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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
43/52

11

 真がいる部屋にはエ霞と睡蓮が控えている。

 籬は通信をこころみるも、やめておいた。

 実際に顔を合わせて彼らと話しておく必要があると考えたからだ。


 玉砂利を踏みしめ、真がいる部屋へむかう。

 籬の照準器がわりの目には、いつもと同じ、青空が広がっていた。

 ただ、

 真のあの笑顔がもう見られないと思うと、青空が曇って見える気がする。

 気がするだけで、無論青空は変わらないのだが。

 

「……主」


 合成人間らしくないではないか。

 籬はひとり、くちびるの端をゆがめて、真がいる居住区へ足を踏み入れた。




「ここはどこ?」


 真はひとり、ただただ白いだけの場所にいた。

 ぽつんとひとりきり、誰も何もない場所だった。


「……籬? エ霞、睡蓮……みんな」


 誰もいない。

 応えてくれるひとも。


 自分がどうなったのか分からない。

 ただ、あの名前のない少女が真を指さした直後から、記憶がない。

 気づいたらここにいたのだ。

 こんな、さみしいだけの場所に。

 これが現実ではないということは分かっている。


「?」


 ふいに、髪の毛がゆれた。ほんの、わずかだが。

 風があるということだろうか。

 上を見上げるけれど、白いだけでなにもない。


「――ん」

「え?」


 かすかな声。

 やわらかで、敵意のまったくない、きれいな声が確かに聞こえた。

 目の前に、うすい色をした花びらが横切る。

 真が手を差しだすと、花びらが手のひらに落ちてきた。

 ――桜だ。

 うすい桃色の、きれいな。


「桜……?」

「し……ん」


 誰かが、真の名を呼んでいる。

 周りを見回しても、真を呼ぶひとはだれもいない。


「真……わたしの……」

「だれ?」

「わたしの、かわいい……」


 聞いたことのない声。

 きれいな、鈴の音のような声が、真の名を呼ぶ。


「かわいい……子」

「子……? あなたは、もしかすると」


 かあさん?

 そっとつぶやき、無意識に上を見上げた。

 先刻までなにもなかった空間に、桜の木が浮いている。

 根も空間に伸びており、花も満開に咲き誇っていた。


「きれい」


 ほんとうに、うつくしかった。

 宙に浮く桜の木から、いくつもいくつも花びらが落ちてゆく。


「真」


 はっと真が目の前に視線をむけると、そこに桜の色をそのまま写し取ったような色の着物を着た、女性が立っていた。


「かあ……さん」

「そうよ。けれどこれは、過去のわたし」

「過去の? 母さんは、もういないから?」


 黒く長い髪の毛を横に流して、彼女は真にそっとほほえみかける。

 真の母は、もういない。

 いないことを、どうとも(・・・・)思えなかった。


「あなたが皇になることを、わたしはいちばん忌避していた」

「知っていたということ?」

「そうね。わたしには、わずかだけれど、未来を予知することができていたから。皇になるならないは分からなかった、けれど、もしなってしまった場合、わたしはあなたに結界を貼っていた」


 彼女は悲しそうに、真をみつめた。

 まるで、望んでいない、というように。


「結界?」

「そう。完全な皇になるには、こころを失わなければいけなかった。それをわたしは知っていたから、あなたに結界を施したの」

「こころを失う……母さんも、そうだったの?」

 

 そっとうなずいた彼女は胸に手をあて、浅く息をした。

 彼女も心をうしなった。

 それは、つらいことも悲しいことも、嬉しいことも楽しいことも分からなくなるということ。

 ただの、神を殺すだけの人形になってしまう、ということ。

 そんなことがつらいとも思えない。


「だから、あの子がもし真。あなたに皇のお役目を負うことになったとき、あなたにつらい思いをさせないように、と」

「……じゃあ、今のおれは……?」

「今のあなたは、自失状態にあるけれど、大丈夫。ちゃんと戻るわ」

「でも、あのひとは、苦しい思いをしてる……」

主様(ぬしさま)のこと?」


 うなずく。

 彼女は苦しみ、憎んでいる。真を。人間を。

 それはきっと、彼女にしかわからない痛みだろう。

 人間に対しての失望や絶望も、きっと計り知れない。


「真、あなたは優しい子。けれど彼女はもう、憎しみに囚われ、人類の滅亡を望んでいる」

「そんな……」

「彼女にはもう、届かない。どんなことばも、行動も。だから、終わらせてあげることが、唯一、人間にできることよ」

「母さんは、あのひとの命を、とりあげることが救いだっていうの?」

 

 真の母は、すっと目をほそめ、伏せる。

 どうしようもないのだろうか。

 ほんとうに。

 彼女は今はどうあれ、人間を守ってきた。神から、ことごとくの災いを守ってきたのだ。


「わかった。あのひとが、人間の敵になったら、おれも、容赦はしない」

「真……ごめんね。あなたひとりに押しつけて」

「ちがうよ」


 彼女は「ひとり」といった。

 けれど、真のまわりにはたくさんの優しいひとがいる。

 ひとりでは、決してない。


「母さん。おれ、ひとりぼっちじゃないよ。おれに優しくしてくれるひとがたくさんいるんだ。だから、そのひとたちの為にも、戦いたい」

「……そう。あなたは、あの時のあなたじゃ、ないのね」


 あのとき、と彼女は言う。

 いつ、母が死んだのか真はしらない。

 けれど、それほど真が小さいころに死んだのだろう。


「おれの、ちいさい頃のこと、知ってる、の?」

「ええ。あなたは覚えていないでしょう?」

「う、うん……」

「いいの。わたしが、忘れさせたのだから」

「え?」


 忘れさせた。

 いま、彼女は確かにそういった。


「わたしが死んだのは、今から2年前よ。あなたが13歳のとき」

「2、年前? どうして……おれ、2年前のこと、ちゃんと知ってるよ」

「わたしが、わたしのことを忘れるようにしたの」

「どうして……」

「あなたは優しい子だから。きっと、苦しめてしまうと思ったの」

 

 宙に浮いている桜の木から、とめどなく桜の花びらが落ちてゆく。

 真は茫然と、彼女を見つめるしかなかった。

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