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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
44/52

12

「どういう、こと?」

「わたしは、皇として戦い、そして――負けた」

「……それで……どうして、記憶を」


 母が神に殺されたということなら、つらいけれど、13歳の真でも、受け入れられただろう。

 記憶を消すくらい真がつらいと感じるのなら、もっと、ちがったはずだ。


「それは……あなたが、つらいだけよ」

「おれは、今まで生きてなかった。母さん。おれ、今知ってもきっと、ちゃんと生きていけると思う、から」


 そっと目を伏せた彼女は、痛ましいものを見るように、真をみつめた。


「わたしが、あなたを守ったの。まつろわぬ神から」

「え……」

「その時から、皇の素質があったのね……」

 

 目の前がゆがむ。

 真が、母を殺したも同意。

 どくん、どくん、と、心臓の動く音が聞こえてくる。

 母――杜宇子が、そっと、真のほおに体温のない手をふれた。


「いいの。真。子どもを守るのは、母親の仕事。あなたはなにも悪くない」

「でも、おれが」

「わたしのほうこそ、謝らなければいけないわ。辛い思いをさせてごめんね。真」

「……おれは、つらい思いなんて」


 杜宇子はそっとほほえんで、真の頭をなでる。


「あなたは、いまを生きているの。過去は変えられない。けれど、未来は変えられる。あなたは、未来を生きるの。真。あなたは、どうしたい?」

「おれの……したいこと?」

「そう」


 真の視線は、足もとにあった。

 桜の花びらがあとからあとから落ちてくる、白いだけの床。


 真がしたいことなど、それほど多くはない。

 けれど、いちばん、したいことがある。


「また、みんなに会いたい……」

「そう。それがあなたがしたいことなのね? ……いいひとたちに、出会えたのね」

「うん。みんな、すごくやさしいんだ」


 杜宇子は安堵したようにほほえみ、桜の花びらが散らばる白い床に、ひざをついた。


「真。あなたを今から帰します。けれど、わたしの力はこれきり。もう一度、あの子にこころを取られてしまうと、わたしももう、助けられない。今のわたしは、あなたの夢に入った、ただの魂の残滓。あなたにかけた――いわゆる、暗示よ」

「暗示……?」

「そう。あなたの母であるわたしを認識しない。その代わり、あなたの心が現実から離れた場合、この空間にあなたの魂を呼び寄せる。そういった暗示。これで、本当にお別れよ」


 魂の残滓。

 本当にお別れ。

 

 ぐっと、真はくちびるをかみしめた。

 忘れていてごめんなさいと言えばいいのだろうか。

 けれど、それは違うと、感じた。


 彼女の表情はどこまでもおだやかだ。

 のどが痛い。目の奥があつい。


「かあ、さん……ありがとう」


 たえきれず、真は涙をこぼした。杜宇子のことを忘れていたことも、身代わりのように殺されてしまったことも。

 真はこれから背負って、生きるのだ。

 未来を。


「いいのよ。わたしのかわいい子。琳にも、かなしい思いをさせてしまった。そして――」

「母さん?」


 彼女は痛ましい顔をして、いえ、とかぶりを振った。

 ひざをついたまま、杜宇子は人差し指を真の目の前にさしだす。


「?」

「わたしの指をよくみて。いい? ちゃんと、見るのよ」

「ん……」


 涙をこすって、杜宇子の指を見つめる。

 たしか、ここから帰す、と言っていた。そのままの意味で、現実へ帰す、ということなのだろうか。

 

 指を見ていると、頭がぼんやりとしてくる。

 視界がゆがみ、そして、最後の彼女のことばを聞いた。


「真。どうか、しあわせに」





 はっ、と重たくなっていた目を開く。

 高い天井。

 重たい毛布。

 窓のない、家具も最低限のものしか置いていない、部屋。

 ゆっくりと起き上がり、時計を見上げるが、部屋が暗くて見えなかった。


 部屋のなかは誰もいない。

 朝なのか夜なのかもわからない。


 そうっと、布団からぬけだして、部屋の外を出ようと扉に手をかけた。

 きしむ音をたて、扉をあけると、ぎょっとした表情をする黒いスーツの男性が立っていた。


「どうかされましたか?」

「……」


 なんでもない、と言おうとしたが、言葉が出てこない。

 かすれた、ひゅう、という音が漏れ出ただけだ。

 喉におもわず手をあてたが、やはり声を出すことはかなわなかった。


 暗くてわからないが、目の前の男性は青ざめた顔で、真にかしずいている。


 何も答えられないので、真はとなりの部屋にいるはずの籬に会うために、そうっと男性に背を向けた。


「……」

「真様……?」

 

 籬がいるとなりの部屋の扉をノックする。

 すぐに扉が開いて、籬の顔を見上げるが、なんだろうか。久しぶりに見たような気がする。


「主……!?」


 ひどく驚愕したような表情をした彼は、膝をつき、真の両腕をそっととった。


「……」

「主、なぜ……。自分のことがわかるか?」


 こくん、と真がうなずき、笑ってみせる。

 声が出ないことをのぞけば、健康そのものだし、受け答えもできた。

 ほんとうに、「戻って」これたのだろう。


「……!」

「主? 声が」

「真!」


 エ霞と睡蓮の声が聞こえてくる。真っ暗な廊下だから、表情は分からないけれど。


「真、私たちのこと、分かるの?」

「真……」

「だが、声が出ないようだ」


 三人にかこまれ、ひさしぶりに高揚感を得るが、声がでないことで少し、もどかしい気持ちもある。

 ひどく驚愕している、真の部屋の前にいる男性を睡蓮が見やった。


「あんた。これは他言無用よ」

「は……。ですが、(ぬし)様はすでにお分かりになられているかと……」

「……ちっ、そうなるか」

 

 睡蓮が舌打ちをするが、今は真が戻ってきたことを喜ぶことにしようと思う。


「きっと声がでないのは、長い間声を出さなかったからだろうな」

「のどに異常はないみたいだしね」


 こくん、とうなずく。

 すれたような呼吸音が出るだけで、たしかに喉に違和感はない。

 

「よかった……真……」


 睡蓮のあたたかい声。そっと抱き寄せてくれるやさしい腕。

 そっと息をついて彼女から離れると、ふいに気になることがあった。

 エ霞が言っていた「長い間」と言っていた。

 あの時からどれくらい、たっているのだろう。


「……大丈夫だ、真。今度こそ、俺たちが守る」


 エ霞は真の頭をくしゃりと撫で、笑いかけてくれた。

 三人のやさしい人たち。

 そして、真を引き戻してくれた、やさしい母。

 真は、幸せ者だと思う。たとえ、ほかのだれもが真を傷つけても、決してひざを折らない。

 決して。

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