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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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「主……」


 外套を翻させて、籬は真の目の前に片膝をついた。

 それでも真は何の反応も見せない。


「たとえ主がどのような姿になったとしても、我々は主の味方だ。何があっても」


 誰にも聞かせないような声色で、籬はささやいた。


「そうだな。エ霞、睡蓮」

「……当然よ」


 エ霞は静かに頷いて、うずくまるように座る睡蓮を見下ろす。

 感情があるかないか。

 それは合成人間と似たようなものだ。

 彼らは感情というものはない。計算したものを口に出し、あるいは「表情」に出す。

 だが、今の真は「誰かのための存在」にしかならない。

 それが――悔しい。しかしこの感情に似たものも、本物ではないのだ。


「真……もう、あなたが失うものは何もなくなってしまった。傷つく場所がなくなってしまったくらいね」


 睡蓮は、ぼんやりとしている真の頭を、いとおしそうに撫でた。

 すべてを失ったに近しいだろう。睡蓮の言う通り。

 真だけのもの――人間でいうならば「感情」と呼ばれるものは、もうない。どこにも。どこを探しても、ない。


「抜け殻になったこいつでも、あんたらは守るというのか」

「命がある」


 真っ先に答えたのはエ霞だった。


「命は、ある。生きている。たとえ、真のすべてをお前らが殺しても、命だけはある。ここにあるんだよ、真の心は」


 あの病院の屋上で言ったことば。

 命も、思い出も、そこにある。

 エ霞たちの記憶媒体に、それはあるのだ。


「生きてる、か……。そうだな。こいつはまだ生きてる。たとえ、その命が誰かのものだったとしても。おい、行くぞ」

「は……」


 枝藤は合成人間の3体に背を向けて、部屋から出ていった。

 黒服を連れだった枝藤は、真の部屋からかなり遠い場所まで歩いていったようだ。


「この命さえ、誰かのもの、か……」

「馬鹿言ってるんじゃないわよ、エ霞。この子の命はこの子のものよ。誰がなんて言おうと!!」

「分かってるさ、そんなこと」


 ふいに、3体同時に顔をあげる。

 葵重工から無線が入ったのだ。


「みんな、聞こえる?」

「ああ……百合子か。どうしたんだ」

「大変なの。例の爆破事件、犯人が捕まったって」

「紅葉賀の連中だろ」


 エ霞が答えた直後、百合子は大げさに「違うのよ!」と叫んだ。


「一般人よ。けど、変なの。その人、日本のどこを探してもいない人間なのよ」

「顔写真も出てるのにか?」

「だからよ。顔写真は、合成された痕跡がある。よって、この事件は上部……五室か何か分からないけど、もみ消しされたってこと」


 確かに、五室を牛耳っている観世水の分家が犯人だとしたら、都合が悪いだろう。

 それは想定内のことだ。

 そのことを伝えると、百合子は頭痛をやりすごすような声色で、こう言った。


「そうなんだけどね……。室長……観世水高峯が倒れたって話、前にしたでしょ? それが、結構悪いみたいでね。身動きできない状態なの。それで、今事実上室長をしているのは琳さん。彼が……紅葉賀を擁護したということ。何だかおかしくない? あんなに、自分の家を嫌っていたのに」

「まあ、確かにな……」

「私たち、ちょっと気になって琳さんを独自に調査しているのよ。最近の彼、様子がおかしいから」

「様子がおかしい? どんな風にだ」

「五室にこもりきりで、外に出ない。それは仕方ないとして、おかしいのは行動。まるで……高峯さんのように、冷酷かつ残虐。遺物と戦っている姿を見た鏡埜と槻乃が怖がっちゃってね。もう完全に機能停止しているのに、何度も何度も……」


 彼と戦った遺物は、目をそむけたくなるような「物」になってしまっているという。

 

 あの琳が、そんな残虐なことをするだろうか?

 真にとって「やさしかった兄」が。


「それとね……。調査していて分かったことなんだけど、どうも六合の皆元のあの女の子と頻繁に連絡を取っているみたい」

「名前のないあの主って奴か。分かった。こっちも注視しとく。そっちも、引き続き調査しといてくれ」

「分かったわ。くれぐれも……気をつけてね」

「ああ」


 そこで無線は切れた。

 エ霞と百合子の会話を聴いていた二体は、難しい表情をしてエ霞を見据える。


「そう。琳が……」

「俺らには人間の心理は分からねぇよ。だが、真にとってそれはおそらく……哀しいことなんだろうな。琳がそうなっちまったってのは」

「……主には、我々がついている。それでいい」


 今も赤い瞳はぼんやりと宙をさまよっている。

 籬は自分に言い聞かせるように呟いて、すっと呼吸をした。何かを決意したように。


「どこに行く、籬」

「――その、名のない主、とやらの所だ。おまえたちはそこにいろ」

「わかったわ。まあ、攻撃されることはないと思うけど、気をつけてね」

「ああ」


 外套をひるがえして、真の部屋から出てゆく。

 すでにそこは、何らかの「術式」というものを外されているのだろう。

 自力では扉さえ開けることができないということだ。





 籬が居住区から神殿についたのは、ほんの1、2分後だった。

 無論、神殿の前には枝橘が立っていた。


「そういえば、今日帰ってくる予定だったか……」

「ああ」

「まさかとは思うが、この神殿に何か用が?」

「ある。お前たちの主とやらにな」

「……主様(ぬしさま)は今、祈祷中だ。通すことはまかりならん」

「そんな事、どうでもいい」


 吐き捨てるように呟く籬を、怪訝な青い瞳で見据える。


「我々の目的は、主の保護だ」

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