かるな」
「うん。おれたち三人の力で倒さなくちゃいけないんだよね」
「まあ、そういうことだ。じき、出る。準備するなら今だぞ」
「わかった」
じわ、と、地面から黒い液体がにじみ出てくる。
その淀みのようなものは、あとからあとから土草を汚していく。
「これは……」
「籬?」
籬が不審そうに泥のようなその滲みを見下ろした。
なにか分かるのだろうか。
「まるで、生き物だ」
「いきもの? どういうこと?」
「心臓のような臓器がある。まるで、臓器だけは人間と酷似しているようだ」
「なんだと? それは本当か、籬」
枝藤の表情がひどく険しくなる。
なにか思い当たることがあるらしい。
にじみ続ける淀みをにらんで、枝藤がこう告げた。
「枝藤……」
「いや、こいつはおそらく……人間を喰ったんだろうよ。伊勢ではなく、東京のあたりでな」
「東京!?」
「ああ。そういうにおいがする。その分、力も強いだろう。いいか、死ぬ気で戦え」
「わかった」
黒い淀みは徐々に人間のかたちを真似るように、四肢、頭が形作られていく。
身長は2mほど。
顔はのっぺらぼうのように、凹凸がない。
真の足が、土を踏み込んだ。
体を思い切りひねり、首の部分へと刃物のように足を振り下ろす。
べこん、と生々しい音がする。
「下がれ!」
影のような人型は、背中から触手のようなものを真へ伸ばしていた。
真は直後、うしろに飛び傷はつかなかったが、地面に亀裂が走っている。
一度でもあの触手にふれればおそらく、無事ではすまない。
真のとなりを影が躍り出た。
籬が自らの軍刀、花喰い鶴丸に扇面の柄を握り、神に切りかかる。
「なに!?」
籬の、焦ったような声。
神へ鶴丸を食らわせたが、彼は動けないでいた。
おそらく、刃が埋め込まれて動けないのだろう。
「籬!!」
「まて。鬼魔駆逐」
枝藤の札が金剛力士のかたちをとり、籬を助けるために神へこぶしを振り下ろす。
頭をつぶすような音をたて、煙があがった。
『……シュウ』
かすかな、神の呼気が聞こえる。
神は頭がひしゃげ、もはや人のかたちとは言えないが、それでも神は動いた。
背中から再度、触手が金剛力士に突き刺さる直後に、枝藤が金剛力士を下げさせる。
籬も隙を見計らい、後ろへ飛ぶ。
「形はどうにでもなる、ってことか。背中が弱点なんだろうが――。おい、籬。俺と真が真正面から攻める。あんたは後ろ……背中を切れ」
「承知した」
「真。俺の金剛力士は2秒後に顕現する。合図を出した2秒後に、神へ突っ込め。……無理はするなよ」
「わかった」
神との戦いは、枝藤のほうが手慣れている。
彼の言うことをよく聞いておいた方がいいだろう、と籬は思う。
のろのろとした動きの神だが、背中の触手が厄介だ。
決して触れてはいけない。
「いけ!」
枝藤の声のちょうど二秒後、真は足を踏み込み、神の脇腹に飛び込む。
籬はすでに神の背中に回っていた。
真のすぐ隣には、3メートルはある金剛力士が神へ拳を大きく振り上げている。
『……ゥウ』
神の、わずかなうめき声。
影のような黒いもやが、空気にとけるように消えてゆく。
籬の一撃で触手がちぎれ、地面に落ち、すぐに霧のように消えたが――すぐに次の触手が鞭のようにしなった。
それを視線の隅で認めた真は、目の前にある神を肩で押し倒す。
「主!」
地面に押し倒された神に馬乗りになり、暴れまわる神を地面に押しとどめた。




