14
「真?」
夕食を食べている最中、真はふと箸を止めた。
食事は、ここに来てからずっと一人で食べていたが、今日からは合成人間の3人ととることになっている。
おそらく、あの少女の「世界を終わらせることができる力」のことを聞いた3人が真のそばにいたいがためだったのだろう。
「……あの女のこと?」
真がうなずくと、睡蓮は険しい表情をした。
人類が消滅すれば、合成人間の存在意義がなくなってしまうからだろう。
「真、おまえ、あの女をどうにかする、って本当か?」
再度うなずき、ノートにペンで書き始めた。
『とりあえず、話をしてみる。話さないときっと、なにも分からないから』
「分かった。その時は俺も連れて行けよ。何かあってからじゃ遅い」
『ありがとう』
「まあ、その前に声を出す練習だな」
そういえば、今は何日なのだろう。
真が覚えているのは、夏の初めだ。それを籬に問うと、わずかに思案するように口を閉じた。
「……10月3日だ」
ひゅっと真ののどが鳴る。
夏をとっくに通りこして、秋になってしまっていた。
唖然としている真に、籬は視線を合わせるようにして、顔を覗き込む。
「この間にも、主は神と戦っていた。おそらく、覚えていないだろうが……」
『おぼえてない』
「そうだろうよ。真。おまえのその時の表情は俺たちにとって、あんまりいい記録じゃなかった」
「ちょっと、エ霞! そんなこと言うものじゃないわ!」
「あ、ああ、悪かったよ」
真はかぶりを振って、『そんなことないよ』とノートに書いた。
声がでないのは、数か月間、声を出さなかったせいだ。
声を出す練習をしなくては、出し方を忘れてしまうかもしれない。
「真、無理しないでいいのよ。声だって、ゆっくり治していけばいいんだから」
『ありがとう、すいれん』
真はまだ「睡蓮」の文字が書けないので、ひらがなにしてしまったけれど、彼女は気にせずにそっと真の頭を撫でた。
『3人とも、おれを見捨てないでくれてありがとう』
「そんなの。約束したでしょう? 私たちはあなたをひとりぼっちにしないって」
「……ん?」
エ霞の表情がわずか、硬くなる。
ざり、と、畳をこする音を立てながらエ霞が立ち上がった。
「盗み聞きは悪趣味だぜ」
エ霞が扉を開けると、やはりそこにはまるねが立っていた。
白い着物に橙の帯。
いつもの和服だ。
彼女はひどく落ち込んだ表情をしていた。
まるねとて、すでに知っているだろうから、落ち込むのもわかる。
「……申し訳ございません」
真は彼女のそばに駆け寄り、ノートを見せた。
『まるねも、あのひとがしようとしていること、知っているの?』
「――はい。姉様は人類を消し去ろうとしている、と。私は……それを止めたい。けれど、止めるすべを持たないのです」
まるねは、姉から見てただの人形。傀儡と同意だ。
ことばも届くわけがない。
「姉様に私の声は届かない。真殿、あなたのお言葉ならば、もしかすると」
「その話をしていたところよ。まるね」
『おれ、話をしてみる』
あの少女に伝わるのは力ではなく、きっとことばだろうから。
まるねはきつく目をつむり、深くこうべを垂れた。
「どうか、姉様をお救いください」
「救う? 真はあの女を救わなければならないというの?」
『すいれん、おれ、あのひとの気持ち、少しだけだけど分かるから』
「真……」
ペンで書き終えるのを睡蓮たちは待ってくれている。
それを感謝しながら、真は思ったことをノートにつらねた。
『他のひとのためだけに、生きるのはとてもつらいこと。まがきたちも、分かるでしょう?』
「……主」
『だから、声が出るようになったら、話してみる』
「ありがとうございます。真殿」
ふるえる声で、まるねが再度頭を下げようとするけれど、真に手でさえぎられる。
『おれは、おれに優しくしてくれたひとたちのために、あのひとを止めてみせる』
まるねの目じりはかすかに赤みを帯びていて、顔を両手で覆った。
肩がふるえ、泣いているのだと知る。
「まるね。真がそう言っているんだから、大丈夫よ」
「……睡蓮殿……」
睡蓮がほほえみ、まるねの肩に手をとん、と置いた。
彼女は頭ひとつぶん下にあるまるねの顔を見下ろして、誇らしげにほほえむ。
「真は、それだけ強い子よ。ほかのひとのために戦うことができるんだから」
きつく後ろで編み込んだ黒い髪のおくれ毛が、ぱらりと落ちた。
まるねは涙を白い手でぬぐい、姿勢をただす。
「真殿。どうぞ、よろしくお願いいたします。姉を、この地に住まう人類を、救ってください……」
まるねがこの部屋から立ち去ってから数分、だれも声を発することはなかった。
真は正座して、ぎゅうっと黒のチノパンを握りしめる。
16歳の背中に、全人類の命がかかっているのだ。
不安に思うことは当たり前だろう。
「真」
エ霞が畳の上に座り、そっと真の肩に手を置く。
「俺たちは、おまえに救われた。だから、しゃんとしてればいい。おまえに寄り付く神とかふざけたのは、俺たちが何とかする」
「エ霞……」
「大丈夫だ。……もしだめでも、最後までおまえのそばにいるからさ」
ふるえる手をそのままに、真はかたくうなずいた。




