15
「……」
体がどこか、おかしい。
きしむ、というか。
にぶく痛む、というか。
腕をかるく回しても、どこかきしんでいるような気がする。
「真? どうしたの」
「ぁ……な、んか腕、へんで……」
だいぶ声も戻ってきた。
目が覚めてから5日、神からの進撃はなく、真はひとり稽古をしていた。
体は軽いのだけれど、腕や足にどこか違和感を感じる。
「腕がへん、ねぇ。籬、なにか分かる?」
居住区から広い庭に移動した合成人間3体は、真の稽古を見守っていた。
エ霞、睡蓮シリーズには、人間の心拍数や脈拍数は精査できない。
できないわけではないが、詳しく調べることができないのだ。
ただ、合成人間の新シリーズにあたる籬には、その能力は備わっている。
「……主、おそらくだが、この数か月で無茶な戦い方をしたからだと思われる。いえば、筋肉痛のようなものだ」
「無茶な、戦いかた?」
「我らが見た限りは、おおよそ主の年齢でできうる動きをしていなかった」
「そう、なんだ……」
「じき治る。すぐに戦いにならなければ、問題はないだろう」
「よかった。ありがとう、籬」
白いシャツの袖口で額に流れる汗をぬぐう。
急に冷えた空気を感じるので、すこし肌寒かった。
夏を感じることができずに秋になってしまったので、当たり前だろうけれど。
わずかに痛む膝の関節をのばし、軽くその場で飛ぶ。
「ふう、」
呼吸と姿勢をただし、型をとる。
ぎしっ、という義手の音がするが無視し、宙に向かい右腕で掌底を打つ。
直後、左足を軸にして右足を上へ突き出した。
「……真、おまえのその型さ、ちっと気になるんだけど」
「エ霞? な、にか、直すところ、ある?」
「いや、そうじゃなくてよ」
エ霞の武器は籬や睡蓮のように、得物は使ではなく、真と同じ体術だ。
純粋な攻撃力でいえば、エ霞にとおく及ばない真だが、早さはエ霞と同等か、すこし劣る程度になっている。
もっとも――合成人間と比べるものではないが。
「前も聞いたが、おまえのその型、誰から教わったんだ? 俺が知る限りではどの流派の型にも当てはまらないんだが……」
「ん、と……。それが、覚えてなくて……。でも、でもね、信じられないかもしれないけど、夢を見たんだ」
真の母――杜宇子が、夢のなかで言っていたことをそのまま彼らに話した。
話しても、彼らにとっても真自身にとっても問題ないだろうと判断した結果だ。
「……なるほどな。俺らにとって考えの及ばない力ってのが真を助けたってことか」
「うん。だから、まだ思い出してないけど、母さんが教えてくれたんじゃないかなって」
「まあ、ありえるな。だが、その真の母親もどこで教えられたのか、分からないが。まあ、そういうことなら問題はないな。ただ」
エ霞は腕をくんで、砂利をみおろす。
なにか、思案しているようだった。
「ただ、おまえが使う型ってのは、俺から見て戦って勝つためってより、戦って殺すための型だよな?」
「……うん……」
「知ってたんならいいんだけどよ」
「おれには、これしかなかったから。ほかの武器は……なかった」
「おまえは間違えない。生きたがる人間を、殺さないだろ?」
真はちいさな子どものようにうなずき、エ霞を見上げた。
この手で、誰かを殺したことはない。
いつだって、真は相手に真摯だった。
実の父と戦ったときも、相手も真自身も殺すつもりで相手をしたのだ。
結局、第三者によってその戦いを強引に終わってしまったのだが。
「それでもおまえの型は、誰かを生かす型だ。それさえ間違わなければ、おまえはもっと強くなれる」
「エ霞……へへ、ありがと」
真の頭にそっと手を当てて撫でると、彼は嬉しそうに笑った。
まだ幼さののこる表情は、エ霞たちを安堵させる。
「さ、今日はもうおしまいにしましょ。そろそろ暗くなるし」
「うん」
昼から訓練して、数時間がたつともう、外が暗くなってしまう。
季節ひとつを飛ばしてしまうというのは、やはり違和感がある。
回廊をまわって、居住区へ向かう。
そこから見える外は、もう暗く、乾いた風が吹いていた。
「……もう、涼しいんだね」
手すりに手をおいて、空を見上げる。
雲がおおい。
もう少しで、雨が降るかもしれない。
「そうだな。おまえにとっては夏、通り越しちまったけど、俺らが覚えてるからさ」
「うん」
「行くぞ」
空から視線を外して、自室にもどる。
真にあてがわれた部屋は、すでに左腕ではなくても開けられるようになっていた。
「真、夕飯まだみたいだし、先風呂にするか?」
「うん。汗もかいたし、そうするよ」
そういえば、今まではどうやって風呂に入っていたのだろう。
まったく覚えていない。
おそらく、誰かが入れてくれたのだろうけれど、やはり、すこし気恥ずかしい。
「……なんのつもりだ。琳」
病に臥し、身動きのできない高峯を、琳はただ見下ろしている。
その手に、刀を持って。
切っ先には、わずかな血液が不気味に光と反射していた。
「なんのつもりだ、だと? お前が言うか」
決して、実の父親に向けることはないであろう、凍えるような冷たい視線。
それでも高峯は、冷静だった。
「真のために、死ね。お前が死ねば、真は救われる。真の自由のために、お前は死ななければならない」
高峯は自分の子どものことを、跡取りや道具としてしか見てこなかった。
愛したこともない。
それが自分の役割だと、ずっと考えてきた。
「真が、死ねといったのか。私のことを」
「あの子が、死ねなどと言える子だと思っているのか。心優しいあの子が」
琳は吐き捨てるように言うと、刀を高峯の心臓部分へむける。
「琳。お前、六合の皆元のあの女と通じているな?」
「だから何だ」
「あの娘の力はこの世すべてを滅する。そんな化け物となにを」
「化け物……? あの娘が化け物ならば、お前は悪魔だ。俺たち人類は彼女なくして救われない」
「……救う、だと?」
この世を消し去ることができるほどの力を持つ存在が、人類を救うなどできやしない。
壊すことしかできないのだから。
「は、はは……お前は生きているべきではない。高峯。……死ね」
かすれた笑声とともに、刀が振りかざされた。




