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白ノ修羅  作者: イヲ
第五章・銀箭
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「枝藤」

「……なんだよ」


 枝柊は哀れなものを見るように、枝藤を見据えた。

 反射的に、ぐっと手を握りしめる。

 もう、戻れないのだ。主様は、おそらくすでに真の心を封じただろう。

 故意に。

 本当は、徐々に封じられる予定だった。

 だが、あまりにも――遅かったのだ。

 だからこそ、封じる力が足りなかった。神殿の奥にある、あのまつろわぬ神を封じる力が。


「皇が心をなくすことは、善いことであると思うか?」

「……主様のことを疑うのか」

「お前に聞いている。主様のことは今は関係ない」

「俺は……いずれこうなると思っていた。けど、善いか悪いかは分からない」


 けれど――。

 唐突だった。唐突すぎたのだ。

 もう、あの静かな笑みを見ることができないと思うと、どこか心の片端が凍りつく思いになる。


「3日後、合成人間たちが帰ってくるそうだな」

「あ、ああ……。そうみたいだけど」

「――言い訳はしまい。隠していたのも、あの少年の優しさだ。そして、我らが内密にしていたのは……我らの都合でもある。すべては我々の責任」


 もしかすると、枝柊は3人の中で一番、責任を感じているのかもしれない。

 枝柊は主へ一番に発言できる男だ。

 止められなかったことを、悔やんでいるのだろう。



 すら、と、うつくしい音をたてて扉があいた。


「!」


 ここにいた、全員が凍り付いたように動けなかった。

 異様な気を放っている観世水真――いや、すでに皇化とした少年が立っていた。

 

「……」


 赤い瞳はどこも見ておらず、ただ――亡霊のように立っている。

 そう、彼女(・・)のように。

 あれほど生気に輝いていた赤い色が、今やくすみ、視線も定まっていない。

 そして、その後ろには、枝橘が控えている。


「儀式は成功した」


 彼女の赤いくちびるが、祝詞をとなえるように、そうかたどった。

 きつく結った髪の毛が、はらりと頬にゆれる。

 その表情は、悔いを隠しているように見えた。


「これで、かの神殿の神を押さえ込むことができ、神の子も減りーーやがては」

「そんなこと、可能なのかよ」


 枝藤のことばに、彼女の眉がひそめられる。

 やがては、神の殲滅につながるーー。

 枝橘はそう言いたかったのだ。

 だが、それは「夢」にも近いものなのだ。

 そう、叶わぬ夢だ。

 今までの皇の犠牲で、神を減らすことはできた。だが、殲滅には手が届かなかった。

 

「どういう意味だ。枝藤」


 彼女の鋭い瞳が、枝藤を射貫く。


「今まで、神を殲滅することはできなかった。こいつの母親だったっていう、杜宇子様でさえ」

「口をつつしめ。彼はこの世のための必要な犠牲だ」


 本意ではない。

 枝橘は、暗にそう言っているような気がする。おそらくそれは、当たっているのだろう。

 ただ、あの少女には逆らえない。

 逆らってはならないのだ。


「たとえ、どれほどの時間がかかっても我ら六合の皆元は、神を殲滅せねばならない。お前とて、その覚悟で枝の名を受け継いだはずだが?」

「俺はそんな立派な覚悟を持って枝の名を受けついたわけじゃない。あんたには言ってなかったけど、俺は……誰かのために闘ってるわけでもないし、人類の役に立とうとしているわけでもない。ただ、自分が後悔しない生き方をしたいだけだ」


 枝橘のため息をつく音が聞こえる。

 だが、枝藤をしかる声は、いつまでたっても出てこなかった。

 ただ、長い沈黙が流れただけだ。


 その間にも、真はただ何かに操られているように、ぼうっと立ちすくんでいる。

 

「こいつがーーそうしたかったようにな」


 同情ではない。

 同情するなど、おこがましい。


「後悔しない生き方だと? そんなことができるとでもお前は思っているのか」

「夢のまた夢だって、分かっている。そんなこと。だけど、そうも思わなけりゃ俺たちは存在する意味を見失う」


 枝藤とて、分かっているのだ。

 後悔しない生き方など、できないということを。

 今も後悔している。

 真と過ごしているうち、情が移ってしまった。それこそが、悔いだ。

 だが、「悔いを残さぬよう生きる」という願いがなければ、意味がない。

 お家に流されるまま生きることなど、意味がないのだから。


「あ……」


 かすかな、蚊の鳴くような声。

 真の声だった。何かに反応したのか、そうではないのか誰にも分からない。

 それとも――なんの意味もないのかもしれない。

 今の真の存在というものは、「ヒトのため」だけの存在だ。

 見ず知らずの存在のための。

 それはおそらく、主もそうなのだろう。

 ずっと、そうしてきたのだ。何も、真だけではない。

 そう思わなければ、真を「可哀想」などと思ってしまいそうだったからだ。

 許されない。それだけは。


「枝藤。お前にも、真様にも拒否権はない。お前の言う、悔いのない生というものを、叶えてみせろ。私たちは、檻の中にいる囚人だ。その中で成し遂げてみろ」

「……それくらい、承知しているよ。師匠(せんせい)

「枝藤……」


 いままでずっと黙っていたまるねが、そっとくちびるを開いた。

 その表情はどこか痛ましいものを見るようだった。


「真どのを、どうか、どうか……よろしくお願いします」


 手をついて、彼女が頭をさげてくる。

 まるねが、あの「主様」の妹君が、頭を下げているのだ。

 枝藤は思わず立ち上がろうとした膝を畳の上に再びついて、「まるね様」と呟く。


「手をお上げください。まるね様。俺には俺の役目があります。だから、まるね様。あなたはあなたのお役目を」

「……枝藤……。ありがとうございます……」


 枝藤はぼうっと立ちすくむ真の腕をひいて、部屋から出ていった。

 残された三人は、沈黙を守っていた。

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