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それから一週間、足もだいぶよくなったときのことだった。
連絡があったのは。
「真様」
風に当たっていたとき、巫女と呼ばれる女性が、頭を垂れていた。
「はい……?」
彼女の手には、電話がある。兄からだろうか、とすこしだけ、期待するが、その期待はすぐに裏切られた。
いや、裏切られた、と言っては相手方に失礼だろうが――。
「エ霞!?」
「よう、真。なんか久しぶりだな」
「うん。元気?みんなも」
「ああ、そりゃ問題ない。もうじきっつか、あと3日くらいでそっちに戻れそうだ」
「ほんとう!?」
今まで、枝藤たちがそばにいてくれたことでさみしさはなかったけれど、エ霞たちがいてくれると、やはり安心する。
なぜ東京に戻ったのか分からなかったが、今はあと3日でエ霞たちに会えるということが、真のこころを強くゆさぶった。
「悪かったな。おまえのそばにいるって言ったのに」
「ううん。大丈夫。枝藤たちもいるし、さみしくないよ」
「そっか。まあ、そういうわけだ。おまえこそ、怪我とかしていないか?」
「……えっと。ちょっとだけ怪我をしたけど、大丈夫」
「怪我……?」
不穏な声色をしたエ霞に、真はあわてて再び「大丈夫」と伝える。
結局は、自分が弱かったから怪我をしたのだから。
「まあ、おまえが大丈夫だっていうなら信じるけどよ。じゃあ、またな」
「うん。連絡をくれてありがとう。エ霞」
「おう。じゃ、切るぞ」
「うん」
切れた電話を、巫女の少女に返す。
うやうやしくそれを取った彼女の手は、わずかにふるえていた。
おそらく、恐ろしいのだろう。「皇」という存在が。
「ありがとう」
彼女は深くこうべをたれて、そっとそこから立ち去っていった。
「こんな所にいたのか」
「枝藤。エ霞から電話があってね、明後日帰ってきてくれるって」
「……へえ。まあ、戦力が戻ってくるのはいいことだな」
枝藤の表情はかたい。
なぜだろうと思っていると、彼のうしろに、少女が立っていた。枝藤たちがおそらく恐れているであろう「主様」という少女が。
「真殿。すこし、よろしいでしょうか。神殿の中へお入りください」
「分かった……」
彼女のあとについて、神殿の中へはいる。
相変わらず、ひどく暗く、足下もおぼつかない。
松葉杖もついているから、その音が広い神殿内に響く。
「……!」
神殿のなか。
あの、注連縄に封じられていた神。
それがほんの少し、大きくなっているような気がした。
大きくなっているというよりも、肌がひりつき、呼吸がうまくできないことに驚愕する。
「なぜ……」
「なぜ? それをあなたが仰るのですか? 皇よ」
「え?」
「あなたの力が足りないから、このまつろわぬ神が成長しているのです。やはり……急いだ方がいいかもしれませんね」
千早に緋袴を身につけた彼女は、亡霊のような表情で真をみつめた。
ぞっと皮膚が総毛立つ。
おもわず、膝が笑いそうになった。
「あなたの心を封じます。今、すぐに」
「……おれの力が足りないから……あなたは人の心を封じて、それで満足なの?」
「満足などという思いなどありません。そうしなければならない。いわば使命です」
人類のために。
彼女は、そう言うのだろう。
けれど、それに流されてはイザヤに接続ていたときと同じだ。
人類のため、未来のためだけに、真が犠牲になる。
(どうして今更、そんなことを思うんだろう。エ霞の声を聞いたから? エ霞が言ってくれたことを、思い出してしまったから?)
ここにある、と言ってくれた。
思い出も、命も、心も。
すべて、エ霞たちは受け入れてくれた。人工生命体だから何だというのだろう。彼らは、目の前にいる少女よりも人間らしいではないか――。
「……いやだ、と言ったら?」
「あなたに選択肢などありません。最初から」
「……おれは、人形じゃない。六合の皆元の人形じゃない……」
「あら。違いましたか? 私は、言うことのよく聞くお人形かと思っておりましたが」
「ちが……」
とん、と真の胸に彼女の細い指が当たった。
「そうか……」
枝柊は、諦めたように息をついた。
となりには、まるねがいる。彼女はつらそうに顔を伏せていた。
「主様は、あいつを嫌っていた」
「そのようだな。しかし……主様は何を焦っておられるのか……」
「そりゃ、心がまだ残ってるってことは力が足りないって判断されたんだろ」
「いや。それは分かるが……。何かがおかしい。今の主様は」
なにかが。
なにかを隠しているような、そんな感覚を覚える。
そして、「感情」に走りすぎている、とも思う。
「姉様は……やはり、真どのがいらっしゃってからどこかおかしいです。真どののことを嫌っていることは分かります。けれど――もっと、深い場所に、なにか淀んだものを隠しているような」
「淀んでいるもの?」
「姉様はやはりなにか隠しています。とても、重要な何かを。それに、黒服たちから聞いたのですが、姉様は合成人間さんたちの製造を要求したそうです。なぜ、いきなりそんなことをしたのか……。それも分かりません」
「合成人間の製造を許可しただと?」
「ええ。表向きは政府の要人たちの保護だと仰っていますが……」
まるねは、おのれの膝を見下ろし、手を握りしめた。




