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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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13

「……そうですか」


 そっとひとり、呟く。


「私が知らぬ合間に……」

 

 名のない少女は歯を強くかみしめ、すっと目を細めた。

 真が戻ってきたことを知った少女は、ため息をつく。

 まさか、杜宇子が真に暗示をかけていたとは予想外だった。


 無論、もう一度奪えばいい話なのだが、少女の願う粛清には真が戻ってこようとこまいと、関係のないことだ。

 少女は手元にあった携帯電話で、観世水琳に電話をかける。

 しばらく待っていると、琳のかすれた声が聞こえてきた。


「私です。あなたの大事な真殿が目覚めたようですが、いかがされますか」


 平坦な声が聞こえてくる。

 彼は放っておいてよい、と彼は答えた。

 

「そうですか。分かりました。では、そのように」


 籬という合成人間が、琳と少女がつながっているということに気づいていたが、琳自身からはなにも言われることはなかった。

 そのままでもよいということなのだろう。

 もう少しで、少女の、琳の悲願が成就する。


 少女はひとり、くちびるをゆがめた。

 本当の安らぎがくるのは、もうすぐだ――。



 五室がある地下で琳はひとり、執務室にこもっていた。

 大量の点字を打ってある書類を見つめながら、先刻、あの少女からの連絡に、そっと息をつく。

 真が戻ってきた(・・・・・・・)と。

 

「……真。もうすこしです。もう少しで、あなたは自由になる……」


 ゆがんだ笑みをうかべ、琳は顔を片手で覆った。

 すべては真のため。

 彼だけのために、この世界は一度死ななければならない。

 ひとり、執務室にこもる琳は肩をふるわせて笑う。

 盲目の彼は目を閉じたまま――いずれ必ず来るはずの、大いなる終わりを夢想した。

 



「どういうことだ」


 枝柊が枝藤を睨むように見下ろす。

 朝一番に皇である真が心を取り戻したと聞いて、枝柊に報告をしたのだが、やはり、驚くべきことだったのだろう。


「俺にも分からねぇよ。そんなことがあるのかどうかも分からなかったんだから」

「そんなことはありえないはずだ。失われたものは、けっして戻らない」

「枝藤、枝柊」

師匠(せんせい)!」

 

 枝橘が駆け足で走ってくるが、やはり表情は険しい。


「主様は……」

「枝柊、主様は何もおっしゃらない。だが、気づいているはずだ」

「このままでいいってことか?」

「分からない。もう一度……」


 枝橘は、そこまで言いかけて、ぐっと言葉を飲み込むように息をつめた。

 こぶしが、かすかにふるえている。


「おまえたちに、言わなかったな」

「なにをだ?」


 枝柊がうながすと、彼女は決心した表情で、とてもではないが信じられないことを言い放つ。


(ぬし)様は、この世界を粛清される」

「なんだと!」


 枝柊の顔色がざっと青ざめた。

 この世界の粛清。

 彼女の力というものは、この世のすべて――森羅万象を壊すほどの力を持っている。

 無論、壊された世界で人間は生きていくことはできない。

 植物や動物さえない、がらんどうの世界。


「師匠。主様は一体何をお考えで」

「おまえはいつもどおり、皇――真殿についていろ」

「……分かった」

「私は枝柊と、打開策を考える。……無駄だと思うがな」

「……」


 枝藤は去っていく二人を見据えて、真がいる居住区へ向かった。

 手がふるえる。

 あの少女があつかう力が強大すぎて、たかが一人の人間に、何ができるのだろう。

 この六合の皆元全員かかっても、ただの非力な虫に過ぎない。


 真がいる巨大な扉の前に立つ。

 ノックをする手がふるえ、無様だった。

 

「……」


 しばらくして、真がおそるおそる扉を開ける。赤い目が、軽く見開かれた。


「……!」


 声が出ないということを聞いていたため、ここに来る前にノートとペンを持ってきている。

 それを真に押し付けると、彼はうれしそうに笑った。


 真の部屋は、相変わらず物がなかった。


「合成人間の奴らは?」


 真はうなずき、さっそくノートにペンを走らせる。


『外に出て、葵重工のひとと通信しているみたい』

「……おまえ、恨まないのか」

「?」


 ことり、と首を傾けている真は、本当になんのことか分かっていないのだろう。

 枝藤はちいさくため息をついて、真の頭に手を置く。

 かすかにおびえたように肩をすくめたが、すぐにくすぐったそうに笑った。


『誰かをうらむことは、とてもつらいことだから』

「……そうか」

『だから、おれは、だれもうらまないよ。だって、笑っていてほしいから』

「……」


 こんな少年に、この世界がおわる、などと。

 誰が言えよう。

 けれど、言うしかない。この世界はじき、終焉をむかえると。


 真はおだやかな表情をしていた。

 

「おまえに、言わないといけないことがある」


 頭に手をのせたまま。

 深呼吸をする。

 彼に、残酷なことばを伝えなければいけない。


「……この世界は、じきに終わる」

「!」

「それだけの力が、あのひとにはあるんだ」

 

 誰のことか、真は分かっているようだった。

 呆然と、かすれて聞こえない声で「どうして」と呟いた。

 

「あのかたのことは、誰もわからない。なにを考えているのか、なにを思っているのか」

『止めることはできないの?』

「……無理だ。あのかたは……」

『わかった。おれが、話してみる。今は声が出ないけど、きっとそのうちもどるから』


 真はあきらめていないようだった。

 そのすがたに、もしかすると、という思いもある。

 もしかすると、少女に真の声が届くのではないか、と。

 彼女がいちばん憎んだ少年だからだ。


『だいじなひとたちを、絶対に死なせない』

「……そうだな。おまえなら」

 

 おまえなら、もしかすると。

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